11話 嫡男様にどんどん送られる刺客(女性)
年齢は四十代後半ほどで、ブラウンの髪をしっかり結い上げていた。笑みを浮かべると、厳しい印象のある顔も途端に華やかさが加わる。
けれどエリザは、彼女を見て「あ」と思った。
(扉の隙間から覗き見て『おいたわしい』と涙ぐんでいた人だ……)
先日、ラドフォード公爵と始めて対面した際に覗き見ていた光景が蘇る。おかげで緊張感は激減した。
「初めまして、この国では【赤い魔法使い】と呼ばれています。私のことは、どうぞ〝エリオ〟とお呼びください」
にっこりと笑いかけると、モニカもにこっと笑い返してきた。
そのまま、僅かに不自然な間が置かれたのを感じた。彼女の笑顔を見て、エリザは何かを伝えようとする意図を感じ取る。
耳を澄ませてみると、どこからか軽い足音が聞こえて来た。
(ああ、なるほど。ここにも仕掛けがあるわけか)
エリザが把握したと伝えるべく小さく頷き返すと、モニカが『用意はいいですか』と確認するみたいに浅く顎を引く。
一人、事情を知らないジークハルトがゆったりと音の方向へ顔を向けた。
奥の廊下の曲がり角から現れたのは、茶色のジャケットとサスペンダー付きのズボンに、ベレー帽を被った少年だった。エリザよりも一回り小柄で、やや幼い印象の丸みを帯びた顔には愛嬌がある。
その少年が駆けてきた。モニカに目を留めると、「いたいた」と言って手を振る。
「モニカさん、パパが馬具の件で――」
そう告げながら少年が迫った時、ジークハルトが突然「うわぁ!」と叫んで飛びのいた。
それを見たモニカが小さく舌打ちするのを、エリザは見た。
「モ、モモモモニカ、どうして女の子がこんなところに!?」
「――急きょ依頼した、馬師レオンの娘でございますわ」
若い主人のうろたえっぷりにも動じず、モニカは淡々と答えた。
少年の恰好をした少女は、どこか気に入らないようにジークハルトを見た。しかし怯えた彼と目が合うなり、頬を染めて手を後ろに回した。
恥じらう姿も少年にしか思えなかった。
エリザは、大変クオリティが高い男装だと思った。しかしジークハルトは、彼女を一瞬で女性と見破ったうえで今も後退し続けている。
――解せない。
正直、エリザはそう思った。
(どうして彼女のことは女性だと分かるのに、私の性別を気付かないのかな?)
ジークハルトが、頼りにするように背後に回る。それをエリザは横目に見つめていた。
師匠から教えられた戦闘スタイルで、接近戦の際に胸が揺れないよう少し抑える肌気は着ている。しかし、それ以外は男の服を着ているだけに過ぎない。
このマントローブが、体格を隠してしまっている効果なのか。
それとも、噂の【赤い魔法使い】は男だ、という先入観がそうさせているのか。
(あ、もしかしたらルディオが男だと言ったのも関わっているかも)
やはり先入観かと思っていると、モニカがエリザの後ろへ残念感を抑えつつ目を向け、言った。
「坊ちゃま、落ち着いてくださいませ。エリオ様はしばらく屋敷で過ごすのですから、料理長も紹介することを忘れないようにお願いいたします」
「わ、分かっている……」
知らない女性から逃げたいという気持ちが勝ったのか、ジークハルトが言われた通りのことをすぐに実行すべく足早に歩き出した。
「料理長を紹介しますので、こちらへどうぞ」
エリザは彼の後をついて行きながら、恋愛対象外の幼女でも駄目らしい、と脳内に書き込んだ。
料理長は、一階の広い厨房で若いコックと共に夕食の仕込みをしていた。焦げ茶色の癖のある髪を一まとめにした中年男で、豪快な笑いと共にエリザの頭を叩き「俺ぁサジだ」と名乗った。
「にしても、変身魔法でここまで幼くならなくったっていいのになぁ」
悪意がないせいで、余計にぐさりときた。
