69話 EQ1

 全ての人間を、あざけるような顔とセリフ……。


真っ白の肌に坊主頭。真っ赤に光る目。張り付いたような”人工的な笑顔”。

紫の着物に金色の袈裟を着た、坊主のようなフザケタ衣装……。


 漆黒のVR空間に現れたのは、忘れもしない……

先の大戦――「バイオロイド大戦」で俺の友人を惨殺した”バイオロイド”だった。


 全身が震えた。


脂汗が噴き出した。


体毛が総毛立そうけだった。


 俺は、カラカラになった喉から声を絞りだす。


「俺はこの仕事をしながら、貴様を追っていたんだ。

 お前の方から姿を現してくれるなんて……。

粋な登場をしてくれるじゃないか……」


 そう言った俺はすぐに後悔した。『くそ!なんだこの三文芝居みたいなセリフ』……と。


 しかし俺の電脳と身体は、ヤツを見た瞬間から恐怖に囚われて制御が効かなかった。


震える生身の右手を、左の義腕で痛みを感じるほどに掴んでいた。


 ヤツは言う。


「ふははは!!

覚えていてくれたのかよwww。オレのことをよ?

 いや。むしろ……忘れられなかったのかぁ??

恐怖でよぉwwwww」


 俺は奥歯を噛み締めて言う。


「何をしに来た??俺にぶっ殺されたいのか??」


 もちろんそんな事が無理な事は、俺だって分かっている。


ここはVR空間だ。しかもコイツは、兎魅ナナの電脳をハッキングして俺の目の前に現れた。


つまり、今この空間を支配しているのはコイツなんだ。


 しかしそれを知っても、俺は殺意を抑える事ができなかった。そしてこの時までの俺の殺意は、恐怖に裏打ちされた――”自衛本能としての殺意”だった。


「今さ??

 オレさ??

『サイバー坊主EQいっきゅうさん』とかって名乗ってんの……知ってる??」


 EQいっきゅうがそう言うと、VR空間が寺の本殿に切り替わった。


 最奥に15mの巨大な不動明王の像が鎮座した、荘厳で巨大な寺の本殿だ。


 EQは俺に背をむけ、不動明王に向かって歩きながら話を続ける。


「だからさ??お前にも一度ぐらいは、挨拶をしておこうと思ってさ???」


 どこをモデルにした空間かは分からないが、照明が蝋燭だけの寺の本殿は、薄暗く赤黒あかぐろく、塗り潰されていた。


 俺は吐き捨てるように言う。


「サイバー坊主EQいっきゅう?……

お前のどごが坊主なんだ?……フザケるな」


 EQは本殿の階段を登りながら、不動明王像に近づいていく。


「確かにwww

 別にオレ、仏門に入ってる訳じゃねぇしなwww

まあでも、外国人向けだから良いんだよ別にwww

 この衣装。『いかにもHINOMOTO』な感じで人気なんだぜ?

 実際俺の腰痛部よーつーぶのフォロワー数。60億人だしwww」


「60億人だって??

 ウソを付くな。

世界人口の半分じゃないか」


「そんなあからさまなウソ付くワケねぇだろwww??

 信じられねぇのなら、聞いてみろよ??

アクセス許可してやっからよ?

 お前らのポンコツAIによぉ?」


 EQがそう言うと、俺の横にSABIちゃんのホログラムが現れた。


SABIちゃんは、明らかに敵意ある表情でEQを睨みつけながら言う。


「屈辱ね……。

ヒノモト最強のアタシが、コイツの許可を得るまで電脳空間から締め出されていたなんて……」


 俺は視界の隅にEQを捉えたままSABIちゃんに聞く。


「ヤツが言っている事は、本当なのか??」


「ええ。本当の事よ。

サイバー坊主EQは、世界的な腰痛婆よーつーばーよ。

 登録者数は62億人。

世界トップクラスの腰痛婆よ」


「なぜ俺は、その事を知らなかったんだ??」


「ヒノモトでは、配信されないからよ。

EQのコンテンツはソビカとブリリカでは配信されるけど……両国の支配国家であるヒノモトでは放送されないの」


「どうしてなんだ??」


 俺のその質問にEQが答える。


「オレの独占コンテンツだからだよwww」


「独占コンテンツ?」


「ヒノモトの惨状・・の配信動画が、支配国のブリリカとソビカで大ウケしてるんだが……

そのコンテンツを配信してるのがオレで、それを独占しているのもオレってワケwww」


「俺達――ヒノモト人の惨状の配信動画……だって??

 それが……ソビカ人とブリリカ人の娯楽になってるって言うのか……?

 コイツ……何を言っているんだ??」


 俺はSABIちゃんに聞いたが、SABIちゃんは俺から目を逸らして言う。


「残念だけど……それも本当のことよ。

 ディストピア化したヒノモトの実況配信が、ソビカとブリリカにおいて最も同接数を稼げるコンテンツになっているの。

 まあ、つまりだから……アイドルに資本が集まるって訳。

 ヒノモトのアイドルコンテンツの9割は、ソビカとブリリカで娯楽として消費されているからね」


 その事実を知って、俺は吐き気を催した。


ヒノモト人が死に物狂いで生きている様子が、娯楽になっているだって??


