1-5「秘密の共有」

 綺麗な透き通る水が跳ねる音。

不気味な森だが何も汚い森という訳では無い。

今は使い魔が蔓延りおどろおどろしい雰囲気だが、昔は実に綺麗な動物の多い森だったという。

「ふぅ……」

ルークはそこで一人水を浴びる。

流石に怪我や疲れ的に限界に近かった。

あの時ナイトという少年が助けに来なければ本当に危なかっただろう。

命を助けられた。

「………」

それよりもその後の発言が頭から離れない。

「お前が知りたい」

そんな事言われた事もない。

それも突然に、会ったばかりの男にだ。

「…………」

まだ安心できるという訳でも無いのにその言葉が何度も蘇るのだ。

 ルークはふるふると首を横に振った。

駄目だ。ちゃんとしないと。

まだ命の危機を完璧に乗り越えた訳では無い。

何より今は水浴びをしている最中。

いつまでもここに居ては見られてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ルークは自分に頭を切り替えるよう言い聞かせて着替えようと背筋を伸ばした。

「おい。いつまで水浴びてんだお前」

突如話しかけられてルークは思わず振り向いてしまった。

「………あ?」

当然タオルもないこの場所ではあられもない姿・・・・・・・が見られてしまう。

それはほんの少しの油断。

それと些細なミス。

透き通った、柔らかいハリのある肌。

そして女性らしい・・・・・肢体。

今この状況は女性の水浴びを覗いてしまったというだけの事ではない。

これは魔女狩りの試験なのだ・・・・・・・・・・・・・

即ち魔力を持った者のみが参加する。

事実目前のルークという人間は魔法を使っていた。

魔法を使える女性・・・・・・・・。それはつまりーーー……。

「お前……魔女か?」

ルークは否定を出来る余裕など無く息を呑んだ。


 ルークは否定を出来る余裕など無く息を呑んだ。

しかしナイトは叫んだりするのではなく視線を逸らした。

「………取り敢えず服を着てくれ。無防備な女を覗く趣味はない」

ナイトの発言でルークは自分の今の姿に気づいた。

「きゃあ!」

ルークはすぐさまナイトに背を向けた。

少しだけ頬を染めたナイトに見えないようルークはいそいそと木の陰で服を着た。


 「……………」

「……………」

不思議な沈黙が流れる。

ルークが着替えた後何故か二人は河原で向かい合って座っていた。

絶対の秘密がバレたにしてはあまり緊張感がない。

するとようやくナイトから話し始めた。

「……お前は“女”でいいんだな?心がこう……違うとかでなく……」

そこに引っ掛かっていたのか。

どこか気まずそうに座っていたナイトの考えていた事が分かりルークはそっと胸を撫で下ろす。

「いいえ、僕……いや私はちゃんと“女”だよ」

最早直接バレてしまった秘密。

今更隠す気にはなれない。

何より見られた時のナイトの行動がルークにとっては信頼に足るものだと思ったのだ。

 ナイトは再度考えながら口を開く。

「………何故魔女狩りになろうとしてる?」

当然の質問だ。ルークもそう思った。

ナイトはそのまま続けた。

「広場でのお前の話は真実だと感じた。強い意志を持って魔女狩りになろうって事だろ?なんでだ?」

ナイトの質問の意図。それは何故自ら命の危険を冒すのか・・・・・・・・・・・。というものだった。

それもそうだ。魔女狩りとはその名の通り魔女を狩る為の部隊。

即ち魔女は敵であり倒すべき相手。

その只中に身を投じようなど自殺行為も良いところだ。

しかし理由として可能性が挙がるものがない訳でもない。

「魔女側のスパイか?」

それが妥当だろう。

命を賭けてでも敵の只中に身を投じるといえばスパイなどが挙がる。

しかしルークは正真正銘のレッドスケア生まれレッドスケア育ち。

スパイではないのだ。

 ルークは首を横に振る。

「じゃあなんでだ?なんでわざわざ魔女狩りに入ろうっていうんだ?」

ナイトの言葉からは探ろうという意図は感じなかった。

ただ気になるだけ。理解が出来ないから聞きたい。

恐らくそれだけの理由なのだろうとルークは感じた。

やはり今更隠す気になどならない。

明かしてしまおうか。15年抱えた自分の秘密を。

ルーク・・・はポツポツと話し始めた。

「私の本名はルーシィ・ストロベリー。レッドスケアの外れのエリア8で産まれた」

ナイトはルーシィの話に耳を傾けた。

「私のお母さんは魔力を持って産まれたいわゆる【魔女】だったの。けどそれを祖母の代から隠し続けていて、私に魔力があるとわかった瞬間祖母は家を出たと聞いた」

まるで歴史を語るかのようにただ淡々とルーシィは話す。

「けどお母さんは私を捨てず、エリアの外れの小さな家でお祖父ちゃんと一緒に大切に育ててくれた……感謝しかないよ」

