四章「小町藤」

4-1「ジュスティーヌ」

 綺麗に整頓された部屋に、丁寧に畳まれた今日の衣服。

部屋を出た廊下にもゴミなど一つとしてなく、その磨き上げられた掃除の成果が伺える。

朝ご飯も寝起きの量として重すぎず軽すぎず。

しかもちゃんと栄養バランスに気を配られた朝食は味も相成って食欲を刺激する。

食べ終わると約3分間歯を磨く。

万遍無く一歯ごとを丁寧に磨き、綺麗な白い歯はここで保たれるのだ。

ここまで来たら後は家を出るだけ。

前日の夜に整理した荷物を軽く確認して靴に足を通す。

そこまで種類はないので時間は掛けずパッと玄関のドアに手をかける。

そしていつもの挨拶も忘れない。

「いってきます!」

 カイは丁寧に、且つ元気を込めて挨拶と共に家を出た。


 呼び出しとはなんの用だろうか。

ルークはそこそこ長い廊下を歩きながら考えた。

といってもある程度の予想は立てられる。

今自分達にとって最も印象深い出来事は一週間程前の魔女との戦闘任務。

班部隊が負う任務としてはあまりの高難度であった。

任務後はほぼ全員が怪我をしていたので一応精密検査をするためにストロベリー班、クローバー班の両班は一週間の休みを貰っていた。

そもそもあの日も本来はただ魔女の使い魔を倒すだけのもう少し気の楽な任務だった。

特に何事も起きなければ仲間と行動を共にできていた筈。

考えれば考える程イレギュラーな要素の多い初戦闘任務だった。

ラパに聞いたらきっと暫くはぶつぶつと文句を垂れるだろう。

ルークは一人そう考えて呟くように笑った。

「何笑ってんだ?」

もう聞き慣れた少し低い少年の声は不思議そうな声色で首を傾げる。

「いや、ちょっと考え事だよナイト」

ナイト・スノードロップ。ルークの相棒であり親友と呼べる存在。

付き合いこそはまだ短いが、それでも互いを信用し信頼し合っていて、ルークの秘密を共有する数少ない人間でもある。

生死を賭けているこの世界では実に貴重な存在だ。

 ナイトは怪訝そうな顔でルークの顔を眺める。

多分一人で考えて事をして一人で笑うなんてあり得ないんだろう。

なんだか突然恥ずかしくなってしまった。

ルークが一瞬照れたように視線を逸らすと今度は別の、飄々とした軽い声が耳に入る。

「顔エエ人は一人で笑ってても絵になってまうから羨ましい事この上ないでホンマに。」

ナイトを挟んだ向こう側からため息をつきながら方言を喋る軽そうな少年、ラパは首を横に振る。

「………なんか嫌味臭くないか?」

ラパペッサ・ピオニー。ルークの集めた魔女狩りの班部隊、ストロベリー班の一員。

一見軽そうな印象の少年だが実際本当に軽い。

しかしそのよく回る口調は班を明るく盛り上げてくれる。

ルークの大切な仲間の一人だ。

 「残念ながらホンマに羨ましがってるんやで俺は」

自分に実に正直にラパは頷く。

「おはよう…!ルー!」

明るく元気は感じる。しかしどこか恥ずかしげに挨拶をする声がルークの横に並ぶ。

「うん。おはようコニー」

コンジュアラー・ブルーベリー。彼もストロベリー班の仲間だ。

決して高くない身長と可愛らしい見た目からどこか女の子のようにすら見えてしまう印象の少年。

本人の恥ずかしがり屋な性格と高い声でより少女に近づいているとも思う。

実に心根の優しい性格をしており、例え転んだだけでも本気で心配するような少年だ。

しかし少々天然で純粋なところがあり、時折その天然水発言で班員に自問自答のチャンスをくれたりもする。

因みに実はルークとコニーのキャピキャピした会話をラパは癒やしだと思っている。

 「みんな。おはよう。今日は割と天気いいな!」

挨拶と同時に天気の話というテンプレ会話をあたり前に行う少年。

