107話 アルマゲドン

【月影シノブ(サイバーデビル)視点】


 電脳リンクを名残惜しく終えた私は、ナユタから意識を離し、ココにゃんに目を戻した。


「ココにゃん!!

 こうやってダラダラ戦うのも終わりにしようよ!?

 次は私の全力、見せてあげるから??」


 血濡れの白い翼のココにゃんが、儚くも狂気の微笑みで言う。


「シノブちゃんの全力だって……

 もしかして……災婆破壊光線サイバーレーザーの事かな……?ふふ』




 ナユタが今から何をしようとしているのか……私は知らない。


ただ、アンテナに向かって突っ走る彼の必死の表情から、それが「私たちにとって」大事なことだと分かった。


そして同時に言われた……「大好きだ!!」という言葉も、ナユタのまっすぐな本心だと分かった。


だから、ナユタの愛でいっぱいになった私は、幸せな筈なのに……どうしてこんなに怖いのかな?


産まれて初めて愛する人ができた私は……どうしてこんなに不安になるのかな?


喉から手が出るほどに欲しかった彼の心が手に入った途端……どうしてこんなにも切なくて、胸が痛くなるのかな……。


 だから私は、気付いた。


「愛の始まりは恐怖の始まりなんだ」って……。


「彼のことを愛おしく思えば思うほど……別れが怖くなっちゃうんだ」って……。


だから、どんどんと小さくなるナユタの背中を見た私は、胸が潰れそうに痛んだ。


その痛みは傷付いた体の痛みとは違い、どんな科学力ナノマシーンでも治せない、切実でしかし仮想的バーチャルな痛みだった。


 だから今にも私はナユタに向かって「待って!!」と、叫びそうになる。


 でも今はそれどころじゃないんだ。


 今は二人の命が、私に掛かっているんだ……。 


未来哀しみの恐怖」を「現在生死の恐怖」で強引に上書きして、私は前を睨む。


 少しだけ滲んだ景色が、しっかりと像を結んだ。


「もう後戻りは出来ないよ?ココにゃん……。

ココにゃんか私か……

それとも私たちか……」


 幅20mぐらいのピンクのホログラムが、空を切り裂いた。


【 災 婆 破 壊 光 線サイバーレーザー 】


 ココにゃんも涙を散らして微笑む。


「死は絶頂……。

余さず、すべて……素敵だよ」


 縦に長い15mほどの白いホログラムが、ココにゃんの横に浮かぶ。


【 始神(カオス)を抱くとこしえの瞬きエンジェルビーム 】


 私の腰の漆黒のジェネレーターが唸る。


 ココにゃんの金の鎖が変形し、彼女の周囲に槍のような形で浮かぶ。


 私のジェネレーターが、ピンクの閃光を放つ。


 ココにゃんの“金の槍“が、水色シアンの閃光を放つ。


 この戦いイベントの、「終わりフィナーレ」のカウントダウンが始まった。



【ナユタ視点】



 廃墟の地獄となった屋上を、ピンクと水色シアンの光の渦が飲み込む。


走る俺の視界の中で、バキバキの色彩が流れて行く。


パンツァーで痛んだ電脳が、光の放流でさらに痛み、涙があふれた。



【 以下の会話は電脳内での会話なので5秒で終わる感じです 】



 ホログラムのWABIちゃんが、カウンターチェアの上で長い脚を組んだまま、真剣な表情で言う。


「シノブ様とココロ様の戦闘能力は完全に拮抗しています!

よって、いわゆる『アルマゲドン』後の結果は予測不能です!!

 しかし『アルマゲドン』まで……あと25秒!!

 パンツァー発動により通信アンテナまでの距離は縮まりましたが……ナユタ様の速力では時間が足りません!!!」


 俺は涙と鼻血を拭いながら言う。


「……しかし……【♡の形に穴が開いた黒のオーバック】で発動したパンツァーの頭痛は、ヤバかったな……」


「それでも、そのパンツァーによりナユタ様は33mほどの“ワープ“が可能でした!!

