想星鬼《ソウセイキ》 〜輝ける異能の眼/果てなき宇宙への旅〜
ウスバ・カゲロウ
予告編 星空を行く鬼/開幕から少し遠い未来の話
第X話 想星の鬼/ある宙賊団の最期
宙賊、と呼ばれる者たちがいる。
山に山賊が、海に海賊が巣食うように––––星間の
一定水準以上の文明が存在する宙域には、しばしば見られる宇宙略奪者だ。
海賊が船を、山賊が馬車を襲うように、宙賊は宇宙船を襲っては資源を奪う。
海賊や山賊との一番の違いは、積荷だけでなく宇宙船の燃料や炉心も
したがって、宙賊として生きる上で最も重要な適性の1つは、他者の命を絶つことに
その意味で天才といって良い男がここに1人。
「よし行け、次はアレだ。
「「「うおおおおぉぉっ!」」」
その男––––とある宙賊団の頭目には、宙賊としてそこそこ以上の成功者であるという自負があった。
生まれた星、生まれた国、生まれた街の生まれたゴミ溜めを捨て、持ち主を殺して奪い取った船で宇宙へ飛んだのはいつだったか。
以来、男はその
いつしか一財産築いた男の元には、ならず者たちが集まるようになった。……打算による行動だと知りながら、男はそれに快感を覚えた。
力の証明だ、と。俺は殺しと強奪の力で、人の上に立ったのだ––––
一匹狼から宙賊の頭目となった男は、物見
戦闘的な建物の中身は日に日に豪勢になり、不自由は1つずつ消えていった。……打算を超えた情で男に仕える構成員も増えていき、男は名を告げるだけで人々の顔色を変えるボスとなった。
何もかもが順調だった。
恐怖を撒き散らし、謀略の網を張り、暴力で
支配、支配だ。ゴミのように這いつくばっていた俺が星々を股にかけ、星間航路という星間航路に手を広げ、全てを俺のナワバリに呑み込み所有するのだ––––
何たる甘美! 何たる希望!
……そう思って、手を広げただけなのに。
『ボス、ボス! 助けてくれえ、ありゃあ俺たちの力を超えて––––ぎゃああああ!?』
ブツリ、と途切れた音声通信に、頭目の男は顔を
腑に落ちない。表情はさながら象形文字のように、その感情の形状をなぞっている。
「通信途絶だと? ……おいお前、こっちの機器に異常がないか確かめろ」
「へい! ……異常、ありやせん! 全通信機器、正常に稼働中!」
「つまり送信側が完全にブッ壊れやがったのか、あの耐久性があって……?」
違和感。僅かに首を捻る男の耳には、慌ただしい音声通信の声が聞こえ続けていた。
『あんにゃろう、兄弟をやりやがった! 死ねえええッ!』
『おい馬鹿! 落ち着け、闇雲に撃つな弾がもったいねぇ……効いてないだと!? 何だあの船は、亜光速ミサイルが、と、溶け……?!』
『どうなってんだ、プラズマ兵器もレーザー砲もまるで効かねえ! そんな船この世にあるわけが––––!』
『船の形が変わってやがるぞ! 嘘だろ、ありゃあ……巨大ロボットか!?』
『来るな、来るなああああああ!?』
––––ブツリ。また途絶だ。
大型端末にかじりつく手下の1人も、納得がいかないらしい。
「ど、どうなってんだボス……? 遠隔モニターの結果がおかしい! 味方以外の船の反応は1つしかねえのに、第3船団が
言われなくとも分かっている、大人しく指示を待てデクノボウ……いつもの男なら、そう怒声を浴びせただろう。
だが、とてもそんな気分にはなれなかった。
むしろ手下の発言への共感さえあった。
「宙の向こうで、何が起きてやがる?」
