012●第二章⑤魔法石《マギメタル》がこの国を制す

012●第二章⑤魔法石マギメタルがこの国を制す



 たちまち一杯目を平らげる。麺をすすりながら、無意識に前世記憶ぜんせきおくに残る山羊さんみたく 「うめー、うめー!」を連発していたようで、実際にとても美味だったのだが、すると残業食三人娘が「おかわり、いかがですか」と気遣ってくれた。

「うん、頼むよ。あ、同じドンブリに入れてくれる?」

 何事も用心に越したことはない、今、使用して安全性を確立した丼をそのまま使うのがセオリーだ。

 問題は箸だが、幸運にも、この部屋の箸は紙袋入りの“割り箸”で使い捨て方式だった。それが円筒形の箸入れにどっさりと差してある中から一本を選び、紙袋に穴やシミがないか、さりげなくも慎重に視認した。よしよし、毒を仕込んだ形跡はない。

 と、残業食三人娘が食べている拉麺ラーメンと、我輩のそれには、大きな違いがあることに気が付いた。

 トッピングだ。

 三人娘の丼には、輝かしいほど豪華な具が盛られているではないか。

「そ、それってもしかして、ゆで卵と叉焼チャーシューとメンマとナルト、焼き海苔に、ほうれん草のお浸しではないか! 至福のフルコースだ」

「は、はい猊下、これはエリスフジで獲れた山亀やまがめの卵と鰭肉ひれにくです」

「西部高原の竹サボテンの新芽漬けと、エリス湾の赤ヒラメの巻きカマボコです」

「エマドエ浜の干し海苔と、マリネ区の朝摘みポパイウィードです」

 と、それぞれ詳しく答えてくれた。

 要するに、トッピングは無料提供ではないので、各自がワッパという容器に入れて持ち寄り、昼食や残業食のたびに仲良し同士で互いにシェアしているわけだ。ちなみにワッパとは、竹製のタッパーと解すればいい。

 あまりに物欲しそうに眺めたからか、三人とも同時にワッパの蓋を開けて「猊下もいかがですか」と勧めてくれた。

「待ってました!」と僕、「すっげー旨そうだ! ありがたく頂戴します」

「こんなものでよろしければ、お好きなだけどうぞ!」

 こういうものが食べたかったのだ、素朴で新鮮な地場産品で、しかも目の前の三人のおかげで完全お毒見済みの安全食品。

 仲良し三人娘のご厚意と忖度そんたくにべったりと甘えさせてもらい、職場の権力にかさを着たオネダリが過ぎたようで気がとがめたが、事務管理部長のシド女史は隙が無かった。

「猊下、こちらの三人娘は猊下の使用人にあたりますので、受け取られました食材は、部下から上位の人事権者に対して非公式で差し出した賄賂に該当します」

 げ、頼むから野暮な法的解釈は遠慮してくれ、今は純粋に、すきっ腹を最高の食材で満たしたいだけなんだからさ……と、俺はたぶん、うらめしそうな目線をシドに送ったのだろう。シド女史はすぐさま柔軟に反応した。

「ですから皆さんの提供食材はワッパごと公王府パラティヌスの経費で落とさせてもらいます。はいこれ!」

 と、金ぴか表紙の手帖のようなものにサラサラと金額を書いて、そのページを破ると三人娘に渡した。公王府パラティヌス専用の小切手だろう。金額を見た三人は目を丸くする。

「えっ、こんなに……高すぎませんか!?」

 口々の疑問符に、シドはぴしゃりと答えた。

「口止め料込みです。只今の猊下とのお食事の件や会話内容は他言無用、よろしいですね。職場のみんなや家族にでも、枢鬼卿すうきけい猊下と一緒に即席スッポン拉麺ラーメンを食べたなどと、つまらない自慢話を喋ったら、職務上の守秘義務違反で……」

 シドが手刀をつくって自分の首をスッパリやる仕草をしたので、三人娘は神妙にうなずいた。取引成立である。公王府パラティヌスの秩序を維持するために、シドの裁量はやむをえないことであろう。