ルーシィの表情は明るく、それだけで良い思い出なのだろうとわかった。

「裕福な方では無かったけど、それでも友達はいたし誰にもバレずに幸せに暮らしてた」

瞬間、ルーシィの表情が少し曇ったのをナイトは見逃さなかった。

「ある日、買い物に出たお母さんが城の前で打ち首にあったの。街で誤って魔法を使ってしまったらしいんだ」

ルーシィは続ける。

「すぐに私は調査対象になった。魔力は遺伝性が強いからね。けどお祖父ちゃんが私をルーク・・・という少年だと偽ってどうにか私は無事で済んだの」

「じゃあそこからか?」

ナイトの簡潔な質問にルーシィは頷く。

「それが5歳の時だからそこから10年くらいだね。私は本名を隠してルーク・ストロベリーになった」

ルーシィはポツポツと話を続けた。

「なんでお母さんが必死で隠し続けてたのに街で魔法を使ったかは分からない………それで大変な目には合ったけど……それでもお母さんがくれたルーシィの名前は捨てたくなかったの」

ルーシィの話にナイトは一つ結論を予想した。

「じゃあ復讐か?内部からぶっ壊そうってやつか」

物騒な言い回しのナイトにルーシィは首を横に振る。

「ううん。そんな事してもお母さんは喜ばないから。復讐なんかをする気はないよ」

「じゃあなんで仇と同じ釜の飯を食おうって発想になる?意味わかんねぇぞ」

理解が出来ず怪訝な表情のナイトにルーシィは優しい顔で答える。

「知りたいんだ。なんでお母さんは……【魔女】は殺されるのか。なんでこの国は魔女と争いを続けているのか………」

ナイトはまだ首を傾げた。

「そんなん俺は読んだ事ねぇけど歴史書とかで載ってんじゃないのか?」

ルーシィは首を横に振る。

「歴史はあくまで歴史だよ。私は自分の目で耳で確かめたい…!」

初めてルーシィが熱くなるのを感じた。

「それで……魔女狩りなら魔女の国に遠征任務で行けるから、どうにかして魔女の国の歴史を見たいんだ。欲を言えば……詳しい人から話を聞きたい…!」

 初めはなんとなくで聞きたいと思った。

この国が嫌いだし面白そうな内容だったからっていうのもある。

元々別に誰かにバラす気もなかったしこれでコイツを強請ろうなんてのも考えて無かった。

ただ実際聞いてみた話は単純な復讐でも他国のスパイでも無かった。

もっと高貴な感情に感じた。

自分ならその発想に行き着かない。

迷う事なく国に復讐しようと思う筈だ。

しかしこのルーシィという少女は100年以上続く因縁の只中にいても愚直に“真実”を求めようとしている。

ナイトは人生で今初めて他人に興味を持ったのだ。

知りたい。この少女の行く末を。

何より楽しそうだ。退屈しないだろう。ルーシィに着いて行けば。

 ナイトは楽しげに笑みを浮かべた。

「ルーク……いやルーシィだったな。面白そうだ。お前の目的俺にも手伝わせろ」

「…………え?」

突然の提案にルーシィは思考が追いつかなかった。

何せもうおしまいだとすら思っていたのだ。

この国で最も持ってはいけない秘密をバレたのだから。

しかしナイトは実に快活に笑う。

「俺はあの【無敵】とか呼ばれてる奴に言われて仕方なくここに来たんだ。負けんのも死ぬのも性に合わないから試験をこなしてたがやっぱツマラナイんだよ」

ナイトはテンションの赴くまま立ち上がった。

「なぁルーシィ。俺は何か企んだりしない。ただ、俺は今人生で初めて楽しそうな事を見つけて喜んでるだけなんだ!手伝わせてくれ!俺に見せてくれ!この因縁の“真実”を!」

ただ真っ直ぐと、ナイトは真面目な表情で言う。

「約束する。俺はお前を裏切らない。そして俺は“約束”を破らない」

信じる根拠など無い。

何せ今日会ったばかりの少年の発言だ。

疑うのが常套だろう。

しかしルーシィにはこのナイトという少年が嘘を言っている様には見えないのだ。

巷では評判の【悪童】。触れるものみな傷つけて回るという。

しかしこの少年はきっと噂よりも純情で純粋なのではないだろうか。

この少年ならここで断っても周りに言いふらす様な事はしないだろう。

それはきっと結果の分かるツマラナイ・・・・・事だろうからだ。

行動理念がハッキリしているからこそ信用出来る。

ルーシィは心を決めてナイトの視線に立った。

「分かった。お願い。私を手伝って」

「ああ。任せろ相棒」

二人は固く握手を交わす。

お互いの意志を交差させて。


 この日、二人の少年少女は“真実”に向けて一歩踏み出した。

例えそれが二人にとって必ずしも良いものとは限らないとしても。

 「ねぇ。じゃあまず約束して」

「あ?」

ルーシィの言葉に歩き出そうとしたナイトが足を止める。

「私を、てか女の子を“お前”って呼ばないで」

「…………だる」

二人は動き出した。

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