男は思わず視線を上方へ振った。そこには攻め込んでくる身の程知らずを迎え撃つ要塞の、堅固な天井だけがある。
宇宙どころか、空も見えない。
男は初めて、そのことに寒気がした。
『駄目だすまねえボス、突破されたッ!』
『ヤツは真っ直ぐそっちを目指してやがる、俺らの星へ行く気満々だ! 要塞側でも迎え撃ってくれ! 俺らも追跡をしてる所で––––いや待て、船から何か––––うぎゃああああ!!』
『クソ、クソ! 何だあの化け物!! 虫だかイカだかドラゴンだか分かんねえ見た目しやがって、シャレにならねえ戦力じゃねえかよ!』
『何だありゃあ、ダークマター構造生物ってヤツか?! 宇宙怪獣が手駒だってのかよ、そんなヤツいるわけが––––!?』
『畜生め、あの船を追いかけようとする奴らみんな、とっ捕まって……申し訳ねえ、船を追うのは無理だあ!!』
「おいお前ら冗談だろ! 冗談……冗談じゃねえ、近い! 反応がどんどん近づいて––––ここの、真上に––––」
「自動対宙システム起動! ミサイル発射!」
「レーザーはもう少し引きつけなきゃ当たらねえ……射程圏内に入り次第、すぐに撃てるよう構えろッ!」
……これまでも、いた。
攻め込んできた奴らはいた、と男は思い出す。
悪を許すな、と正義漢どもが。
報いを受けろ、と復讐鬼どもが。
貯め込みやがって、と他の宙賊どもが。
男たち宙賊団は、その
ただの集まりではない、組織化された宙賊船団で防衛線を築いて前線を維持。時には見せしめに、わざと招いた一団を要塞の対宙・対空システムの餌食にした。
ボロボロに死んでいく敵の姿を
そして、さらに堂々と宙賊旗を掲げたのだ。
俺たちは殺す側で、死ぬ側ではないと。
奪う側で、失う側ではないと。
支配する側で、
そうだ。支配だ。支配しなければ––––
思い出せ。誰の生命であれ、俺の思い通りにならなければならないのだと。
「––––アレを使え」
「アレを!? ……いや、了解! 緊急対空システムにエネルギーを回せ!!」
「そうか、あの地下砲台か! 流石ボスだ、判断が早いぜ!」
「アレで壊した奴からは奪えねえけど、確かにもうそんな場合じゃねえもんな……! ボスを本気にさせたのが悪いんだ、塵1つ残らず消えちまえッ!!」
エネルギー充填開始。
大地が割れる。要塞にほど近い、ダムのような人工湖––––その水底に隠されていた、巨大な地下構造体が開陳される。
地下から伸び上がるのは、巨大な砲身。
キロメートル単位で空に
それは必殺の兵器だった。
「擬似黒星砲、用意––––!」
点に等しい大きさまで自己圧壊した、かつての恒星の亡骸……それが質量でもって周囲の時空を引きずり、蟻地獄のような穴と化した特異点物体。
その破壊的な時空構造の部分のみを、ある程度だが再現する兵器。それが頭目の男が所有する、最大の切り札だった。
次元に干渉するテクノロジー自体は、今という時代において特別でもないが……その大半は速度やベクトルにほんの少し干渉する、移動用のものばかりだ。
コレは、世代が違う。
最先端のモノとでも言うべきだろうか。
「よっしゃあ、このまま進めれば間に合うぞ! ……おいお前ら、時空制御システムにエラーとかねえよな!?」
「おうよ、上手くいってるぜ!」
「俺らが整備したんだ、当然だろうが!」
「じきに擬似ブラックホールが完成する……後はぶっ放すだけだ、覚悟しろよハエ共め!」
弾倉内の時空を弄って泡状のカプセル構造を作り、それをバリアとして時空系を遮断。
