036●第五章⑧プロジェクト・ヨシワラハウス。そして消えるインク。

036●第五章⑧プロジェクト・ヨシワラハウス。そして消えるインク。



「シドが提案してきたプランCは、複数の職種にまたがる余剰人員をみんなまとめて束にして、新規事業を立ち上げようという発想です。どんな事業ができると思われますか? お泊り前提の遊興冥奴プレイメイド集団プラス毒見冥奴どくみメイド集団プラス最高級料理の厨房スタッフとそのサポートチーム一式で……」

「なるほど!」イメージは簡単に出来上がった、これまで公王府パラティヌスの建物の中で非公式に営んできた酒池肉林の破廉恥大宴会を事業化して、公城デュクストラの外へ移転するということだ、答えは明快。

「遊郭だ。それも超高級なホテル&レストランを偽装した超高級巨大遊郭か」

「ご名答です」とほほ笑むシェイラ、「これまでウーゾ宰相やベジャール長官など政府の色事いろごと好きな要人を招いていた秘密クラブの快楽ノウハウを結集した淫靡いんびの魔窟宮殿を、首都エリスの都心ド真ん中の一等地にオープンさせて大々的に稼がせたいと存じます」

「うーん、しかし稼げるのか? 提供する商品が酒池肉林だけに、大金をバカスカ払える一握りの富裕層だけが相手になる、庶民は完全無視だ。常客が政権の権力者と金満経営者だけでは数が限られないか?」

「心配ご無用です! ここ十年で公国通貨のネイが大幅に下落して、外国人観光客が大挙してエリシウム公国へ押し寄せています。わたくしたちの当面の主要ターゲットは国内流入インバウンドの外国人富裕層、それも国際的なVIPですね。極上の接待と極上の食事、極上の温泉にとろけるような夜の快楽、ハラハラドキドキの賭場カジノも新設してお迎えしましょう。いわば“統合型パラダイスIP”です。ただの成金ふぜいだけでなく、首都エリスに大使館を置く各国の外交官や歴訪する海外首脳も、もれなく狙えると存じます。かれらの口癖は昔から“エリスフジヤマ&ゲイシャガール”の一択でして、それがエリシウム公国のテンプレな観光資源だと思われているものですから。そこへシークレットですが、“公王府パラティヌス御用達ごようたし”という非公式のブランド情報をコッソリと流せば、好感度と顧客誘引力が絶大に跳ね上がると思われます」

 我輩はニンマリと顔をほころばせていたに違いない。全く罪深いビジネスで、湯水のようにマネーを吐き出してくれる客層を相手にしなくては成り立たない商いでもある。そうだ、そのような人々からこそガッツリとお支払いいただき、その収益を元・遊興冥奴プレイメイドや元・毒見冥奴どくみメイドの皆さんに還元するのだ。

 シェイラもほほ笑んで促した。

枢鬼卿すうきけい猊下、ご承認いただけますでしょうか」

「これで、公王府パラティヌスの余剰人員問題は解決するんだね」と念を押す。 それが本来の目的だからだ。

「少なくとも、失業した遊興冥奴プレイメイド毒見冥奴どくみメイドたちが、一文無しの宿無しとなって、夜の街に立ちんぼうで春をひさぐ日々を送るよりは、ずっとましな労働環境が提供できると考えます。トモミちゃんは救貧院で看護のアルバイトをしたことがありまして、性行為に起因する風土病と寄生虫と栄養失調で収容され、そのまま死んでゆく労奴少女レイバントガールを何人か看取った経験があります。それよりは……」

 さすがに俺もしんみりとした気分になった。

 貧困は緩やかな虐殺だ。

 シェイラは僕をじっと見つめた。

「それよりは、まし、ということか」

 シェイラはうなずく。「今は検討段階ですが、遊興冥奴プレイメイド毒見冥奴どくみメイド労奴斡旋商社レイバントギルドと結んでいる労奴契約を解除させて、教団の子会社コギルドとの直接雇用に切り替えれば、医療保険や失業保険を摘要できるようになり、労働条件は格段に良くなります。少なくとも“基本的人権をカネで売る”状況を脱しますから。ただし雇用側としては、人件費の増大を補える利益を確保できるかどうかがカギとなります。その点は彼女たちの労働意欲が向上して、生産効率を引き上げられることにかかってまいりますが……」

「なるほど、直接雇用か」

「本来、昔はそうでした、ほんの四十年前までは、どの企業ギルドも直接雇用でやっていましたから。それを実現するには、独立採算を確立した遊郭を実現することです。ですから猊下げいか、C案すなわち新規事業プロジェクトチームの結成をご承認いただけますでしょうか、もちろん、枢鬼卿すうきけいというお立場上、遊郭という罪深い事業に直接加担いただくわけにはまいりません。公式の押印ハンコは不要です、口頭のみでよろしゅうございます」

「承認する」と僕は答えた。

 そこで、少し気になって尋ねた。「さっきから聞く、“プロジェクトチーム”ってどういうものなの? 僕の異世界記憶にもあることはあるけれど、少し違うような気もする」

「そうですね、わたくしどもの公王府パラティヌスで言う“プロジェクトチーム”は、伝統的トラディショナルな新規事業育成チームです。公王府パラティヌスは昔ながらの“年功序列・定年雇用”という、なんとも古臭い雇用形態でして、いまどき時代遅れな、“武家ぶけ的な組織運営”にこだわっています。年功序列とは、つまり“年寄りを大事にする”という敬老的な職場風土ですね。しかも定年まで原則的にクビにしない、いわば“悪さをしない限り家中かちゅうに置いてやる”式の雇い方なものですから、組織内で若手が年長者を蹴落として上に立つ“下剋上”は発生しません……」

