逃走

Rotten flower

第1話

目の前には、もとの形が想像できないぐらい燃え盛っている家があった。

「消し忘れたタバコが原因のようです。」

「まったくここの住人は何をしてるんだか。」

隊員が隊長に向けて言う。俺は現実を目の前に膝から崩れ落ちた。


そこまでいい大学に行ってなかった俺は世間が言う「ブラック企業」というところに入ってしまった。まるでブラックホールに引き込まれるように。

結局、業務としてはコンピュータの前で文章を打つだけ。まぁまぁ楽な業務と言えるが給料もまぁまぁ低い。そして、最後には

「これ、明日までね。」

と言う上司の業務をやらされる。まぁ楽なことは楽なのだが。


「おかえり。」

家の扉を開けると、いつも通り彼女がいた。出会ったころは心開いてくれなかったが、出会ってから何日、何週間か経った頃だろうか、心を開いてくれた。笑ったり、泣いたり、時には怒ったりすることも何度か。

「今日もちゃんと行ったか?」

「うん。」

なら安心だ。

俺自身、もともと過保護だった。しかし、彼女自身から、「安心して。」という言葉を聞いてから少し保護を緩めた。その後も、時々彼女を監視しているが特に危険なこともしていない。

そして、俺自身彼女に助けられたこともある。流石に楽とは言っても家に帰らず、眠気と闘いながら働いていると精神の擦り減り方は通常時とは格段に違ってくる。何故だろうか。彼女は俺が疲れている時が分かるらしい。そして、時に癒してくれることもあった。彼女の方が年下なんだけどな。

「私はあなたに助けてもらったんだから。当然でしょ。」

彼女は笑顔で言ってくれた。彼女なりの恩返しというものだろう。貰っておいて損はないし、彼女がしたいと言っているのだ。貰わなかったら失礼に値するのではないだろうか。


計画は企ててある。あとは実行に移すのみだ。きっとチョロい。


どこか、頭の中でこの関係がずっと続かないことは分かっていた。というより、諸行無常、世の中に変わらないことは存在しない。ということは昔から続いている。それはこの関係性も当てはまるだろう。

そして、その時が訪れてしまった。

家は燃え盛り、スマホで動画を撮る人が俺の家だった物の前に集まっていた。赤く燃え上がっていた。俺は何も原因が思いつかなかった。漏電?、ガス漏れ?、それとも、考えたくないけど、彼女が?

その時、隣にいた消防士がかなり小さな声で喋っていた。

「消し忘れたタバコが原因らしい。」

そんな訳ない。彼女がそんなことするわけがない。そもそも彼女は未成年だ。タバコは吸わないはず。もしかしてだけど、


元妻あいつが?


計画通りに終わった。彼は仕事中だったため、予定よりも簡単に終わった。


窓を破る。娘の姿が見えた。何かに驚いているようだった。大丈夫。お母さんが帰ってきたから。

それにしても、この家。汚い、古臭い、物もないの三銃士。こんな家無い方が近所の人も喜ぶだろう。タバコに火をつけたあと、燃えやすそうなところに投げ、私たちは急いで家の外に出て行った。

「嫌だ。」

娘は足に力を加え、私の手を振り払おうとする。なんで、私が助けに来たのに。

「とりあえず家に帰りましょ。」

私は彼女の手をゴム紐で縛るとそのまま家に連れて帰った。


どうして、俺がこんな目に遭わなきゃ行けないのだろうか。不幸に不幸を重ねても俺のところまで辿り着く人は少ないだろう。家が燃え盛っているなか、無力な自分を呪い、憐れみ、恨んだ。

実家に帰ってきた。「家が無くなった。」と親に言うと実家に来たらと返事が返ってきた。

「いや、それにしても災難だったね。」

親の慰めの言葉だろうか。今言うのは、なんというかちょっと、違う気がする。というか、それより彼女の心配の方が上回った。今の妻の名字を僕は知らない。結婚してしまっているためだ。よく思えば、彼女の下の名前は聞いていたものの名字は聞いていなかった。そもそも、彼女に名前を聞いた時も下の名前しか聞いていなかった。でも、よく分かる。

「自分の名字が嫌いなんだ。」

俺は誰にも聞こえないようにかなり小さな声で言った。


彼女は今、何をしているだろうか。雨の中、どこかへ逃げているのだろうか。僕はGPSも何も付けていないのだ。

「もう、会えないのかな。」

そんなことを考えているうちにドアチャイムが鳴った。

「はい。」

俺の母が出る。


「お客さんだよ。崎。」

俺が呼ばれた。急いで玄関先まで行くと、やっぱりだ。どうやって来たのだろうか。


「ただいま。」

雨に打たれながら彼女がそう言った。

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