その後に泡内側の時空を歪めて、破壊的に周囲を巻き込む爆弾・擬似ブラックホールを成形する。
さながら卵の中に怪物を閉じ込めたような「時空構造体弾」を射出すると、指定位置で泡が弾けて時空系が開き、擬似ブラックホールが露出。瞬間的に周囲を壊滅させる仕掛け––––
全長2キロメートル、口径300メートル。
とある星の科学者を拷問して設計図を手に入れた男は、不可避的に固定砲台となる巨大兵器を、拠点のすぐ近くに設置した。
最も強大な武器は可能な限り枕の傍に有るべき、という思想信条がそうさせたのだ。
最も、強大な武器。
いわく、その威力は……
「当てさえすれば、構造を無視してあらゆる物をぶち壊せる究極の破壊兵器……だったか。喜べ虫ケラ。その遺言に嘘が無いか、この俺が試してやる」
「ボス! 弾の形成、そろそろ終わるぜ!」
「––––引き金は俺が引く。ここにいる誰より外さん、この俺がな。……異存はあるか!」
「「「無い! ボスの道のままに!!」」」
いつも通りの斉唱を全身に浴びた男は、それをある種のルーティンのように利用して精神に揺るがぬ地盤を築く。
そうだ……ロボットが何だ、怪獣が何だ。
今頃は船団の守りを突き抜け、俺たちの目と鼻の先まで迫ったと調子に乗っているだろうが、舐めるな。
たかが船1つ、沈められないはずも無い……俺は力で頭目になった、宙賊の頂点だ!
「装填プロセス、完了––––」
「––––死ね!!」
砲撃のタイミングは完璧だった。
銃口の向いた角度は完璧だった。
要するにそれは、これ以上ない狙撃だった。
大地を
次元そのものを伝い、ある種の指向性波動のように突き進む非物質の弾丸は、刹那に凝縮して放たれたパルスレーザーにも似ていた。
物体ではない弾丸に空気抵抗の概念は無い。
破滅の卵は音速を超えて光速に迫り、進み、進み、突き進んで、設定した座標に至り、計算通りに進入者の眼前で今、その薄い薄い殻を破ろうと––––
––––潰れた。
「…………は?」
ぽかん、と。いっそ間抜けのように口を開くことしか、頭目の男にはできなかった。
完全に理解を超えた現象を、眼前に突きつけられたからだ。
潰れた。
必殺であるはずの擬似黒星弾が、一瞬で。
まるで見えない巨人の手に、握り潰されでもしたように……潰れて溶けて、すぅ、と消え去った……?
「––––て、敵船健在! 無傷だ!」
「嘘だろ、そんなことあるか?! ボスが直々に撃ったってのに!」
「……意味が分からねえ……狙いも撃ち方も、惚れ惚れするぐれえの正解だったぞ!? アレで当たってねえわけが……!!」
ざわざわと騒ぎつつ現実を拒否する手下たち。––––それを一喝することさえできず、硬直する男の身体。
冷たい汗が止まらない。……指の先から
「ぼ、ボス! 一体全体、何が––––」
「消えた」
「––––はい?」
「……弾が、消えた。消された……!!」
避けられたなら「大したヤツだ」で済む。
防がれた、も––––理解し
消された、とは……何だ?
銃弾を
銃弾を消す––––魔法––––?
「は、反応が近い! 近すぎる! お終いだ、もうすぐ、すぐそこに!!」
「あ……ああ! アレだ! アイツが!!」
響き渡る轟音。
地を鳴らす激震。
……連続するそれは、さながら足音……否。それは比喩ではなく、実像そのもの。
「あ、あ、ああ……歩いて来る……」
「金属の、巨人が……こっちに来る!!」
バキバキ、メリメリメリメリ!
