魔剣士聖女の学園生活 〜嵐で遭難した聖女は魔剣士になりました。教団の人たちが探しているようですが、聖女は記憶喪失です~
いそた あおい
第1章:嵐の海で
1-1|嵐の海で
何もかもをなぎ倒してしまうような風がごうごうと吹き荒れている。荒れ狂う白波はまるですべてをのみ込もうとしているようだ。一瞬で昼になったかのような瞬光と水面を突き破らんほどの轟音をもたらして、雷撃が落ちる。
その嵐の中、海上には帆船が一隻。船の上では白いローブを着た男たちが自然の脅威を目の前にして右往左往している。白いローブの後ろには太陽を模したマークが描かれている。
ある一人の男が叫ぶ。
「帆が折れないように、全て畳め!砲門はすべて閉じよ!」
「了解しました!」
別のところからは激変した天候に悪態をつく声が聞こえる。
「クソッ!さっきまで快晴だったのに、なんでこんなに海が荒れ狂ってるんだよッ!!」
男どもが嵐をしのぐために甲板を右へ左へ動き回っている。
船内にはある少女が一人、自然の脅威に身を震わせ、目には涙を浮かべてうずくまっている。
「どうしてこんなことに…?」
亜麻色の腰まで伸びた髪を降り止まない雷光が照らし出す。
「お父さん、お母さん…」
少女は両親に助けを求めるが、両親はこの船には乗っていない。少女が思い出そうとする両親の顔もどこかおぼろげだ。あんなに慕っていたのに、どうしてだろう?
少女はさらわれてきたのだ。少女が暮らしていた大陸から離れた辺境の島に教団の船はやってきた。そして、その島の中で最も魔力量が多かったこの少女を「聖女」として連れ去った。
教団の名は太陽教団。太陽は東から昇る。陽が昇る所に最も近い場所にいる少女が「聖女」として選ばれる。太陽教団の総本山があるエールマーレ大陸の東には人が暮らしている島が点在しており、そこの島々から最も魔力量が高い少女を「聖女」として総本山に連れ去るのだ。
聖女として選ばれた少女は、総本山で回復魔法を教えられ、教団に礼拝に来る信徒に回復魔法をかけるという仕事を死ぬまで行うことになる。聖女である限り教団の施設から出ることは許されず、少女の故郷に帰ることはできない。
聖女たちへの唯一の救いとしては、故郷で生まれ育った記憶をすべて無くしてしまうことだろうか。教団に連れてこられた聖女たちは教団の秘術で故郷や家族の記憶を消されてしまうのだ。
嵐にあった教団の船は右へ左へ大きく揺れている。風に巻き上げられた波が船体を打つ。
「何だ、あの波は…!!」
甲板で作業していた男が驚愕で膝から崩れ落ちる。目の前には高さ10メートルほどの波が迫っていた。こうなればもう、逃げることはできない。
甲板にいる一人の中年の男が部下だと思われる別の若い男に指示を出す。
「これではもう助からない!聖女様に忘魔の秘術を掛けよ!!一刻の猶予もない!」
「はっ!了解いたしました!」
中年の男が両手を組んで空へ祈る。
「太陽神よ、どうか聖女様に救いを…!」
その直後、船に大波が激突した。中年の男は海に放り出された。
秘術を掛けるよう命令を受けた若い男が船の中に入るのと、大波が船にぶつかるのはほとんど同時だった。
「ぐわぁぁっっ!?」
船が大きく左に傾く。若い男は船体の傾きに耐えるように足を踏ん張りながら、首を左右に振って聖女を探す。聖女は傾きに耐え切れずに船体の左側に滑っていき、背中から強く壁に激突した。若い男はそれを認めると、聖女の方へ駆け寄っていく。
「聖女様、ご無事ですか!?」
「聖…女…?」
若い男は右手を少女の前にかざし、魔法を掛けながら少女の無事を確かめる。右手の白い光が収まった後、若い男は少女の腕を引っ張り、船を出ようとする。
「中にいては船と一緒に沈んでしまいます。船の外に逃げればまだ生きることができるかもしれません!」
「う……ぁ…」
声にならない声を出しながら少女は若い男に連れられて甲板に出る。
若い男は聖女の手を引っ張り、甲板を歩きながら心の中で祈る。嵐よ止まってくれ、と。
その祈りは成就することはなかった。
若い男が海に目をやると、再び10メートルほどの大波が船に迫ってきていた。
「ここでおしまいなのか…!?」
大波が船体を打つ。すると、運の悪いことに同時に雷も船のマストめがけて降ってきた。バリバリィッという天からの裁きかと見まごう程の雷撃が船を打つ。
大波が船体を右側へ押しやり、雷撃がマストを伝うように船体に到達し、船を前後真っ二つに割ってしまった。もはやこれまで。船に乗っていた教団教徒は皆甲板の上での作業を止め、聖女が助かることだけを願って空に向かって手を組んで祈りを捧げ始めた。
若い男に連れられていた少女は、膝から崩れ落ち、甲板に倒れ伏した。船内で壁に打ち付けられた時に受けたダメージで、気絶してしまったのだ。
少女はかすかに聞こえる若い男の声を聞き流しながら、暗い海に沈んでいった。
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