 この場合、若手が思うように活躍できず、硬直した組織風土になりがちだ。

 その代わり上下関係は安定し、年長者は後輩の若手に対して、秘蔵のノウハウも惜しみなく教えることができる。存分に教えても、若手に裏切られて下剋上されることがないので安心なのだ。

 そうやって若手が育てば上位者は楽になり、さらに上位の者からより高度な仕事を受け取るか、新しい分野の仕事に手を付けることができる。

 組織内に蓄積された知識や技能や有益な人脈は、年長者から若手へとスムーズに伝承され、しかも定年まで雇用が保証されるので、“第二の家庭”ともいえる環境となる。組織を守る忠誠心は抜群だ。

 他の企業ギルドへ転職するよりは、後輩を育てて結束力の高いチームを作り、公王府パラティヌスで定年まで勤めあげたいと考える者ばかりとなる。

 しかしそのままでは、能力と意欲にすぐれた若手メンバーが芽を出す機会がなくなり、“一生懸命働くが変化に乏しい”空気感が蔓延してしまう。

 これが“組織の硬直化”であり、“年功序列・定年雇用”の最大の欠点だ。

 そこで登場するのが“プロジェクトチーム制”。

 これはピラミッド形の既存組織の外側に、上下の序列に拘束されない自由な雰囲気の新規事業チームを立ち上げ、やる気の高い意欲的なメンバーを組織横断的に公募するものだ。

 既存組織を本丸ほんまるの城とすれば、プロジェクトチームは、いわば出城でじろとなり、”我輩の前世記憶ぜんせきおくでは“真田丸さなだまる方式”とか名付けていたのを思い出す。

 これは自主的な志願を前提とした、いきおい若手中心の組織となり、自由な発想で闊達に行動させて、頭角を現した者をチームリーダーに据えてゆく。

 そして事業が軌道に乗ったら、既存の組織から切り離して子会社コギルドとして独立させるという。

 逆に事業が失敗したら傷口が広がる前に果敢に撤収し、メンバーは元の組織に戻り、失敗の経験を前向きに生かして勤務する。

 そうすることで、ピラミッド形の既存組織を傷つけずに守ることにもなる。

 シェイラたちが採用しているプロジェクトチーム制は、“年功序列、定年雇用”の職場では欠落する“若手の抜擢と活躍”を実現する場所を、旧来の組織の外側に作りだすことで、組織の硬直化という欠点を打破し、活性化を促そうというものだ。

  言い換えれば、新規事業で若手メンバーに活力を注入しながら、一方で古典的な忠誠心をガッチリと保持するための方策でもあるわけだ。

 ある意味、軍事的な発想。

 全員が武器を持てば、公城デュクストラを守って戦える組織体制だ。

 そうか、シェイラが目論もくろんでいるのは、“戦える教団”。

 だからこそ、政権の独裁者であるウーゾや、秘密警察長官めいたベジャールの干渉をね退けて、公王府パラティヌスの自治独立を堅持しているというわけだ。

 僕が納得したところで、シェイラは尋ねた。

「巨大遊郭の新規プロジェクトに、名前をいただけませんか? “プロジェクト遊郭”では露骨すぎますもので。たとえばプロジェクトAとかXとか……」

「うん、それならYでどう? “プロジェクト・ヨシワラハウス”の略だよ。プロジェクトY」

「よろしいです! でも、ヨシワラって? 初めて聞きます、どのような?」

「我輩の前世記憶ぜんせきおくで、メトロポリスという世界一の大都会に住んでいたことがあって、そこでヨシワラハウスという、そびえたつような酒池肉林の館が大繁盛していたのを思い出した。あまりの色香で世界を亡ぼしかねない絶世の美女が、小悪魔のサロメもかなわないほど妖艶な“滅びのダンス”を踊っていたっけ。その足下に札束をくわえたセレブ紳士がわらわらと群がってさ」

 くくくと笑う美魔女。

「ずいぶんエロエロとお楽しみになられたのですね。そのダンサー、きっと前世のトモミちゃんだったんでしょ」

「ちがわい!」

「あ、そうそう」と真っ赤になった僕をはぐらかして、美魔女は黒い決算報告書の表紙を閉じた。「三時間も光に当てると消えてしまう魔法のインクで書いてあるのです、機密保持のために。これは写本でして、原本は別の場所に隠してありますので、ご安心を」

 聞いて、僕は思いついた。

「その、魔法で消えるインク、“免罪符”カードの表側おもてがわの“免”の字に使えないかな。三時間でなく、一年ほどでかすれて消えてしまうように」

「ま! ワガ様、あ・こ・ぎ! さすがチョベリグーなイカサマアイデア!」

 シェイラの感激の肘鉄ひじてつをスルリと避ける僕。

 こうして“免罪符”の“免”の字が一年で消えて“罪符”になるように仕組まれた免罪符インドゥルゲンティアが鳴り物入りで発売されることになった。一年で免罪の御利益ごりやくが消えてしまうのはご愛敬だが、まあそれも神様の思し召しだろう。また新しい免罪符を買えばいいだけのことである。

 当然と言えば当然だが、エリシン教のカード式免罪符が問答無用の大ヒット商品となり、教団に莫大な富をもたらすことは歴史的に約束されていた。

 なんといっても、我輩の前世記憶ぜんせきおくの“中世”でヨーロッパという世界を二分して百年にもわたる宗教戦争を巻き起こすほど、売れまくった前例があるのだから。

 そう、全然売れなかったら、戦争など起こるはずがないのである。



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