13話 嫡男様は行きたくないご様子です

 聖女、だなんて口にしたら厄介そうなので『魔法使い』のままの方が都合がいい。


「まぁ、あの、気になさらないでください」


 つい考え込んでしまっていたエリザは、申し訳なさそうな公爵の視線に気付いて姿勢を戻した。


「つまり従者のように同行し、舞踏会でフォローすればいいわけですよね? グーシハルト様にとっても良い機会だと思います。少々強い指導を入れないと治りそうにはない、長期戦的なものであるとは考えていますから」


 これまで、どの治療係でも改善させることができなかった。


「次の治療係に繋げられるように、少しはお力になれるよう努力したいと思います」


 それが、エリザがここ数日で固めた気持ちだった。


 なってしまったものは仕方がないし、と衣食住付きで本読み放題という破格の雇用条件だ。受けた恩は返そうと思う。


 すると、ラドフォード公爵が思わずといった様子で微笑んだ。


「君は欲がないね。律儀な性格のようでますます頼もしいよ」

「仕事は、私がよければいいというものではないですから」


 そうかそうかと、彼は不安もなくなってくれたように頷いた。


「考えてみると、この舞踏会は新しい治療係のお披露目にもなるね」


 公爵家嫡男様の、専属の治療係。

 大袈裟に『お披露目』なんて言われると、普段外から賑わいを眺めているだけのエリザには重い役目だ。


(想像したら緊張してきた……胃に穴が開きそうだ)


 せっかく安心してくれたラドフォード公爵には言わないことにして、エリザは曖昧に笑って書斎を出た。



 部屋に戻ると、そこには重々しい空気が立ちこめていた。

 エリザは、目の前に広がっている光景に、大きな赤い目をぱちくりとした。


 先程までチェスに熱戦していたというのに、ルディオは掛ける言葉を探せないでいるようだし、向かいにいるジークハルトは顔に手を押し付けて項垂れている。


「えーと……ルディオ、これどういう状況?」


 歩み寄りながら、いったい何があったのか尋ねた。


「その、エリオが呼び出された用件を推測して話したところ」

「まさか、それって舞踏会での……」

「おう、ちょうど婚約者の候補に挙がっている令嬢達も全員出席するから、明日の舞踏会のことじゃないかって言ったら、こんなことに」


 ルディオが、自分の向かい側を両手で示す。


 以前からずっと、その令嬢達と話すようにと父からも言われていたからだろう。もしかしたら前もって予告はされていたのかもしれない。


 エリザは溜息をこらえ、ひとまず二人の間に椅子を引き寄せて座った。


「ジークハルト様、抱え込むのは良くないですし、ここには私もルディオもいますからお話なら聞きます。何が不安なのか話してください」


 ここ数日ずっと、エリザは意識して彼の話を聞いていた。


 治療にまず必要なのは、本音を吐露できる環境だろうと思えた。助けたいので、可能な範囲でいいのでどんなことでも相談してください、と初日に彼には伝えた。


 父から『助けてくれる強い魔法使いだ』と聞かされている効果もあるようだ。


 ジークハルトは、できるだけ答えようと努力してくれているのは感じた。


「……会場でヘマをして、父や周りの者達に迷惑をかけてしまったらどうしよう、と、いつも不安になります」


 女性に恐怖してしまうのは、ジークハルト自身が望んでいるものではない。


 改めてそれに気付かされた気がした。


(そう、か。彼自身も困っているんだな)


 全部が全部ヘタレじゃなかったのかと反省して、エリザは真剣に考えて助言してみる。


「まず安心いただきたいのは、公の場で家族の顔に泥を塗るような行動に出る令嬢はいないかと。貴族の作法について本を読みましたが、身分が上の者に急に触れるのもマナー違反なのでしょう?」

「そうですね、基本的には」


 ジークハルトが、考えるような顔で言う。


「まぁな。基本的にはそうだな、基本的には」


 続いてルディオが言った。


「『基本的』を連呼してくるなぁ……」

「エリオには言ったと思うけど、これまでジークを追い詰めてきた女性達は、ほんとすごかったんだ」

「何か特別なフェロモンでも出てるの?」


 思わず疑問を口にしたら、ジークハルトが咳込んだ。


「そこまで女性達が熱狂するのも、すごいよね」

「いや、俺としてはさ、本人がそばにいるのに、ずばっと疑問を口にしちまうエリオって偉大だと思うわ……」


 だって、実感がないのだ。


 エリザは女性ではあるけれど、ジークハルトもただの一人のイケメンにしか思えない。


「どちらにしろ、公の場所なら一人にならなければ問題ないと思うな」

「そう、でしょうか……」

「ジークハルト様、ご不安ですか? 大丈夫ですよ。今回は私が付きっきりで同行しますから、貴方が独りになることはありません」


 ジークハルトが、素早くエリザへ顔を向けた。


「あなたも一緒に行ってくれるのですか?」

「はい、ラドフォード公爵様からも許可が出ました。当日はご一緒に出発いたします。近くにいないと助けられないですし」


 エリザは、揃えた膝の上に両手を置いて彼を見つめ返す。


「私はお試しで雇われたような治療係ではありますが、治療係として、あなたが苦手なものを克服できるよう一緒に頑張りたいと思っています」

「一緒に……」


 そう呟いて、ジークハルトの青い目が少し潤む。

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