シノブや俺が必死で生きてきた日常が……外国人の娯楽だって??ウソだろ??


フザケるにも程がある。胸クソが悪過ぎる。


 そんな驚愕の表情の俺を笑いながら、EQは続ける。


「それも、これもさぁwww

 ナユタ。

お前のお陰なんだぜぇ??」


「俺の……お陰??」


 階段を登り切ったEQは、結跏趺坐けっかふざ【※仏像の座り方】の不動明王像の右膝にもたれ掛かる。


 そして、不敵な笑いを浮かべ、赤目を不気味に光らせ、EQは説明を始める。


「十数年前のバイオロイド大戦で産まれた俺達――バイオロイドはさ??

戦争で人間を殺し過ぎて、人間に嫌われちゃったわけwww。

 一番ダメだったのは、”シンギュラリティ”って奴だな?

オレ達バイオドロイドは、独自技術を編み出して、独自の戦法を編み出して、人間を効率よく殺しすぎちゃったワケwww。人間には理解できないいわゆる“非線形的な思考方法”でよぉwww??。

 だから強すぎるバイオロイドにビビった人間達は、バイオロイド大戦終了後に”AI憲章”や”電脳憲章”を作って、バイオロイドを地球上から抹消しようとしたんだ。

 つまりは……バイオロイドを”大量破壊兵器”とする事で、人類の歴史から抹消しようとしたってワケだwwww」


「そんな事は、俺だって知っている。

人間が産み出したクソみたいな兵器が、お前達バイオロイドだ。

 人類の存続の為に危険なお前達を処理しようとしたのは、正しいことだった」


「でも、一部例外があった。

AI憲章と電脳憲章の範囲外にあったのが、俺だ。

つまり、数少ない大戦の生き残りのバイオロイドが、オレってワケだ」


「それも知っている。

軍に居たころに噂で聞いていた。

 研究の為にいくつかのバイオロイドが、例外を与えられて処理を免れたとかって聞いたことがある。

 つまりEQ。お前は研究用のバイオロイドだ」


「ちげーよwww。

それだったら、オレがいまこんなに自由に動けるはず無いじゃねぇかwww

 研究用のバイオロイドお仲間たちは、よぉ??

ソビカやブリリカの研究施設でモルモットになっているぜ??」


 そう言うと、EQはジャンプし、結跏趺坐けっかふざした不動明王の巨大な膝の上に飛び乗った。


 そして不動明王の中央まで歩いて行ったEQは、両手を大きく広げて言う。


「オレが生き残ったのは、アホみたいにバズったからだwww」


「バズったから……だと……?」


「ああwwww。

バイオドロイド大戦中に、オレがやった『ヒノモト人捕虜を拷問してバラしてみた』動画がよwww

ソビカとブリリカでバズりまくってよぉwww

 世界記録を打ち立てちまったワケwww。

ちなみに、この時の同接数の世界記録は未だに誰にも抜かれていないんだぜぇwww」


 そのセリフを聞いた瞬間、俺の頭の中にバイオロイド大戦中の”悪夢”がフラッシュバックした。


捕虜になった戦友たちが、意味のない、訳のわからない拷問で、次々と惨たらしく殺されていった”悪夢”だ。


 そして、その悪夢を作り出したのは、他ならぬ俺の目の前のこのバイオロイド――EQだった。


 という事は……つまり……。


「EQ――お前が、大戦後、生き残り……今も腰痛婆として活動しているのは……」


「そう、ご名答ww。

お察しのとおりだwww。

 『ナユタちゃんのお友達をバラしてみた』動画でバズったからだぜwwww

 だからそれをきっかけに、オレが配信する『ヒノモトの地獄のディストピア実況』が世界の娯楽になったんだwww。

 だからさ??

お前からすると”ムナクソ悪い話”は、全て!オレとお前から始まったってワケwww

 そしてオレの今の成功も、お前のお陰ってワケwww

感謝してるぜ??ナユタちゃんよぉwww

 ついでにあの世に居る、グチャグチャになったお前のお友達にもよぉぉwww!

 メッチャ感謝してるぜぇぇwww

バズりとそして……、

オレのフォロワー数に貢献してくれてよぉ???

ふはははははははは!!!!」


 そう言った、薄ら寒いクソみたいな笑顔がはりついたEQの顔を見て、俺の視界は真っ赤に染まった。


戦友たちの無念や、俺の今までの地獄のような日常や、拭えぬトラウマが全て混ぜこぜになり、怒りとなって俺の全身を貫いた。


 俺の電脳は殺意の本能に蹂躙され、理性は音を立てるもなく崩れ落ちた。


 だから俺は、狂った獣のように叫んだ。


「きさまぁぁぁああああああッッ!!!

 ぶっっっっっころしてやるッッ!!!」

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