41話 食べさせて欲しいと言う嫡男様が色っぽくて困る
あの錯乱(?)と誤解発覚事件。そしてクリスティーナとの茶会があった日から変わったことがあるとすれば、この、ジークハルトの子供みたいにな懐き具合が、悪化を辿っていることだ。
貴族と使用人は同じ席で食事をしないのが常なのに、昨日は食事を一緒に食べたいとだだをこねられた。
あと、寝るまで本を読み聞かせてくれないかと一昨日からねだられ続けている。
それが駄目なら、自分が寝るまで手を握って話を聞かせていて欲しい、と――。
(うん、なぜなのか分からない)
休憩中は、そういう気分なのやら、味見してみてやらとうまいこと理由をつけて、ケーキを食べさせられ餌付けられている気分――あ、いや、これはその前からあったことか。とにかくエリザは一抹の不安を覚えている。
(ジークハルト様『呪い』で感覚がおかしくなってきてるのかな……普通は恥ずかしいよね? 幼い子でも、キャンディーは自分で食べるよね?)
ひとまず思考が限界に達し、エリザはルディオへ同意を求めた。
しかし大変驚いているだろうなと予想していたはずなのに、あうことか彼は興味深そうに観察に徹している。
(おいコノヤロー)
やはり気になっているようで、もはや足を止めて貴族や騎士や兵達が見ている視線から逃げ出したくなった。
「え、えと……」
これだけ見ていたら、かえってジークハルトの評判を落としてしまったりしないだろうか?
彼が女性恐怖症だとかという事情を周りは知らない。どうしたら、と悩んだ末に、エリザは手の中のキャンディーを再び見下ろした。
その時、どこからか「ひぃっ」という声が聞こえた。
訝しく思って顰め面を上げると、十歩先にいた若い騎士二人組がひどく怯えきった表情で互いを抱き締め合っている。
それから、その向こうには回廊で足を止めていた人々が相変わらずいた。だが全員が青い顔をして震えており、エリザとぱちりと目が合うと突然「すみませんでしたぁ!」と慌ただしく走り去って行った。
「えーと、……何かあったんでしょうか?」
目を離していたのはほんの数秒、という覚えがあるのだがその間に急展開でも起こったのだろうか。
ジークハルトに視線を戻してみると、相変わらずニコニコとこちらを見つめている。
どこか呆気に取られたように、それでいて同時にルディアはなんだか感心した様子の表情だった。
「さぁ、なぜでしょうね。ところでキャンディーは?」
「あ」
「ご褒美、してくれないんですか?」
新記録を達成したのに?とジークハルトが、笑顔でねだってくる。
笑っているのに怖いなんて変だな、目が疲れているのだろうかと思ってエリザは目頭を一度押さえた。仕方ない、溜息をはぁっと吐く。
「分かりました。じゃあ頭を少しさげてもらえますか?」
ジークハルトが背を屈めた。目線の高さをエリザに合わせて、なんの疑問も持たず口を開ける。
(うわーっ、睫毛も長いっ。さすがに綺麗な顔してるなぁ)
なんだかどきどきしてしまった。大きなわんこを手懐げている高揚感だろうか。
大きな男の人が素直に口を開けて待っているのって、結構可愛いんじゃ、なんて思うのはくらくらするこの美貌のせいか。
(まずい、意識したら緊張してきた。これ唇に当たるんじゃない?)
キャンディーを持った指を近付けたら、生温かい吐息に思わず手が止まる。
「エリオ」
「は、はいっ、どうぞ……!」
覚悟を決めて彼の口へキャンディーをコロンっと押し込んだ。ふにゅっと手にあたった唇の感触にぶわっと顔が熱くなる。
(うわぁあぁぁっ、この前私の頬にキスした唇の感触が!)
なんでこんな時に記憶から引っ張り出すの、バカなんじゃないのとか自分に悪態を吐いたものの、シークハルトにパクリと指ごと食べられた。
「は――えっ、きゃああああああ!?」
予想もしていなかった展開に悲鳴が口から飛び出た。
ジークハルトが、こちらを見た。悪気はなかったのだと、実に申し訳なさそうな雰囲気を表情に浮かべた。
間違って食べてしまいました、と言っているみたいだ。
(うん、分かった。それは分かったから、早く指を返して欲しいっ)
エリザがその思いを伝えようとした時、口の中のキャンディーを引き寄せようとしたのか、彼の舌先が指をぬるりとかすった。
「わあぁっ、ちょっと待ってっ」
その生温かい感触に、思わず腰が逃げる。しかしジークハルトの唇はしっかりと閉じられているようで、指が抜けない。
その際にガン見してしまったエリザは、濡れた色っぽい唇に固まった。
イケメンの口に、指を食べられている。
みるみるうちに羞恥で顔が真っ赤になった。一度意識してしまったら、もうだめだ。心臓はばくばくして、目も潤んで、情けないとか思っている場合ではないと必死に訴えた。
「ジ、ジークハルト様、指……!」
言葉がうまく選べない。
あまりの動揺っぷりで動けないでいると、正面から真っ直ぐ視線が絡んだジークハルトの青い目が――愉快そうに細められた、気がした。
エリザは一瞬、あれ、と疑問を覚えた。騒ぐ後ろでルディオが額に手を当てて溜息を吐いている。
「ん」
ジークハルトが理解したと言わんばかりに頷いた。
舌先で転がされたキャンディーが指に触れた。彼がエリザの指の一つをまずは絡め取り、唇の外にそっと押し出した。
「違う違う違うっ、ジークハルト様! 指!」
「ン」
分かっているから、というようにジークハルトが頷いた。まだ口の中に残っている指に吸い付かれて、エリザは言葉が詰まった。
(多分全然伝わってないよね! 丁寧に指を返せって言ってるんじゃなくて、あなたが唇を開いてくれれば済むって伝えてんだけど!?)
ようやく解放された時、エリザはどっと疲れてしまっていた。
ジークハルトがハンカチで当然のように丁寧に拭っていることに対して、ツッコミも出てこない。
「キャンディーをありがとうございました」
「はぁ、どういたしまして……」
今度からは、彼の『キャンディーを食べさせて』には絶対に応えないようにしようとエリザは心に誓った。
胸がやけにどきどきしている。彼の顔を見たら顔が熱くなってくるし、困る。
「俺も、まさかうっかり、あなたの指まで食べてしまうとは思ってもいなくて。すみません」
ジークハルトは、疲れきったエリザとは違ってきらきらと輝くような笑みだった。
本当かどうなのかあやしくなってた。
けれど、今はいい。そんな笑みも美しいとか思っている自分が嫌だし、胸は変に高鳴っていし、とにかく気持ちを切り替えないと……!
時間が押してしまったし、散歩の休憩は終了だ。
エリザは彼を仕事場に送り届けないといけない。何より、やや距離を置いて、一部始終を見ていた人たちが床に膝をついて悶絶し、ショックを隠しきれない様子で項垂れたり黄色い声を上げて楽しそうにしていたり、などなど騒がしいのも大変気になる。
「ルディオ、あとで覚えといてね」
「えー、あれは不可抗力」
というかエリオがちょろいのでは、とボソッと聞こえた。
エリザはぷつんっと切れて、顔の熱を冷ますようにルディオを追いかけた。あとに続いたジークハルトが、小さく笑って、
「ますます目を離せなくなるし、欲しくなるじゃないか」
と呟いたのを回廊から出た先で聞いた令嬢たちが、また黄色い悲鳴を上げていた。
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