凄まじい破壊音と共に、真上を蓋していた天井が……壁の一部
叩き起こされるように視線を跳ね上げた、頭目の男の目に映るのは……ウエハースか何かのように
それを掴むのは、巨大な
握り潰された屋根が砂の城のように崩れ落ち、その向こうに隠れていた機械巨人の頭と目が合う。
無表情ではあるが、人を模して
空高くから男を見下ろすその顔を見て––––見下ろす、顔を見て––––男の中の何かが、電気ショックでも浴びたように蘇生する。
それは記憶だった。
数え切れない顔に、数え切れない目に見下ろされ––––見下され––––踏みつけにされた、ゴミ溜めでの日々。力の栄光で塗り潰したはずの、消えない傷を、男は見た。
見てしまった。……否、見せられた。
眼前の敵さえ居なければ、こんな不愉快は……!
「ッ、ふざけやがって畜生が––––!」
常に携行している、手持ち用の拳銃型プラズマ兵器。
無意識に手を掛けた頭目の男はこの瞬間、早撃ちの人生ハイスコアを更新することとなった。
「––––俺は、王なんだあああああァッッ!!」
連続して放たれた高熱のプラズマ弾は、本能的に目潰しを狙っていた。
屋根のない要塞を覗き込む巨大な頭部、その眼球部分に直撃し、
ごくり。
その装甲面に呑まれて、巨体の奥へ消える。
しん、と。
この瞬間、確かに場から音が消えた。
「––––吸収、された––––?」
……気が遠くなる。
走馬灯のようなフラッシュバックを、男はああそうかと見つめた。
『どうなってんだ、プラズマ兵器もレーザー砲もまるで効かねえ!』
あれは「弾かれている」という意味ではなかったのだ。遠目にはハッキリ確認できなかったのか、焦燥から言葉足らずになったのか……だがまさか、吸収されているなどとは……
呆然とする男は、普段の狡猾な冷静さを完全に喪失していた。
だから手下たちが失禁する臭いにも、金属巨人の背面が開く
「ひ、ひい……!」
「夢だ、これは夢だそうに決まってる––––」
「ボス、ボス……? 嘘っすよね、俺たちのボスが勝てないわけが……」
『戦力差は理解したかしら?』
「だ、誰だッ!」
突如として声がした方へ、男は振り向きざまトリガーを引く。……震える指先で放った弾は、またしても致命にはならない。
踊るように滑らかで、しかし最低限の動き。銃撃を易々と躱した人影は、悠然と歩を進めてくる。
一目見たら二度と忘れないだろう、白銀色のヒトガタだ。
鋭利な輪郭、ヴンと無機質な青に光る4つ目、
数知れない機械を壊し、人体を解体してきた男は、直感的に相手の実像を理解する。
アンドロイドではない。あれは鎧だ。人族が機械の鎧を着ているのだ––––
『予想外だわ、まだ武力に固執するなんて。なら、物理的に選択肢を封じましょう』
白銀色の機械鎧は、そのまま流麗な足捌きで男との距離を詰めると、
一閃。
手にした長刀を振るい、男が手にしたプラズマ銃をプリンにナイフを通すように両断した。
「な、銃が……!」
『大人しくしなさい』
白銀色の左腕が伸び–––– 肘から手首までを覆う手甲状のパーツから、光の粒子が
小さな
『亜着装/簡易拘束』
パキパキパキパキ、と。
宙賊たちの手足へと凝集し、凍り付くように形を成して––––白銀色の拘束具へと姿を変える。あっという間に、その場にいる宙賊全員が四肢の可動域を失った。
「なッ!?」
「くそ、硬え! 全然動けねえ?!」
「外しやがれ、この……!」
『ええ、外すわ。最終的には、だけれどね』
拘束された宙賊たちの悪態を受け流しつつ、白銀色の長刀使いは大型端末の方へと向かう。
「何を、する気だ……?」
『少しだけ、失礼するわ』
鎧の肩部分のパーツが開き、奥から蛇のように鎌首をもたげたのはケーブル。
先端の端子部分は、うねうねと絶えず形を変えている。……
「まさか……!」
『解析完了。ポート自体に特殊性はないわね、それじゃ––––接続しましょうか』
にゅるりと伸びたケーブルの先端が、しっかりと端末に接続される。
何が行われているかなど、素人目にも明白だった。データを吸われている。端末に接続されたケーブルを通して、情報資源を丸ごと強奪されているのだ。
……ふざけるな、ふざけるな!