 よって、もう一度のパンツァー発動によりアンテナへの安全な到達が可能と予測されます!!」


「いや、次のパンツァーは……“これ“を投げる時に使いたい」


 そう言った俺は袴にぶら下げたC4爆弾を、触った。


 ここに向かう途中でウメコに、「電脳刀サイバーカタナや拳銃でアンテナを破壊できないでしょ?」と言って渡されたC4爆弾だった。


 WABIちゃんは、ボディースーツの下で組んだ太ももを人差し指で撫でながら言う。


「了解しました。

ワタクシならいつでも、パンツァー発動の準備はできていますので……」


……と言ったWABIちゃんのボディースーツが、歪んだグリッチした


脚を組んだWABIちゃんが一瞬だけ、完全なる全裸になる。


WABIちゃんのEの胸が「チラッ」と——しかし「ぷるん」と溢れ出た。


それを見た俺は鼻血を逆流させ、大いにむせせる。


「ぬ!!へぶふぉっ!!」


 ふたたびボディースーツに身を包んだWABIちゃんが、ちょっと恥ずかしげに謝罪する。


「す、すみません。ナユタ様。

またしても通信障害が発生しているようです」


 俺は鼻と口をおさえながらも言う。


「いや、ありがとう。WABIちゃん。

しかし通信障害とは……つまり……」


「ええ。ワタクシが全裸になってしまいます……。

 つまり、パンツが消失します。

よって、パンツァーが発動できなくなります」


 それを聞いた俺は、“悔しがる“……いや……“いきどおる“。


「クソっ!!!

こんな肝心な時にっ!!!

【♡の形に穴が開いた黒のオーバック】が見れ無い……じゃなかった……パンツァーの発動が不安定になるなんてッッ!!!!」


 俺の嘆きに呼応するかのように、さらなる厄介ごとが目の前に現れた。


コンクリートの穴や、倒れたデカい鉄骨の向こう側から“ゾンビ“が溢れ出す。


 その数は……


多すぎる!!


数えている暇なんて無い!!!


 WABIちゃんが言う。


「アルマゲドンまで残り20秒です!!」



 網膜ディスプレイに——


【 残り20秒 】


——とグリーンの文字が浮かんだ。



 それを見ながら俺は、電脳刀サイバーカタナを抜く。


 レーザーを発振させないタマハガネは、ピンクと水色シアンの閃光を反射しながらも、鈍い銀色のまま金属音を響かせた。


 俺は、電脳刀サイバーカタナを投げる。


 電脳刀サイバーカタナは、空中で一回転する。


 俺は走りながら電脳刀サイバーカタナを右手で受け、逆手で握る。


 そして言う。


「このまま突っ切るッ!!!」


久遠多無くおんたむ無しでは、ゾンビ様たちは斬れませんが!?」


「構わん!!