「姿は魔法で変えていません」
「え? じゃあ身長も地なのか。ひょろひょろだし、もっと食べた方がいいぞ」
作った笑顔が崩壊しそうだ。
(ううん、だめ。第一印象、大事……)
十八歳なので、もうこれ以上伸びないのでは、とエリザはひっそりと思っただけに留めた。
「従業員は与えられている休憩室でそれぞれメシを食うんだが、魔法使い様はどうする? なんなら部屋に持っていくが」
「あの、私のことは〝エリオ〟と呼んでください。ジークハルト様に同行することが多くなると思うので、食べられそうであればこちらに来て一緒にとる、という感じでも構いませんか?」
「おぅ、いいぞ」
サジは、厨房の奥がコック達の休憩所になっていると教えてくれた。基本的に屋敷内と同じく、厨房もローテーションを組んで必ず人がいる状態だという。
「小腹が空いた時でも対応できる。いつでも来てくれ」
そんな説明を丁寧にされつつ、話を伸ばされている感を覚えた。
モニカが行くようにと促したくらいだから、ここでも何かしらイベントが発生するのだろう。そう推測し、しばしサジの話に付き合うことにする。
(でも、公爵家の偉い令息様なのに待つんだなぁ)
話を邪魔せず待ってくれている光景が不思議に思えて、ちらりと見た。
その時、ジークハルトが不意にピクッと身体を強張らせた。
サジが「おや」というように片眉を引き上げた。口角も引き上がって、面白がって何かを待っているのがエリザは見て取れた。
「こんにちはーっ、サジさんはいますか?」
不意に、厨房裏口の扉が開かれた。
顔をひょっこり覗かせたのは、一人の青年だった。二十代中頃で、目元に黒子のある爽やかな好青年だ。
まさか彼も女性だと言うじゃないだろうな、とエリザが疑ってしまうほど体躯も男性そのものだった。
「おう、ちょうどここにいるよ」
「あ、良かった。時間がないということだったので、約束通り、少し早めに注文されていた煙草を届にまいりました」
その青年は、アルトの心地良い声をしていた。目が合った際、にっこりと微笑みかけられたエリザは不思議な色気にどきどきした。
「おぅ、そうだったな」
サジが、どこか棒読みで口にしながら顎鬚に触った。
「すまねぇが今、坊ちゃんと魔法使い様が来て手が離せねぇんだ。休憩室に入れてもらってもいいか?」
「いつもの奥の部屋ですよね?」
青年が指を差すと、サジがニヤニヤしながら「ああ、そうだ」と頷き返した。
ジークハルトは、その青年の方を見ないばかりか、厨房の台に視線を向けたまま硬直していた。気のせいか、その身体が僅かに震えているように見える。
(まさか。いや、まさかそんな……)
そう思っている間に、青年が大きな箱を抱えて「失礼しまーす」と入って来た。
するとすれ違う直前、青年の足がもつれて、箱を抱え持った肘先がジークハルトの腕に触れた。
その瞬間、ジークハルトが「ひぃ!」と情けない声を上げて飛び上がった。無駄のない身のこなしで距離を置くさまは、さすが鍛えられた騎士だと感じた。
「なっ、な、なんで女性が……!」
ショックが強いのか、ジークハルトの言葉は続かなかった。
その言葉を聞いたエリゼも、びっくりしていた。
「この子は、行きつけの煙草屋の店員なんですよ、坊ちゃん」
サジが面倒そうに頭をかきながら、悪びれる様子もなく答えた。
「俺ぁ、男から商品を買いたくねぇんです」
「だ、だからってどうして女性が男性の恰好を!?」
「女の子達から人気があるんですよ。女性劇団の男役で活躍しているんです」
サジから紹介された青年、――いや男装の麗人は、「自信があったのにな」と残念そうに微笑んだ。
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