奪うだと、この俺たちから––––!?
『あら、認証外デバイスの物理接続は想定済みだったのね。内通者対策かしら? 逆に汚染するための
「ふざけやがって……ふざけやがって!!」
『ふむ。なるほど、大きな組織だけあって記録も明確ね。確実な連携のために取ってあるとは思っていたけれど……活動も奪ったものも、事細かく残っていてよかったわ。ある程度は返還の
「返還だと––––データ以外に現物も持ち去るつもりか、お前らは!?」
『ええ。先に奪ったのはあなたたちだし、その分は応報でしょう? 奪還と言った方が実情に近いかもしれないけれど』
「認めるか……認めるものか……!」
『……まあ、そうでしょうね。私に向かって銃を抜いた時点で、その手の反応は想定していました。––––やっぱり、最終的には彼の案通りに進めることになるのね。エゴを読むのは私よりずっと上手いわ、後でコツを訊こうかしら』
「何を言っている!」
『もしもし、聞こえるかしら? ええ、そうよ。君の言った通りだった、まだ話ができる段階じゃないわ。……うん、ありがとう。手始めに念力を見せてあげて。壁と天井は彼女が削ってくれたから、ここから十分見えるわ』
「念力、だと––––?」
突然飛び出したファンタジックな単語に、頭目の男は困惑した。
電磁気技術、プラズマ工学、量子制御、次元干渉テクノロジー。……人が扱う科学技術は多岐に渡る。
今を生きる人族が先史時代の
それ故、異なる星・異なる文明にて極端に研ぎあげられた科学技術に直面した時––––それを魔法や超能力と見紛う瞬間は、ある。
だが、宙賊の長として星々を襲う中でその手の錯覚に慣れていた男には、だからこその持論があった。
常識を超えた科学は、いくらでもある。
だが、摂理を超えた異能は存在しない。
「馬鹿なことをほざく……この世に念力など存在するものか!」
例えば宇宙怪獣––––ダークマター構造生物。
あれらは火や雷を吐き、空気力学に依存せず飛行するなど常識を超えた力を持つ。だがそれは、人に観測できない未知の粒子同士が反応を起こした結果にすぎない。
化学や既知の素粒子物理で説明できないだけで、そういう摂理に縛られているのだ。
例えば眼前に
これこそ魔法のようだが、高度な物質文明を突き詰めた星では、ゴミを瞬く間に金塊へと変えるようなエネルギー体の変換が日常化しているとの噂もある。
装甲部分に仕込んだ変換装置で、迫るエネルギーを加工し回収……それだけの仕掛けかもしれない。擬似ブラックホールは防げないからこそ、何らかの手段で弾を消したのだ。
例えば白銀色の機械鎧––––とても機械とそのエネルギー源を仕込んでいるとは思えない、シャープで華奢なパワードスーツ。
……高度になるほど機械の小型化が進むことに、今更どんな疑問がある? 左腕から放ったあの粒子も、誘導可能なナノマシンか何かではないのか。拘束はもっと分かりやすい––––3Dプリントの派生技術だ。
「そうだ……俺は知っている。力とは科学! 不可視の毒ガスも、指一本で街を消せるミサイルも……材質を無視して貫通するプラズマ兵器も、万物を滅ぼすブラックホールも! 全て説明がつく力で! 全て再現可能な力で! だから誰でも扱える! だから奪って我が物にできるんだろうがよォ!!」
ここまで散々見せられ、突き付けられてきたモノは、確かに全て非常識なまでの力だった。
だが、それら全ては常識を超えこそすれ、明らかに摂理を超越した異能ではなかった。あくまで科学の
しかし「念力」は––––異能の力そのものは、違う。非常識などというレベルではない。それは摂理を解さない馬鹿の観念、ただの不可能。
ただの不可能を言語化することに、いかなる意味があり得ると言うのか?
