037●第六章①公王との謁見。歌え! エリシン教“救世歌”。
037●第六章①公王との謁見。歌え! エリシン教“救世歌”。
*
数日が過ぎ、先代の
先代の
我輩が正式な
つまり
それまでにいくつか、こなさなくてはならない宗教的な儀式があった。
かなりの緊張を伴う最初の試練は、
陛下との“謁見の儀”というものだ。
その日がやってきた。
思えば、謁見する前に勝手に
就職して上司に挨拶するときには初対面の印象が大事ということは重々承知しているが、ご対面のその口で、「お前は即刻クビだ!」くらいに怒られても仕方がないような……
シェイラに尋ねてみたが「まあ、クビにはされないでしょう。定年までは働かせてもらえますよ、こき使わるかもしませんが」と軽くいなされてしまった。
そのとき、「謁見の儀の演出ですが、
その場で確認してみると全く内輪の儀式で、参列者は
絶対権力者の公王様にお目通りするだけで、こちらは疲れ果てるであろう。余計に気を遣う
会場は、
数千人を収容できる屋内スタジアムであり、宇宙を模した八角の形に広がる大屋根の
シェイラの解説によると、八方に拡がる無限世界をスライムーンの神の
毎週末、土曜日の日暮れ時には
やれやれ、ほっとした。毎週やらされたらたまらない、演説なんか不得手だし、やりたい仕事ができなくなるからだ。
ステンドグラスから差し込む夕陽に照らされて
その手前にはブラスバンドの女性奏者が数十名、そして中央通路の左右には女性の
いずれも黒い修道服姿だが、頭巾のようなナン・ベールは被らず、服はパーカーになっており、フードは背中に預けている。その代わり髪には幅のある白いカチューシャを着用して統一感を出していた。
会場に居並ぶ全員が女性であるのは、我輩でなく先代の
ということで、我輩の
キンキラのラメがまぶしいキモノ風の法衣にキンキラの
正面の通路には、まるで婚礼のように純白のカーペットが敷かれていた。
カーペットの前端に足をかけたとき、
軍艦式だな、
続いてリーダーが「捧げェーーーッ、
ガシャッと金属音が響き、儀仗隊の
それは木製銃身のライフル……だが、銃身を短く切り落とした形に整形した、
そしてまるで業務用の殺虫スプレーみたいな、太い円筒の芯から棒が出て
もちろん殺虫用でなく空気入れのエアポンプでもない。
ショットガンも擲弾筒も演習用のモデルであることを示す黄色に塗装してあったが、彼女たちは使い慣れているようだ。
儀仗兵を演じる彼女たちの修道服のスカートは走りやすいように丈をやや短くして、靴は半長靴。そして全員が白いエプロンを着けているので、街中を歩けばメイドさんで通るだろう。
しかしエプロンの内側には金属の防弾胸当てを差し込み、拳銃のホルスター、あるいはショットガンの予備弾体を隠せるようになっているはずだ。
彼女たちは二の腕の袖に隊章のワッペンを縫い付けている。クロスした剣の上に金色の玉ねぎ形を描いたエンブレムは公王府近衛隊の識別章と同じだが、
“
何のために、ここに? と思ったが、すぐに理解した。
彼女たちは、
だからこのような儀式の場に参列している。
歩みを進めると、ブラスバンドの演奏が始まった。
♪
なんだかお通夜感覚の
出発点である母なる惑星に還ることは許されないが、母星をあたたかく照らす、太陽という恒星の重力圏で人生の旅を終えたいという思いなのだろう。
ふと、昔々の
それにしてもエリシウム公国だけでなく、ムー・スルバというこの世界の人々はやはり、一方通行で宇宙からやってきた移民の子孫ではないかという気がする。見るからに宇宙船っぽいスライムーンの姿からして……
あれはやはり、太古の移民母船じゃなかろうか。
そんなことを考えつつ、大伽藍の祭壇の下に到着すると、俺とシェイラはふかふかの真っ白カーペットに片膝をついて畏まった。
正面には、左右両翼のパイプオルガンが、見上げるような高所から百本あまりの筒をくねらせて、蓮華の華を逆さにしたように下方へ広がる中心に、
その手前の一段高い演壇にあたるフロアに金銀の装飾を施した猫足の玉座が据えられていて、まもなく公王様がお出ましになるはずだ。
顔を下に向けて、待つ。
「
合唱隊のリーダーが命じて、歌唱の曲目が変わった。
最初はスローテンポで、ゆったりと歌われる。
♪
世界は終わる ひそやかに
渚に
月の光に
神を讃えよ
神を讃えよ
われら自由のしもべなり
いまだ
エリシン教の讃美歌なのだろう。
世界の滅びを暗示して、
歌詞を三回繰り返したのち、間奏でテンポが速くなり、行進曲となった。
すると、歌詞が変わる。
♪
正義は悪を 撃ち倒す
いくさに
月の光に 導かる
神を讃えよ
神を讃えよ
われら自由のしもべなり
いまだ
清らかな修道女たちの声がリズミカルに、心地よく響く。
しかしこれは軍歌じゃないか。
社会正義を唱えて慈善活動する“
しかし……
彼女たちも歌っている。
この進軍歌は、夢のような讃美歌ではなく、現実の戦闘員が歌うものなのだ。
エリシン教の兵士たちは、まだ少ないが、着々と準備を進めている。
そして思う。
シェイラは、
軍備を必要とする、何らかの企てを。
しかし、その企てを実行に移すには、シェイラにとってこれまでの歴代の
そこへ、我輩が降臨した。
どうやら、ここしばらくの
もしもそうだとしたら、シェイラは待ち望んだチャンスを得ようとしているのではないか?
「猊下、
シェイラの声がした。顔を上げる。
「え……」
声が喉に詰まった。
無人の玉座、それしか、ここにはない。
「猊下、どうぞお立ちください」とシェイラは促して告げた。
「公王陛下謁見の儀は、終わりました」
そのとき唐突に、僕は思い出した。
曲のタイトルが、ぼんやりと浮かぶ。
ウォルシング……とか、それともワルツィング……マチルダ?
歌詞は思い出せないが、移り住んだ国を放浪して災難に遭って逃げ回る、ちょっと哀れな移民たちの歌ではなかっただろうか?
はるかな昔、この星ムー・スルバに片道切符で降りてきた人々は、もしかしてこの曲を歌っていたのかもしれない。同じ境遇の人々に思いをはせて。
僕とシェイラが退場する間、ワルツィング・マチルダの曲は勇壮に鳴り響き、長めの間奏を挟んで、進軍の歌詞が繰り返されていた。
「公王様は、どうして……」と歩きながら僕は尋ねた。
「ご不在なのです、ずっと前から」
「いったい、どこに」
「それが、誰もわからないのです」そしてシェイラは淡々と告げた。
「
※作者注:映画『渚にて』(1959)のテーマに使われた名曲『ワルツィング・マチルダ』のメロディはスコットランド民謡をもとに1895~1903年に編曲、あるいは19世紀にオーストラリアで流行した『The Bold Fusilier(勇敢な歩兵)』というミリタリーソングからアレンジしたともいわれます。〈サイト『原語で歌う海外曲』より〉
ともあれ曲の成立は130年ほど昔のことであり、曲の著作権保護期間は満了しており、現在では間違いなくパブリックドメインに帰属しております。
また『海ゆかば』の歌詞は古歌であるためパブリックドメインに帰属しておりますが、曲に関しては作曲者の逝去が1965年とされていることから、「没後70年」とされる保護期間が2035年までは続いているものと解されます。
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