至極当然のように右手をぴしりと立たせるがこのムーブも挨拶らしい挨拶で、なんかそういうからくり人形みたいだと前にラパが言っていた。

彼の名はカイゼリン・ブルーエルフィン。

ストロベリー班最後の一人だ。

優しく生真面目な性格でリーダー気質がある。

知識も豊富であり勉学に弱いナイトやラパを頭脳面でサポートしたりもする。

「おはようカイ。今朝も走ってから来たの?」

「ああ。強くなるには毎日の積み重ねだ。」

ルークの質問にカイは笑顔で答えた。

しかしラパは苦虫を噛み潰したように目を細める。

「毎日走るとか意味わからんわ……ドMやなカイは……」

面倒くさがりのラパにとって毎日の日課のランニングなどあり得ない事だ。

何故なら時間がかかり過ぎる。

そんな事に時間を使うのは効率が宜しく無いと思うのだ。

まぁ単純に、面倒というのもあるが………。

二人の視線は交わっているのに考えは全く理解し合えないまま目を合わせた。

ルークは木々のざわめきのような物静かさで笑う。

「ふふ……」

ルークが笑うとコニーも少し微笑む。

「ふふふ……何で笑ってるの?」

二人が笑い合うのを見るとナイト達三人もまるで我が子のじゃれ合いでも見るように笑ってしまう。

この笑顔を生み出しているのはやはりルークの人柄ではないかとナイトは思った。

ルーク・ストロベリー。本名、ルーシィ・ストロベリー。

魔力を持って産まれる女性、通称【魔女】を狩るこの国で産まれた魔女の少女。

素性を隠して魔女狩りに入隊し、魔女とこの国の確執の真実を追う強い心の持ち主だ。

ふとした事でナイトはルーシィ…ルークの秘密を知り、今は二人で真実を追っている。

しかし生来の心優しく人を想う精神が人を引き寄せ、秘密は知らずともラパ、カイ、コニーの三人には慕われている。

 そんな四人は実は魔女狩りの班部隊では珍しい15歳のみで構成される部隊なのだ。

魔女狩りは15歳から入隊できる。

しかし例年は定数を50人で縛っており、殆どの者が数年掛けて入隊する。

しかし今年は入隊試験を担当していた魔女狩り史上最強の男、ヴェゼール・ダンデライオンの意図により「生き残った者が合格」という特殊な試験を行った。

そういった背景もあったはものの、本来は数年経験している者の方が有利に働く試験という形式で彼ら5人は初年度で合格し、班を組んだ。

そういう実に珍しい班なのだ。

そんな彼らは今日、前述の最強の男、通称【無敵】のヴェゼールに呼び出されていた。

スラム街育ちで肝の座っているナイト以外少しだけ緊張した面持ちで廊下を進む。

魔女狩り【インクィズィション・トゥループス】本部の最上階。その最も奥に位置する総長室の扉の前でルークは足を止めた。

「………あ…開けるよ?」

緊張を全面に出しルークはゆっくりと扉のノブに手をかける。

ラパの息を飲む音にカイとコニーも表情を強張らせた。

「早く開けろ」

しかし一人だけ緊張を感じていないナイトが空気を読まずドアを開け放つ。

開かれたドアの先、部屋の中ではヴェゼールの他に三人の人間が待ち構えていた。

同じく呼ばれていたビショップは既にいる。

「………やっと来たねぇ」

ルークは総長室に足を踏み入れた。


 「………といった経緯で【新月の魔女】との戦闘が始まりました」

少し緊張で声を強張らせたビショップが魔女との戦闘が始まった経緯を丁寧に説明する。

「森の入り口に罠がある事を考慮せずに挑んだのは任務を直接承った僕のミスです」

ビショップは真っ直ぐとした視線で窓際に立つヴェゼールを見た。

今日呼ばれた経緯は説明されていない。

その為ビショップは「“二つ名持ち”以外・・との戦闘は許可する」という指令を無視した事を咎められると思って今日来たのだ。

しかしビショップの発言にルークは少しだけ不機嫌そうに横に並ぶ。

