プロローグ そして伝説へ…




 二人の剣は、魔王の首を斬り落とした。


 瞬間、ガクの脳内に流れ出すこれまでの旅路の記憶、その全てが鮮明に思い出された。


「打倒魔王を掲げて今までやってきたんだ、誰一人欠ける事無く……俺達の旅はようやく終わった───はずだった」


 倒れそうになったシンシアをガクが慌てて受け止め、ゆっくり地面に降ろす。


「事件が…起きた」


 その場に現れたもう一つの影、それはガクの隣で寝ていた裸のお姉さんだった。そしてガクを見つけるや否や、彼女はその胸に飛び込んできた。


『ここにいたのか我が夫! どこに行ったのかと思ったぞ、吾輩の前から勝手にいなくなるでない。もう昨日の結婚の約束を忘れたのか? ん…ほう父上を屠ったのか、流石はガクだ! 昨日ベッドの上では敵なしだと言っていたが地上でも敵なしなのだな! 父上が倒された今次の魔王は吾輩という事になるのだが…ガクにその称号を譲ってやらんことも無いぞ?』


 爆弾発言を投下しながらガクの胸に頬を擦らせる彼女。


「結論から言うと、完全に忘れてた、つーかもともと死のうと思ってたことも忘れてた、何なら魔王倒しちまったら何が起きるのかも頭から抜けてた」


 七人の婚約者と交わした約束は全て、魔王を倒したらという条件の付いたものだった。


 つまり魔王を倒した今、ガクは七人に次世代の魔王を足して八人と結婚し、ハーレム隠居生活を送ることに……なるはずがなかった。


 突然の出来事に思考停止していたガクがふと顔を前へ向けると、能力が発動し頭の中に一つの感情が流れ出す。



それはたった一文字、《怒》だった。



『ガク…今の話、詳しく聞かせてもらおうかしら』


 倒れていたはずの勇者シンシアがいつの間にか剣を構えている。


『あ…いや…ち、違うんだシンシア…これにはマリアナ海溝より深い訳が……』


 ガクは咄嗟に千通りの言い訳を考えるが能力で無駄だと分かった。



『言い訳は我が重力魔法を食らってからなら聞こうじゃないか』


 魔術師マヤは口元の血を拭い、杖をガクに向ける。


『マ…マヤの重力魔法は凄かったな~、あれのおかげで魔王に勝てたと言っても過言じゃないなうん!』


 ガクのおだては効かなかった。



『解呪の方法を知っているという事は、かけ方も知っているという事ですよ、ガク』


 魔力切れで立てないはずの賢者メリアが手に魔力を溜め始めた。


『そ、そうだメリア! またクイズ大会でもやろうじゃないか、俺ならまだまだ知らない事たくさん教えてやれるぞ』


 ガクの甘言も効かなかった。



『ガクは何度も私たちを守ってくれた…今度は私が護る番だよね?』


 奴隷ルーミアは自分も含め四人に強化魔法をかける。


『ル…ルーミアさ~ん言っている事とやってる事が真逆ですよ~』


 ガクにツッコミの才能はなかった。



四人の婚約者は互いに顔を見合わせ全ての事情を察した。


『『『『ガクとの婚約を破棄する!!』』』』


そしてもう一人も…



『我が夫…この者らは、妾か!? ゆ、許さん許さん! この浮気者

が!! 婚約破棄だ痴れ者!!』


 魔王はガクを突き飛ばし、身体中に魔力を巡らせる。


『え~っと、聞きそびれちゃった名前聞いてもいいかな…?』


 ガクは最悪の選択をした。



『吾輩の名前はゼシアだアアアアァァァァ!!!!!!』


 ゼシアは一瞬にして巨大な火の玉を生み出すとガクに向かって放った。


 事前にそれを察知したガクはそばに転がっていたベロニカの作った魔法を封じ込める道具を手に取りボタンを押す。


 封じ込められていたのは前魔王の放った同じ火の魔法。


 互いにぶつかり合い、当たれば即死の魔法が相殺される。


 煙が晴れるとそこには、出力が強すぎて壊れてしまった道具が落ちているのみだった。




「…という訳だ、まぁかいつまんでいうとこんな感じだな」


「成程ね、今までの浮気が全部バレて逃げて来たって訳か、島からはどうやって脱出したの?」


 魔王城は海に浮かぶ火山の中に存在している。


 とてもじゃないがガク一人で海を渡れるとは思えない。


「ああ、簡単だよ、乗って来た船に乗って帰った、乗る前に救助用の小舟を船から出して隠せば俺がそれに乗ったって思いこむだろ、後は物置部屋の樽の中にずっと潜んでたらそのうち陸に着くって訳だ」


 排せつや吐き気、食事などは隠れながら全てこなした。


「港に着いてからは逃亡生活の始まりだ、もう半年になるか…俺は人生をやりなおす事を決めたんだ、これからは慎ましくのんびり暮らそうってな、田舎でのスローライフが俺を待ってるはずだ、実家に帰るのもいい」


 ちなみにあの場にいなかった聖女のセーラと悪役令嬢フィオナ、錬金術師ベロニカにもガクの浮気は伝わっている。


 シンシアらが今まで旅してきた国や町でガクを血眼になって探し、懸賞金をかけていることをガクは知らない。


「なぁママ、俺頑張ってたよな? 国救ったり魔王倒したり……ちょっとくらい贅沢しても許されるよな?」


「そう思うなら同じこと元婚約者達に言ってきたら?」


「……」


 黙りこくるガクにママのカレンは助言する。


「まあ、まずは謝った方がいいと思うよ、さっきの話聞く限り謝ってないでしょ、悪いことしたらごめんなさいだよ」



 ガクは忘れていた。


 確かに彼女たちに謝っていない。


 事実が露見した時に考えていたことは言い訳や話を逸らす事ばかり。


「……そうか、俺は…」


 許してもらうことを考えていたのに、肝心の謝罪をしていなかった。


「はは、なんで忘れてたんだろうな、そんな単純なこと…一番初めにやらなきゃいけない事だってのに」



 ガクは席を立ち上がった。


「ママ、勘定頼む、やることが出来た、ありがとう」


「禁酒、してるんでしょ? 反省は出来てる証拠だね」


 ガクはこのバーに来てからミルクしか頼んでいなかった。


「…伝わればいいけどな」


「伝わるよ」


 荷物を肩にかけると、その顔は初めの疲れ切った顔ではなく、晴れやかなものになっていた。


「じゃあミルク8杯で金貨108枚だ」


「高過ぎだろ!!! え、今超いい話で終わりそうになったよな!? なんならお代は要らないよ位言われると思ったんだが! ここぼったくりバーかよ!」


「冗談冗談、銀貨40枚でいいよ」


「はぁ、驚かせるなよ、ほらこれでいいだろ、釣りは要らないぜ」


「足りないよ」




◇◇◇




「じゃあなママ、やりなおしに行くわ…俺達の関係を」


「二度とそのツラみせるなよ~」


「おう、また来てやるよ」




 随分期間が空いちまったが…まずは謝って、それで殴られて…それから色々考えよう。


 物事にもう遅い、なんてことはないのだから。




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異世界チート転生のんびり最強やりなおしスローライフ〜ギルドを追放されたSランクのおっさんはハズレスキルで無双し勇者と魔王と賢者と聖女と奴隷と魔術師と錬金術師と悪役令嬢に婚約破棄される〜 しらべ @fumiduki-rui

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