『––––本当にそう思うなら、』
男の怒号に対し、返答は静かなものだった。
静かで、涼やかで、落ち着いて……何より、声を荒げる必要性を殺すほどの、堂々たる自信に満ち溢れていて。
男にとっては、それが何より
『あなたは、アレをどう説明するかしら?』
「何を……!」
白銀色の指が、つい、と指した先。
巨大ロボットに壁面をむしり取られ、ぽっかりと外へ開けたその向こう。
四肢を白銀に固められた男は、唯一動く首を振って外を見やりながら––––この方角は擬似黒星砲の設置場所がある方だったと思い出し––––
故に、絶句する。
「…………な、あ、」
浮いていた。
全長2キロメートルの砲身が、丸ごと。
間違いない。あれは擬似黒星砲だ––––男が最終手段として、枕を高くする根拠としていた力そのものが、まるで軽々しい風船か何かのように、ふわふわと––––
「……あり得ない……」
何の仕掛けだ? 磁力か、それとも重力兵器か? 視界に映る景色に納得を求め、両目の焦点を振り回した男は、
「待て。アレは誰だ? どこから––––」
ふと、浮かぶ巨砲をその至近から見上げる人影に気付く。
灰色の髪。筋肉質ではあるが
『どうやら、流石に気付いたようね。なら条件はクリアよ。……ええ。いいタイミングだと思うわ。君の提案通りに、思いっ切りやって』
「何を言って、」
瞬間、灰髪の頭が軽く頷いた。
とん、と地を蹴ったその身体は、
キロメートルの距離を一瞬で飛び上がり、
「––––は––––!?」
握った拳を振りかぶる勢いで、
手の軌跡が熱プラズマの筋として光り、
「待て、……待て!!」
不自然に空中に留まりながら、
振りかぶったその拳を、
音を周回遅れに振り抜き叩き込めば––––
灼光。
隕石でも落ちたような爆音と、熱波。
拳が激突した巨砲は、砕けなかった。
砕けることが可能なほど、原型を留めてはいなかったからだ。
度を超えて莫大なエネルギーを、瞬間的に叩き込まれたのだろう。巨砲は一瞬にして高密度プラズマ粒子の塊となり……次の瞬間には炸裂する。
結果的に、拳を受けた砲身は砕け散ることさえ許されないまま、光の爆発と化したのだ。
「ぐああああああッッ!」
室内に吹き込む爆風の勢いで吹き飛ばされ、要塞の内壁に叩き付けられながら、肌の表面を
だが、男が身をよじり涙を流すのは、肉体的な苦痛のためではなかった。
痛みなどより何倍も大きな、理解不能の恐怖がそれを強いたのだ。
何だ––––アレは何だ!
あんなモノがこの世に存在していいのか!?
明らかな生身。明らかな拳。
放たれたのは、パンチ1発。
それだけの現象が、まるで災害だ。
そんな大破壊の創造者が––––当然のように飛行したまま––––灰の髪を揺らしてゆっくりと振り向いた。……男と、目が合う。
「ひっ––––!」
明らかな異形が、そこにいた。
代わりとばかりに輝くのは……夜空に浮かぶ星のように冷たく燃える、青白い光の塊。無機質に、しかし生命的に、呼吸のように鼓動のように瞬く、星輝の左眼。
直感が男を貫いた。
アレだ。アレこそが、理解不能な出力の核。奴はあの左眼から何かを引き出して、物理現象に影響を及ぼしているのだ。
だが分からない––––何だ? 何だ!?
何だあの光は––––!!
底冷えしそうに静かな光。
燃え盛るように激しいのに、眩しさは無い。
凍り付いた芯があるのに、目に慣れも無い。
不自然だ。
不自然だ!
不自然だ!!