「今日お呼びされた理由はわかりませんが、もし突然の戦闘における・・・・・・・・・命令無視を咎めるのであれば、同じく班長の僕も責任があります」

ビショップは真に善人だ。

本当に自分がミスをしたと考えているのだろう。

だがルークからすればそんな考えはお門違いというものだ。

罠に掛かったのはあの場にいた全員であり、何なら罠の魔法を発動させてしまったのはルークの方なのだ。

ビショップ一人にお咎めを受けさせる訳にはいかない。

 それぞれ想いを込めて真っ直ぐと最強の男に向かい合う。

実に誠実な二人。

そんな二人の目にヴェゼールは若干面倒くさそうに椅子に背を預ける。

「おいポーン……お前何も説明しねぇで呼んだのか?」

その面倒くさそうな感情はルークとビショップにでは無くヴェゼールの横で楽しげに笑うポーンに向いていた。

ポーンは尚も楽しげに笑う。

「うん。その方が面白いと思って」

悪びれなく笑うポーン。

6人は呆気にとられた。

絶対怒られると思って来ていたというのに。

ルークなんて来る前にナイトに不安だとボヤいていた程だ。

ナイトは心底嫌そうに睨む。

「だから言ったろルーク。この面倒くさそうな野郎が普通の理由で呼ぶわけねぇってよ」

ナイトの言葉にポーンは視線を向けた。

「あら?俺の事ご存知?」

「いや、顔に書いてあるぜ。「私は面倒です」ってよ」

超喧嘩売るじゃん。ラパは驚きの表情でナイトを見た。

しかしポーンも余裕の表情で返答する。

「まあねぇ。俺面倒事起こすの楽しいから好きだしねぇ。君も好きだろ?【悪童】くん?」

嫌味を言い合った二人は静かに睨み合った。

ナイトの隣に位置取ってしまったラパはあり得んくらいの脂汗をかいて見守る。

一体全体どうなるのか。カイとコニー、ビショップも静かに見守った。

しかしお互いの相棒の行動に慣れている者がここにはいる。

「……ナイト。やめてくれ」

「……ポーン。話が進まないだろうが。下がってろ」

出会い頭に喧嘩するナイトとポーンの相棒。

ルークとヴェゼールだ。

普段人の言う事なんて聞く耳を持たないナイトとポーン。

それは例え街を仕切るドン・・であろうと。

例え自身の入隊した軍隊の副長だろうと。

二人には気を使うという選択肢は最初からない。

しかしそんな二人であっても唯一と呼べる例外があった。

「………へいへい」

「あはは。仕方ないなぁ」

それがみんなの視線の中心にいる二人の存在。

ルークとヴェゼール。二人の相棒で二人のリーダー。

この二人がいるからこそ悪童コンビは拳を鞘に収めて会話を成立させられる。

 会話をさっさと始めたいヴェゼールは少し気を楽にして話し始めた。

「誰も死なず、且つ魔女を一度追い詰めたんだ。咎める理由がない」

冷徹な雰囲気は変わらないがどこか印象の違うヴェゼール。

しかしそんな事は気に留めずヴェゼールは話を続ける。

「今日呼んだのはストロベリーとスノードロップの二人が使った魔法についてだ」

実に的確に要点のみを伝えた。

その言葉だけで自分達がこれから何を聞かれるかが分かる。

しかしルークは少し困ったように、ナイトはどこかダルそうに答えた。

「すみません……あの時の事はホントに何が起きたか分からなくて……」

「つーかルークがホーコクショに書いたろ」

任務当日戦いの後、ある程度書面で説明できる範囲は報告書に記した。

しかしそうでなく直接確かめたかったのだろう。

ルークとナイトが嘘をついているかどうか・・・・・・・・・・・を。

 ルークは真実をそのまま話す。

「あの時……確かに僕は“全員助けたい”と思いました。けどいつも使ってる光魔法でもあんなレベルの力は見た事がありません。戦闘後息絶える前の魔女に聞いてみましたが答えは得られませんでした」