 押し通るッッ!!」


 俺は叫びながら体勢を低くし、速力を上げた。


「うおおおおおおッッ!!!」



 ピンクの閃光が辺りを照らす。


廃墟もサイボーグのゾンビ達も全てが、狂ったピンク色に塗りつぶされる。



 俺は、1体目のゾンビを蹴り倒した。


走る勢いのまま、2体目のゾンビに襲いかかる。


電脳刀サイバーカタナで斬り付ける。


ゾンビの頭で刃が弾かれて、オレンジ色の火花が散った。



 シアンの閃光が辺りを照らす。

全てがシアンで塗り替えられる。



 ゾンビが俺に反撃しようと右手を振り上げる。


 俺はソイツを体当たりで吹っ飛ばした。


コンクリートの穴にゾンビが落ちた。


 俺は振り返らず、走り続ける。



【 残り18秒 】



 ピンクの閃光が辺りを照らす。

全てがピンクで塗り替えられる。



 3体のゾンビが襲いかかってくる。


 俺は1体目のゾンビの脚を、刀の刃で強打する。


ゾンビはもんどり打って倒れる。


 俺は2体目のゾンビの頭を、刀の柄で殴打する。


ゾンビは横に回転してぶっ倒れた。


 しかし同時に、俺の網膜ディスプレイに大きなレッドの警告アラートが表示された。


【左義腕に重大なダメージ発生!!】



 シアンの閃光で、全てがシアンに塗り替えられる。



「クソッッ!!!」


 と叫んだ俺の左義腕にはゾンビの歯が食い込んでいた。


バジェラ合金声のゾンビの歯が、俺の左義腕を「めりめり」と砕く。


 その間にも他のゾンビたちが群れを成して、襲いかかって来た。


 俺は叫ぶ。


「ぬおおおおおおおおッッッ!!!!」



【 残り14秒 】



 ピンクの閃光で、全てがピンクに塗り替えられる。



 叫んだ俺は、全身の筋肉を使って自分の左肩を捻り上げた。


 俺の左義腕の回路がショートして、激しく白くスパークする。


「クソがぁあああああああッッ!!!」


【左義腕に重大なダメージ発生!!】


 「バチバチ」と義腕が悲鳴をあげる。


【左義腕に重大なダメージ発生!!】


  全身の筋肉をありったけの力で緊張させる。獣のように叫ぶ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


【左義腕に重大なダメージ発生!!】


 俺の左肩から「バチン」と、ひときわ大きなスパークが起こった。


【左義腕喪失!!】

【左義腕喪失!!】

【左義腕喪失!!】

【左義腕喪失!!】



【 残り10秒 】



 全てがシアンに塗り替えられる。



 痛い!痛い!!痛い!!!!


痛いッ!!!!!!!!!!


 左義腕を失った俺はあまりの激痛で、意識を失いそうになる。


 だから俺は愛する女の名前を叫ぶことで、意識をその場に繋ぎ止めた。


「シノブッッッッッッッッ!!!!!」


 しかしそんな俺の体は、群がるゾンビ達の群れでコンクリートの床に叩きつけられた。



【 残り8秒 】



 全てがピンクに塗り替えられる。



 無我夢中で蹴る。


 無我夢中で刀を振る。


 しかしゾンビ達は勢いを緩めない。


俺の足が俺の腕が……ヤツらに捉えられる。


 だから俺は、とにかく暴れる。とにかく奴らから逃れようとする。


「うおおおああああああッッッ!!!!!」


 激痛で何も考えられない。


 しかし俺は暴れ続けた。


とにかく、生きねばならない。


 とにかく俺は掴むんだ。


シノブの笑顔を!!!


 とにかく俺は抱きしめないといけないんだ。


シノブの体を!!!



【 残り6秒 】



血濡れの体で生の衝動に突き動かされ、俺はただ叫ぶ。 


「シノブッッッッッッ!!!!」


ゾンビの群れに囚われながらも俺は、右手の刀を差し出した。


もはやその行動に、意味は無い。


俺はシノブの面影を追って、右手を突き出した。


拘束から逃れる為に、ただ目的も無く、右手の刀を前に突き出した。



 その瞬間に、場違いな“美しい声“が聞こえてきた。


それは、どこまで清廉でどこまでも冷酷で……そして狂気に満ちた少年の声だった。


「ナユタくん……君の考えそうな事は、すでにお見通しだよ?

 アンテナに向かうことで、あたくしの【始神(カオス)を抱くとこしえの瞬きエンジェルビーム】を避けるつもりだったんだろ?」



 そして、全てがシアンに塗り替えられる。



【 残り3秒 】



 ここでお前たちの分かり易いように説明するが……今ココロが俺に向かって言った事は、「合って」いる。


俺が今ゾンビたちと「おしくらまんじゅう」をして、死に掛けながらも決行している作戦は、ココロが言ったとおりの作戦だったからだ。


 お前たちは、覚えているだろうか?


「エモとら中の各種兵器は通信施設を守ることを最優先に稼働する」と言ったWABIちゃんのセリフを??