アレは、物理的な光子エネルギーではない。
アレは、生き物の眼ではない!
アレは––––あの
「ば、ば、バケモノ……!!」
男が思わず漏らしたその一言に、
「ああ、よく言われるよ」
目と鼻の先から、青年の声で返答があった。
明らかに次元とベクトルの制約を無視した、過程の存在しない瞬間移動––––紛うことなき空間転移・
途端、不可視の力が宙賊たちを襲った。
「何だこりゃあ……どうなってやがる!?」
「身体が、身体が……くそ、足が着かねえ!」
「離せ、離せよ! 離してくれえええ!」
––––ああ、なるほど。それはそうか。
あれだけ巨大な砲身を、軽く百メートル単位を超えて浮かせるなら……人体を
男は、とうに悟っていた。
襲い来た敵の実態が、圧倒的な理不尽そのものであったことを。……もはや逆転どころか、抵抗の目さえありはしないのだ。
力無く空中に
もはや男には、己の不幸を呪うことしかできない。ああ、こんな怪物がどうして––––
「––––どうして、俺たちを標的に––––」
「納得がいかないか?」
うわごとのような発音に、左眼に星を宿す怪物が問い返す。……人によく似た、青年の声。
「まあ、実を言うと統一された理由なんてモノは無いよ。俺たちにはそれぞれお前たちを襲う理由があるけど、内容は1人1人違うからな。例えば––––」
星輝の異能者は、白銀色の鎧に目線を投げ、
「そこの、えー……機械の鎧を着てるひと、って言えば分かるか? そのひとの理由は『命とその尊厳を組織的に奪い続けてきた集団を見過ごせないから』……で合ってる、よな?」
『完璧よ。流石ね』
カマキリのような逆三角の機械仮面が頷く。
メタリックな
「良かった。で、そっちのデカいロボットを操縦してるひとの理由は、確か……『複数の星々に所蔵されていた文化財を破壊したという情報を得た。いつか一目見たかったのに許せない、万死に値する』……だっけ?」
彫像のような頭が頷き、鈍色の巨腕がサムズアップする。
同時に巨大ロボットの体表を覆う装甲がガシャガシャと開き、ジャキジャキジャキ! と飛び出した大量の銃口が宙賊たちの急所を狙った。
「合ってたみたいだ。……撃つなよ? まだ話の途中だからな。––––で、今ちょうど大気圏に突入してこっちへ来ようとしてる
『そうね。あの子らしい意見だったわ』
白銀と彫像頭が首肯すると、灰髪の超能力者はよし、と満足げに胸を張って、1歩前へと進み出た。
そのまま胸に片手を当て、言葉を続ける。
「最後に、この俺だが……そうだな、どこから言うのがいいか……うん、じゃあ折角だし根本的なことから話そう。––––俺はさ、星空が好きなんだ。小さい頃からずっとな」
どこか遠くへ思いを馳せるような発声。
灰髪の青年は、両の
––––左眼が閉じられると、青白い輝きはすっかり見えなくなる。
瞼の隙間からも、一切漏れ出ていない……その様が、光学的現象とは理を共有していないという証明のようで……頭目の男には、それがひどく
「星の光ってさ、点灯されてるものじゃないだろ? むしろ誰が灯さなくても勝手に、それぞれの星自身で輝くんだ。どんな概念にも認識にも色付けられずに、塗り潰されずに––––在るように在る非設計の光として。……俺はそれを、何より綺麗なものだと思ってる」
……何の話だ? 男の恐怖に困惑が混じる。
聞けば眼前の怪物は、本当に星の輝きを愛してやまないらしい。––––だが何故そんな説明を? 恒星に手を出した憶えなどありはしないが––––
「恒星だけじゃないぜ。惑星にだって輝きはある––––遠目には見づらいけどな。風の音色、地の混ざり、天気の肌触りに生態系の味わい。人が住む星なら、それぞれの文化や個々人の意志とか夢もだな。あらゆる活力がその星ならではで、かけがえのない色彩だ––––だから、」
発声の仕方が、明確に変わった。
眼を開いたソレの声色が一気に赤黒くなる。
