レッドスケア国 編

一章「碇草」

1-1「この国の平常」

 たった一つの小さなミスが大きな失敗を招く事になる。

祖父の言葉だ。

その言葉の深い意味を私は今この瞬間身に沁みて理解した。

「お前……魔女か?」

私は否定を出来る余裕など無く息を呑んだ。


 耳から全身に響く程の大きな音が街に響き渡る。

その音を生み出したと思われる集団は人混みに伝わるような声を拡散させた。

「こちらの方に“魔女”が逃げてきた筈だ!誰か見かけた者はいないか!もし見かけていて見逃すようであればそれは重大な法律違反であり……」

ツラツラと述べられるお決まりの口上。

国を取り締まる人間がアドリブでペチャクチャ話す訳にもいかないのだから仕方ない。

 「えー。魔女いるんだってー。こわぁい」

「一体誰かしらね?これまで平然と隠していたなんて気色悪いわ」

「早く捕まってほしいなー」

数分後の凱旋の為にスペースを空けられた街の大通りは一時魔女探しに騒然とした。

 警察隊の通行で野次馬のように増え始める人混み。

その少し先で少女達は一人の少年・・を囲んで騒ぎを遠目に眺めていた。

「“魔女”って確か凄い危険なんだよね?」

その内の一人の少女が投げかけるように首を傾ける。

「そーそー。確かめちゃくちゃ狂暴で暴れると手がつけられないらしいよ」

ソースのハッキリしない情報を雑に返答される。

当事者でない世間の反応などこんなものだろうか。

 少女達の中心で囲まれる少年は優しく笑いかける。

「誰も怪我しないといいんだけどね」

優しそうな顔つきから優しい発言が出てきて少女達は猫のような声で目尻を垂らした。

「え〜。ルーク・・・優しい〜」

少年、ルークはまた優しく笑いかけて表情で返答した。

 「おお!“魔女狩り”が帰ってきたぞ!」

凱旋用で開けた大通りを複数名の男達がゆっくりと歩く。

全員が黒い共通の服に袖を通し、隊列を乱さずに道を進む。

彼らは【インクィズィション・トゥループス】。通称“魔女狩り”だ。

 唯一隊列から外れて街の女性に話しかける隊員が街の人間に声をかけられる。

ポーン・・・様!今回の遠征の成果はどの様なものでしたか!」

ヘラヘラした態度に一見優しそうな垂れた目つき。ポーンは笑顔を崩さないまま答えた。

「上々だねぇ。今回は【蒼穹ソウキュウ】を始末する事ができたからさぁ。ねぇ?ヴェゼール」

乱れない隊列の先頭で歩く一際目立つ男。

ヴェゼールは冷たい表情を変えないまま視線を後方の方へ向けた。

「始末した【蒼穹の魔女】の首は城の前で晒される。結果を見たければそれを見るんだ」

冷たく冷徹な反応。

しかし街の人々は男達を囃し立てる。

「おお!流石魔女狩りだ!」

「蒼穹っていえば相当強いと聞くぞ!」

「やっぱり格好いいわぁ!【幻妖の魔術師】ポーン・オーキッド様と【無敵】のヴェゼール・ダンデライオン様!」

「さらし首か!ざまぁないな魔女共め!」

勝利を納めたという魔女狩りに街は一層の歓喜を与える。

そんな中一人表情の晴れないルークは口元を手で押さえた。

「ルーク?どうしたの?」

心配そうに少女達はルークを取り囲む。

しかしルークは心配させまいという穏やかな速度で明るい顔を上げた。

「大丈夫。今日は少し寝不足でさ。気分が悪くなってしまったんだ」

少しだけ顔の青いルークに少女達は心配の眼差しを向ける。

「え〜。心配だよ〜。無理しないで〜」

「今日はもう家に帰ったほうがいいよ」

申し訳無さそうにルークは全員と目を見合わせた。

「ごめんね。折角お話してたのに」

優しく笑いかける弱った美少年に少女達はとろけた表情で首を横に振る。

「ううん。いいのいいの。今日は休んで」

「また元気な時にお話しよ〜?」

目視でハートが見える程の視線で見つめる少女達。

ルークはもう一度優しく笑いかけ、小さく会釈してその場を後にした。

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