009●第二章②毒見の少女たち〈20240916再修正〉
009●第二章②毒見の少女たち〈20240916再修正〉
「一同、
「いらっしゃいませ御主人様! これより最後のお毒見をさせていただきます」
百八人の少女たちは一斉にお辞儀してマスクを取り、テーブルに備えられた銀製の箸や匙を使って、目の前の料理をひとつまみ分だけ口に入れる。
袖で口元を隠すことはせず、口をやや大きめに開けて舌の上に載せるので上品な食べ方とは言えないが、それは、食べ物を間違いなく体内に摂取したことを見せなくてはならないからだ。
少女たちはゆっくりと噛み締めて、
全員が髪をツインテールに分けて後頭部で二つのお団子にまとめたスタイルなので、子猫たちが好物に集まる様子にも似て、なんとも愛くるしい。
そして全員がほっとしてほほ笑む。マスクを口に戻し、報告する。
「大丈夫です、異常ございません」
行き届いたサービスだが、僕はゾッとした。
つまり、俺はすでに毒殺の危険にさらされる立場であり、食事のたびにこのように防衛策が講じられているということだ。
先代の
たぶん、そうだろうな。俺には大至急でポックリ逝ってもらいたいはず。そして毒殺を狙うなら初日の、本人が初めての食事にありつく今がチャンスだ。未経験で食べ慣れていない料理ばかりなので、舌は味覚の異常を検知しにくい。そのかわりに、安全の防波堤になってくれるのが……
たった今、自分の命を運命の天秤にかけた百八人の少女たちだ。
料理一種類につき一名だから、毒に当たったら、どの料理に仕込まれていたかすぐさま明らかになる仕組みだ。
我輩は尋ねた。
「毎回、毒見をしてもらっているのかね? こんなに多くの食事に対して」
「はい」とシェイラはうなずいた。「日々、三度もしくは四度のお食事ごとに実施して、ご安全を徹底しております。料理の種類、皿数、量ともに先代の
つまり、政界スケベフレンドの皆様との乱痴気晩餐会も想定した豪華な品揃えということか。
「うーむ」僕は眉間に皺を寄せて、考えるふりをした。考えるまでも無かったからだ。
「これは品数が多すぎるよ。一度の食事で必要なのは、そこの肉か魚のメインディッシュと、野菜やキノコのサラダ、穀物の主食、発酵食品か果物の小鉢、スープ、それで十分だ」
「は、はあ……」シェイラは我輩が指さした皿の数に、あっけにとられて忠告した。「しかし猊下、それでは使用人食堂の定食と似た品揃えになってしまいます。宮廷料理に
やや責めるような語調が含まれていた。料理の種類を百八種から五種類に減らしたら、厨房のエリート料理人がたぶん十人二十人と、クビになってしまうのだ。
「困ったな、それは……」と我輩は困ったふりをした。
「仕方ございません、善後策を考えます」とため息をついて、シェイラは折れた。それも補佐官の仕事だと、自分に言い聞かせるように。
「すまないけど頼むよ、それじゃ、残った料理はさ……みんなで食べようよ! 安全が確認できたのなら、皆さん遠慮なく食べてよろしい!」
僕は思いついて気前よく結論を出すと、椅子に掛けたまま両手を合わせて「いただきます!」と唱えた。まるで給食だな、と自分でおかしくなってしまう。
「いただきます、猊下!」
毒見の少女たちは喜びあふれて唱和し、飛びつくように銀の箸と匙をつかむと、料理に手を出す。“女体盛り”になっている美女三人は、自分のお腹の上の美食に自分でスプーンをつける。
我輩も腹ペコだったが、少女たちも猛烈に腹ペコだったはずだ。
のちにシェイラに聞いたが、正式な職名を“
ということで、皆さん元気な食べ盛りであって、旺盛な食欲を抑えきれずに一口目を味わおうとする、その刹那……
バシッ! と、神経に障る打撃音。
どこから出したのか長い鞭で、シェイラが床を叩いていた。
「おあずけっ!」と上ずった金切声に近い大音声で命じる。
いかにベテランの彼女でも
「馬鹿者たち!」と続けてシェイラは叱咤する。「猊下のお召し上がりが仕舞われてからにせよ! 食い意地の張った
「おおせのままに、補佐官さま!」
「はい、猊下、アーンです」
ありかよ! これがご奉仕か?
我輩はあわてて身を引いた。あきれてシェイラに問う。
「いつもこうなのか?」
「はい、そうですが」
「離乳食の赤ん坊だぞこりゃ」
「はい、でも先代の
最後のフレーズは冷たい
「美少女
「はい、お返しで彼女たちにたっぷり唾液でくるんだ金貨のチップを口渡しされていましたね。猊下もいかがでしょうか」
いらんわ、ドスケベ変態野郎どもめ!
我輩は内心で毒づいた。権力者の夜の御趣味というのは、何度転生しても拒否反応が残るケースがある。この国の為政者たちは、下半身も胃袋も腐りきっているんじゃないか?
「いや、俺の趣味じゃない。アーンは一切無しで、自分の手で食べる。五分で片づけるから、あとはみんなで食べなさい!」
と宣言して、右隣のスープに手を伸ばす。フカヒレかな? 透明だが馥郁とした香りの豊潤な液体を前にして
涙ぐんでいるように見えた。悲しい、というのではなく、感謝の方に近いような。
「あ、アーンはよし子ちゃんだよ」
超くだらんダジャレではぐらかした我輩が、スープ皿の横に置いてあった予備の銀製の
がしっ、と手首をつかまれていた。痛いほどの、その力。
一瞬のことだった。咄嗟に何かに気づき、即座に決意したかのように、その毒見少女は僕の手から
無言のまま、少女の目から涙があふれた。
えっ! と心臓が割れそうな思いの、僕。
続く一呼吸で少女の素朴な顔は激痛に歪み、喉の奥から恐ろしい声でヒューッとうめくと、テーブルの下にくずおれた。
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