 つまりそこから……【災婆破壊光線サイバーレーザー】や【始神(カオス)を抱くとこしえの瞬きエンジェルビーム】は、「アンテナに直線的に向かう俺には絶対に当たらない」って事になる訳だ。


そして加えて……シノブの【災婆破壊光線サイバーレーザー】の発射を見た俺は気付いたんだが……彼女たちの最終兵器は発動までに少しだけ時間が掛かる。


 つまり俺の今の作戦は——【シノブとココロが最終兵器を使う隙を狙って比較的安全に、しかも最速で通信アンテナを破壊しよう作戦】だった訳だ。


だから俺はパンツァーを使いながら、ゾンビ達と「おしくらまんじゅう」をしながら、必死で通信アンテナに向かっていた訳だ。


 しかし今ココロが俺の目の前に現れたとなると、話が変わってくる。


 今俺は通信アンテナの近くにいる訳だが……しかしココロが目の前で【始神(カオス)を抱くとこしえの瞬きエンジェルビーム】を発射してしまうと、俺に当たってしまう。


俺が一瞬で消し炭になってしまう。一瞬で中性子レベルでバラバラになってしまう。


 つまり……今ココロの声が目の前から聞こえてくる時点で、俺の作戦の失敗と俺の死が決定した訳だ。



 そんな事を一瞬で理解し、絶望した俺にココロの声がトドメを刺す。


「あたくしが死ぬのは構わない……。

しのぶくんにとっての永遠に、あたくしがなれる訳だからね……。

 だから、なゆたくん……。君も一緒に行こうじゃないか……。

輪廻の向こう側にね……?」



【 残り2秒 】



 しかしここで別の声が聞こえて来た。


それは、俺が最も愛する女の金切り声だった。


「ナユタぁぁぁあああああああああッッ!!!!」


 そのシノブの声が、俺の胸を刺し貫いた。


 俺の電脳を鷲掴みにした。


 その瞬間、俺の脳裏に泣いたシノブの顔が浮かんだ。


 だから俺は、痛みを忘れた。


絶望すら忘れた。


 だから俺は、呟く。


「泣くな。シノブ。

俺がずっと守ってやるんだから……。

 ……俺の命に変えてもな……」



 全てがピンクに塗り替えられた。



 俺は電脳を操作する。


【 久遠多無くおんたむモード起動 】


 網膜ディスプレイにホログラムが浮かぶ。 


 【ナユタ様の魂の残量 ///59】


 俺はゾンビ達に掴まれた足と腕を強引に引き戻し……ゾンビ達をぶん投げた。


 5体のソンビ達の身体が、宙を舞った。


 ゾンビ達の「囲い」が無くなる。ゾンビの群の向こう側に、織姫ココロの白スクがチラリと見えた。


 俺は立ち上がり、右手の電脳刀サイバーカタナを右上段に構えた。


光刃レーザータマハガネが、今まで最も赤黒く輝く。


俺の右腕の筋肉が盛り上がり、体重が増し、ブーツが軋んだ。


 しかしゾンビ達は怯む事なく、再び群れを成して襲いかかって来る。


だから俺は剣を、力いっぱい左袈裟に振るった。


 猛烈な勢いで身体が回る。


一回転した俺は、片膝を突いた。


光刃レーザータマハガネの軌跡がドス黒くも赤い、新円を描いた。


 襲いかかってきたゾンビ達は、次々と「血煙の爆煙」をあげ、粉々になる。


 まさしく血の雨が降った。 


 【ナユタ様の魂の残量 ///59→40%】


 自分の血と敵の血で真っ赤になった俺は、吠えた。


「オオオオオオオオオオオオッッ!!」



 そんな赤とシアンとピンクの狂った空間に、少年の呟く声が聞こえてくる。


それは、それまでの冷酷な様子とはちょっと違った、やや力が抜けたような「TS織姫ココロ」の声だった……。


「……え?」


 透明感のある妖しくも美しい声に惹かれ、俺は目線を上げる。


 そこには翼が生えた「水色癖毛ツインテールのTS美少女」が、立っていた。


その白い股間は相変わらずもっこりしていたが……そこには異変が生じていた。


なぜなら、彼女の身体を包んでいた白スクは真ん中から完全に斬られていて……


はらりと、彼女の白ニーソの足元に落ちていたからだ……。



つまりこの瞬間に俺は、見てしまった訳だ——


【TS美少女の凸の形にもっこりした純白のブリーフ】


——を……。



その瞬間、狂ったような色彩の空間はモノクロとなり、全ての音が消し飛んだ。

 

つまり俺のフザケた電脳の「パンツァー」が発動した。


「男の娘のブリーフ」で……。



 状況が理解できない俺は、思わず呟いた。


「……え?」


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