036●第五章⑧プロジェクト・ヨシワラハウス。そして消えるインク。
036●第五章⑧プロジェクト・ヨシワラハウス。そして消えるインク。
「シドが提案してきたプランCは、複数の職種にまたがる余剰人員をみんなまとめて束にして、新規事業を立ち上げようという発想です。どんな事業ができると思われますか? お泊り前提の
「なるほど!」イメージは簡単に出来上がった、これまで
「遊郭だ。それも超高級なホテル&レストランを偽装した超高級巨大遊郭か」
「ご名答です」とほほ笑むシェイラ、「これまでウーゾ宰相やベジャール長官など政府の
「うーん、しかし稼げるのか? 提供する商品が酒池肉林だけに、大金をバカスカ払える一握りの富裕層だけが相手になる、庶民は完全無視だ。常客が政権の権力者と金満経営者だけでは数が限られないか?」
「心配ご無用です! ここ十年で公国通貨のネイが大幅に下落して、外国人観光客が大挙してエリシウム公国へ押し寄せています。わたくしたちの当面の主要ターゲットは
我輩はニンマリと顔をほころばせていたに違いない。全く罪深いビジネスで、湯水のようにマネーを吐き出してくれる客層を相手にしなくては成り立たない商いでもある。そうだ、そのような人々からこそガッツリとお支払いいただき、その収益を元・
シェイラもほほ笑んで促した。
「
「これで、
「少なくとも、失業した
さすがに俺もしんみりとした気分になった。
貧困は緩やかな虐殺だ。
シェイラは僕をじっと見つめた。
「それよりは、まし、ということか」
シェイラはうなずく。「今は検討段階ですが、
「なるほど、直接雇用か」
「本来、昔はそうでした、ほんの四十年前までは、どの
「承認する」と僕は答えた。
そこで、少し気になって尋ねた。「さっきから聞く、“プロジェクトチーム”ってどういうものなの? 僕の異世界記憶にもあることはあるけれど、少し違うような気もする」
「そうですね、わたくしどもの
この場合、若手が思うように活躍できず、硬直した組織風土になりがちだ。
その代わり上下関係は安定し、年長者は後輩の若手に対して、秘蔵のノウハウも惜しみなく教えることができる。存分に教えても、若手に裏切られて下剋上されることがないので安心なのだ。
そうやって若手が育てば上位者は楽になり、さらに上位の者からより高度な仕事を受け取るか、新しい分野の仕事に手を付けることができる。
組織内に蓄積された知識や技能や有益な人脈は、年長者から若手へとスムーズに伝承され、しかも定年まで雇用が保証されるので、“第二の家庭”ともいえる環境となる。組織を守る忠誠心は抜群だ。
他の
しかしそのままでは、能力と意欲にすぐれた若手メンバーが芽を出す機会がなくなり、“一生懸命働くが変化に乏しい”空気感が蔓延してしまう。
これが“組織の硬直化”であり、“年功序列・定年雇用”の最大の欠点だ。
そこで登場するのが“プロジェクトチーム制”。
これはピラミッド形の既存組織の外側に、上下の序列に拘束されない自由な雰囲気の新規事業チームを立ち上げ、やる気の高い意欲的なメンバーを組織横断的に公募するものだ。
既存組織を
これは自主的な志願を前提とした、いきおい若手中心の組織となり、自由な発想で闊達に行動させて、頭角を現した者をチームリーダーに据えてゆく。
そして事業が軌道に乗ったら、既存の組織から切り離して
逆に事業が失敗したら傷口が広がる前に果敢に撤収し、メンバーは元の組織に戻り、失敗の経験を前向きに生かして勤務する。
そうすることで、ピラミッド形の既存組織を傷つけずに守ることにもなる。
シェイラたちが採用しているプロジェクトチーム制は、“年功序列、定年雇用”の職場では欠落する“若手の抜擢と活躍”を実現する場所を、旧来の組織の外側に作りだすことで、組織の硬直化という欠点を打破し、活性化を促そうというものだ。
言い換えれば、新規事業で若手メンバーに活力を注入しながら、一方で古典的な忠誠心をガッチリと保持するための方策でもあるわけだ。
ある意味、軍事的な発想。
全員が武器を持てば、
そうか、シェイラが
だからこそ、政権の独裁者であるウーゾや、秘密警察長官めいたベジャールの干渉を
僕が納得したところで、シェイラは尋ねた。
「巨大遊郭の新規プロジェクトに、名前をいただけませんか? “プロジェクト遊郭”では露骨すぎますもので。たとえばプロジェクトAとかXとか……」
「うん、それならYでどう? “プロジェクト・ヨシワラハウス”の略だよ。プロジェクトY」
「よろしいです! でも、ヨシワラって? 初めて聞きます、どのような?」
「我輩の
くくくと笑う美魔女。
「ずいぶんエロエロとお楽しみになられたのですね。そのダンサー、きっと前世のトモミちゃんだったんでしょ」
「ちがわい!」
「あ、そうそう」と真っ赤になった僕をはぐらかして、美魔女は黒い決算報告書の表紙を閉じた。「三時間も光に当てると消えてしまう魔法のインクで書いてあるのです、機密保持のために。これは写本でして、原本は別の場所に隠してありますので、ご安心を」
聞いて、僕は思いついた。
「その、魔法で消えるインク、“免罪符”カードの
「ま! ワガ様、あ・こ・ぎ! さすがチョベリグーなイカサマアイデア!」
シェイラの感激の
こうして“免罪符”の“免”の字が一年で消えて“罪符”になるように仕組まれた
当然と言えば当然だが、エリシン教のカード式免罪符が問答無用の大ヒット商品となり、教団に莫大な富をもたらすことは歴史的に約束されていた。
なんといっても、我輩の
そう、全然売れなかったら、戦争など起こるはずがないのである。
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