嘘は言わずに事実を伝えた。

そしてその真実で言いたくない事を包み隠す。

嘘は人によってはすぐにバレてしまうものだ。

しかし嘘というのは口に出す・・・・から破られる。

なら信憑性の高い真実を話し、言いたくない事は言わずにいる。

つまり嘘をつかなければいい・・・・・・・・・・のだ。

これがルークが15年秘密を隠し通してきて得た技術。

ルークは表情を変えずに答えを待った。

 見破るつもりで問いたヴェゼールはゆっくり瞳を閉じる。

魔力の流れを感じているのだ。

魔力が乱れればそれは嘘。

人間は余程のイカレ野郎でない限り嘘をついたら何かしらの影響が身体に出るもの。

そして魔力というのは人の身体の内に常に流れる目に見えない血液。

魔力を持つ魔女狩りは嘘が魔力の流れに現れ出てしまうのだ。

 ヴェゼールはルークの発言が嘘でない事が分かるとまたゆっくり瞼を動かして瞳を開いた。

「ああ。信じよう」

無敵の男の無言の圧力。

本人は意識していないだろうがそれでも相対する者は感じてしまう。

緊張が解かれたようにルークは肩の力を落とした。

「まぁそもそも光魔法と闇魔法が特殊なモノなんだけどね」

会話を引き継ぐかのように言葉を発して視線を集めるポーン。

ポーンは続ける。

「光魔法は正式に言うと“精霊魔法”。闇魔法は“呪法”って呼ぶんだ。または“古代魔法”だね」

授業を話す教師のようにポーンはツラツラ話した。

「簡単に言うとこの二つの魔法は起源が違うんだけど……」

途中まで話したところでポーンは力強い右手で押し退けられる。

「ちょっと!そういう授業の為にアタシを呼んだんじゃないの!?」

女性のような口調。

しかしその二の腕は十数年の樹木のような頼もしさを感じる。

身長はヴェゼールより高く、その見た目は有り体に言って男だ。

というより男ではあった。

「みんな久しぶりね!アタシはジュスティーヌ・・・・・・・・リリー。入隊時の健康診断以来かしら?」

明るく瞬きをする姿の横からヴェゼールは真顔で訂正する。

ジュスティス・・・・・・・リリーだ。混乱を招くなジュスティス」

男の名はジュスティス・リリー。

またの名をジュスティーヌ・リリー。

男であって男ではない男。

しかしルークはニコリと笑う。

「お久しぶりですジュスティーヌさん。今日もお変わり無く綺麗ですね」

この発言をナイトかポーンがしたら嫌味みたいに聞こえるだろう。

なんなら美形のルークが言ってもルークを知らない人間から見たら嫌味だ。

しかしルークを知る人間にすればただ今日もルークは優しいままなだけ。

そんな世間慣れの心清らかな優しい人間ルークの横でナイトとラパは嫌そうに顔を引き攣る。

「ど……どーもお久しゅうございます……お、お元気そうで残念……ちゃうわ何よりです……」

「つーかなんでアンタここにいんだ?」

正式に嫌がる二人と嬉しそうに手を振るコニー。

ビショップも含めて全員が顔見知りのこの男(?)。

ジュスティーヌに彼らが出逢ったのは数日前の事だ。

魔女狩りに入隊した翌日。

隊では大規模な身体検査と健康診断を行った。

当然と言えば当然だ。

どんな人間が試験に参加しているか分からない以上常に用心して入隊を許可する。

特に今年は特殊な試験形式でまともな面接などしていない。

そこで魔女狩り【インクィズィション・トゥループス】で唯一の衛生隊員、ジュスティーヌが行った。

ジュスティーヌは珍しい回復魔法を得意とし、基本的な任務にはつかずに医務室で怪我人を治療するのが仕事だ。

そして実はエリア13の出身であり人を見る目は非常に優れていた。

高い医療知識に貴重な回復魔法。それによる健康診断が可能であり、利き目で面接もできる。

そこで白羽の矢が立ったという訳だ。

だが身体検査はルークにとっては最大の難関の筈。

というか本来はそこで魔女の潜入を防ぐのだと思う。

しかしどういう訳か今もルークは魔女狩りに所属しこの国で少年・・として生きている。

その為ルークを調べようと画策しているポーンの中でもルークが魔女という選択肢は消えていた。

それは協力者のナイトすら先日聞いた、誰も予想し得ない理由。

 ジュスティーヌはニコリとルークに笑いかけた。

「また今度、ジュピターさんのお墓参り行くわね。あと……リリィさんのも」

ジュピター・ストロベリー。その名をナイトは知っている。

「はい。お祖父ちゃんも喜びますよ…!」

ジュピターはルークの祖父だ。

そしてリリィは母親。

ナイトはルークの祖父からの手紙で知っているのだ。

 ルークの笑う顔にジュスティーヌもまた笑い返した。

周りの人間は着いて行けないがそこは二人にとって問題ではないのだ。

二人の不思議な関係。それは特別可笑しなものでもない。

ただ昔、ジュスティーヌがルークの祖父、ジュピターに救われた事があったというだけだ。

その為ルークがルーシィという名前からルークという男の名前を名乗り始めたのも知っている。

なんの因果か昔馴染みの二人は魔女狩りの身体検査で再会し、そしてジュスティーヌはルークの願いを聞き入れた。

ただそれだけの事なのだ。

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