「それを邪魔するお前たちは、俺の敵だと思ったのさ」
簡潔に、明瞭に。
マグマのように煮えたぎる発音があった。
「……略奪・損壊・密猟・封鎖……犯罪
震えが、止まらない。
背骨を氷柱と取り換えられたのではないか。そんな
限界だ。
現実を現実として認識することを、この頭は半ば放棄しかけている––––
「そんなの、どこの法が許してたって––––他でもない俺が殴らないわけにはいかないじゃないか。俺が見たい景色を邪魔したんだから」
––––邪魔だから。
余りにもシンプルで、これ以上なく明確。
「これでお前の『どうして』には答えたぜ。納得できたか? できなかったか? ……まあ、どっちでもいいけどさ。どの道、する事は変わらないし」
……ああ、ああ。納得できるとも。
俺もつい昨日そうやって何人か殺したのだ。
だから、これから自分が––––自分も、殺されるのだということが、誰よりリアリティを伴って理解できる気がするのだ……
男は、両目を閉ざして
血色の抜け落ちたその顔は、断頭を待つ囚人と同じ形をしていた。
「––––さて、それじゃあ俺からもお前に質問だ。1度だけ訊いておくぞ」
左眼に星の光を宿すバケモノは告げる。
怒号には程遠い……冷静な怒声の響きが、かえって禍々しい。
その額から鋭く突き出た光の一角が、声に乗らない感情を代弁するように強く輝いた。
「
*
これは、善が悪を打倒する物語ではない。
これは、祈りが不信を討つ物語ではない。
これは、献身が利己を制する物語ではない。
これは、理性が獣性を裁く物語ではない。
これは、鬼の物語。
満天の可能性を求める意志が、
空を閉ざさんとする力を滅ぼし、
新たな夜空へ軌跡を繋ぐ、
果てとその先へと続く物語––––
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
ここまでお読みいただいたことに感謝を。
そしてそれ以前に……当作品を見付けていただき、本当にありがとうございます!
この第X話は、本編の公開に先駆けたコマーシャル・番宣みたいなものです。
時系列的には、主人公パーティが全員
「第1話の前に、作品のウリを押し出した短編的なものを出しておいた方が良いかな?」という思い付きの産物ですね。
無事に当作品のウリである、
・なんか宇宙的な雰囲気
・未来科学っぽい感じのガジェットとか理屈
・明らかに考証より面白さ優先でぶち込まれたガバガバSFオブジェクト
・つよそうな描写
・悲しい過去がある(であろう)敵にも容赦ナシ
・善悪の戦いというより
・敵にSANチェックを強いるタイプの主人公
などを表現できたと思いますので、最低限の要件は満たせたのかなぁと投稿しました。
面白かった所・魅力を感じた点などがございましたら、コメントをいただけると幸いです。自覚ができて内容を固めるまでが早まり、執筆スピードが向上するかもしれません。
お手数ですが、よろしくお願いいたします。
さて、本編は鋭意執筆中です。
予告編こと当エピソードと同様、本編も毎話毎話が長めな上、油断していると前後エピソードとの因果関係が崩壊を始めます。
……実際にお話を書くって、難しい。
クオリティを上げる––––と言うより最低限に届かせる––––ため、章ごとの一括投稿を予定しておりますが、その都合上とんでもない不定期更新となることが予想されます。
本編が気になる方は、作品をフォローして更新をお見逃しなく!
初めての挑戦ですが、日々のたうち回りつつ1歩1歩進めておりますので、楽しみにお待ちいただけると嬉しく思います。
面白く仕上がるよう頑張ります!
想星鬼《ソウセイキ》 〜輝ける異能の眼/果てなき宇宙への旅〜 ウスバ・カゲロウ @0-1-0
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