 まあしかし、守秘義務が厳格に成立するなら、このさいざっくばらんに会話してもヒミツを守ってくれるのだからいいだろう……と判断して、おかわりのスッポン拉麺ラーメンに舌鼓を打ちながら、気になることを尋ねてみた。

「にしても、魔法石の魔法瓶は便利だよねえ」とか。

 そこで知ったのは、この世界ムー・スルバには大小様ざまな魔法石マギメタルが市販されていて、日常生活に役立っていることだ。

 赤玉魔法石は熱を発する。青玉の魔法石は大気中の水分を凝集して水をつくる。二つを組み合わせれば、見ての通りポットにいつも湯が沸いているという仕組みだ。

 このほか、黄色の魔法石は電気エネルギーを蓄積しているので、それをバッテリーとして路面電車や電気自動車を動かし、照明をもたらしている。

 緑色の魔法石は表面に薬品を合成する作用があり、治療薬や作物の肥料として活用されている

 透明の魔法石は情報の蓄積と受発信が可能で、さきほどシェイラがネックレスに組み込んだ透明魔法石を用いてアロット中佐の手元の手鏡タイプの透明魔法石に画像送信したのがそれだ。使える機能も有効距離も限られるが、我輩の前世記憶ぜんせきおくに残る“すまほ”なる魔法道具に類する役割を果たすようだ。

 赤玉、青玉、黄玉の魔法石は産出量が多くて比較的安価だが、緑や透明の魔法石は希少で、お値段も高いとのこと。

 で、魔法石はどこで産出するのかというと、エリシウム公国最大の国土塊こくどかいである、ここエリス島の西半分に広がる“エリスフジ裾野高原”の地下に錯綜する超巨大迷路ダンジョンで、ギルドに所属する冒険者たちが採取しているという。

 赤玉、青玉、黄玉の魔法石は鉱脈を掘り当てれば大量取得が可能だ。

 しかし緑や透明、そのほかの希少レア魔法石マギメタルは地下を徘徊するモンスターの体内や、そいつらの卵に含まれている。だから採集が命がけの作業となり、お値段も高価だということだ。

 なるほど、我輩が過去に経験した異世界でも大同小異で、冒険者が秘境に挑んでは、様々な手段で魔法石を“採鉱”していたものだ。これは各種の異世界に共通の、あるあるの常識らしい。

 もっとも、魔法石は無限に使い続けられるものではなく、使えば使うほど魔法の効力が落ちてくる。いずれはただの無価値な石になってしまい、新しい魔法石に買い替えなくてはならない。

 そうか、いわば万能電池ってところか。生活の様々な場面を便利にしてくれるが、消耗品でもあるということだ。

 しかしここ数十年、エリシウム公国は不景気が続いており、庶民の生活は物価高が直撃している。魔法石の市販価格は高騰を続けており、貧しい人々は魔法石の使用を節約し、まだ効力が少しは残っている中古の魔法石を安く買ってしのいでいるらしい。

 中古魔法石が流通しているのは、新品の魔法石をいくらでも買える富裕層とか、公王府パラティヌスのように贅沢ざんまいの公共機関は、魔法能力が落ちた魔法石を使い切る前に捨ててしまうからだ。それを拾って集めて安値で売る転売業者がいるという。

 この世界ムー・スルバの経済は、魔法石で回っている。

 魔法石マギメタルを制する者こそ、国を制す……だな。

 そんなことを我輩は、丼に残ったスッポンスープをちびちびと味わいながら考えていた。

 考えながら、なんとはなしに、陶器の丼を竹製らしき割り箸で叩いていたことに気が付いた。

 残業三人娘が、興味津々といった顔で、僕の仕草に注目している。

「そういえば自己紹介をしてなかった。僕はワガ=ハイね、君たちの名前は?」

「ドレです」「ミファです」「ソラです」と答える三人娘。

「え? もしかして家族なの?」

「いえいえ他人です。仲はいいですけど」

「てっきり音楽一家の三姉妹だと思ってしまったよ」

 名前はたまたまの偶然で、音符との関係性は無いようだ。

 そこで気になって、聞いてみる。

「ねえ、巷では最近どんな歌が流行っているの? 流行歌って、この世界にはあるんだっけ?」


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