36話 アーカイブ配信

 「月影シノブ&織姫ココロ&紫電セツナのコラボ配信」から、今日で2週間が過ぎていた。


 俺は今、廃墟の前で佇んでいる。


 俺の目の前の”かつてキンザヒルズだった一角”は、黒いコンクリート片や、焼けただれた鉄骨で覆われていた。


 視界一杯に広がる瓦礫の山を見ながら、俺は呟く。


「正に、諸行無常ってやつだな……」


 GT3000紫色のス Type Zポーツカーを路肩に止めた万錠ウメコが、俺の横に歩いて来て言う。


「確かに、世の無常を感じる風景ね……。

 まあ……”自分の妹が生み出した光景でなければ”の話だけど」


 災婆鬼サイバーデビル化した月影シノブが、レーザーで破壊したキンザヒルズの廃墟には、夕日が作り出したオレンジ色の長い影が落ちていた。




 もはや、恒例イベントとなりつつある入院生活を経た俺は、万錠ウメコと外回りの終わりにキンザの街に来ていた。


 俺は入院中ずっと気になっていた事を、万錠ウメコに聞く。


「シノブがキンザヒルズをレーザーで破壊して、人的被害はあったのか?」


 黒タイツの万錠ウメコは、シャンパンゴールドのピンヒールのつま先で、落ちた瓦礫を転がしながら言う。


「一般市民の非難は完了していたわ。

 だってその前に、倒幕新選組フレッシュギャングや、紫電セツナや、シノブや織姫ココロが大暴れしていたから、キンザの街は既にもぬけの殻になっていたのよ」


「それもそうか……。

 しかし、”エモとら”のヤバい性能は、あんたも理解していたのか?」


 万錠ウメコは視点を前に戻し、廃墟を見たまま溜息を付き、説明する。


「”エモとら”の技術概要は理解していたわ。

 ただ、あまりに”想定外”が過ぎるのよ。

 あと、さらに言うなら……父がマッドサイエンティスト過ぎるのよ」


「あんたの親父と言うと……WABISABIを作った万錠カナタってやつだな?」


「そう。私の父の万錠カナタは、パンツァーに対抗する為に……

『感情エネルギー戦力転化型 戦闘AI WABISABI』と、電脳リンクを作ったのよ」


「万錠カナタは、実の娘を実験台にするつもりだったのか?」


「いえ。それは違うわ。

 父は娘である私とシノブを守る為に、この技術体系を作ったそうよ」


「『娘を守る』って言っても、限度が無いか?

 娘がレーザーを吐いても良いのか?

 街の一角を焦土にしても良いのか?」


「それを言われると困るけれど……。

 まあ、でも……彼的には、それで良いのかも知れないわね。

 彼はマッドだから娘を守る為だったら、街を焦土にするぐらい厭わない気がするわ」


「頭がおかし過ぎないか?」


「だから、言っているじゃない。

 万錠カナタは、マッドサイエンティストなのよ」


 そう言った万錠ウメコの顔には、少し疲れが滲んでいた。

俺は”マッド親父おやじ”を持った彼女の苦労を想い、多少同情した。


 俺は、話題を変える。


「シノブの状況はどうなんだ?」


「いたって普通ね。健康そのものよ。

 ただ……サイバーデビルになった時の記憶は、ほぼ無いらしく……

 自分のアーカイブ配信を見る度に、”地獄のどん底”に堕ちたような表情をしているわ」


 それは、想像に難くない。


 不可抗力で裸同然の格好に変身してしまい、挙句、知らない間に街の一角をレーザーで破壊したのであれば、普通の感覚をもった人間なら”地獄のどん底”に堕ちたような表情になるだろう。ワンチャン、一生引き篭もりになっても良いレベルだ。


 万錠ウメコは話を続ける。


「幸いな事に、シノブのアイドルとしての人気は、うなぎ上りよ。

 チャンネル登録者数は1000万人を越えたわ」


「今やシノブは『トップアイドル紫電セツナと互角に渡り合った新人アイドル』だもんな……。

 当然と言えば、当然か?」


「それも、そうなんだけれど……。

 サイバーデビルの姿が人気みたいね。

『とにかくエロい』という感じで、主に“ロリコン”……じゃ無かった、“紳士たち”に評判らしいわ」


「……まじか……。

 ……コメント欄が地獄みたいになってそうだな……」


「そうね。あれは確かに……。

 地獄の蓋が開いたかのようなコメント欄だったわ……」


 俺は、シノブのチャンネルのコメント欄が、”紳士たちの社交場”という名の地獄になっている様子を想像した。昼に食った蕎麦が口から出そうになった。


 だから、俺は気分を紛らわす為に、またしても話題を変える。


「そういえば……紫電セツナはどうなったんだ?」


「行方不明ね」


「死体は?」


「見つからなかったわ。

 ……と言うか、シノブのレーザーの直撃があった場所は、融解や蒸発したから『探しようが無い』と言うのが本音なんだけれど……」


 俺は呆れて言う。


「最早言い過ぎた感が出てきたが……やっぱ、無茶苦茶だな」


 万錠ウメコも、廃墟を見ながら言う。


「そうね。無茶苦茶ね」


 ここで万錠ウメコは腕組みを解き、タイトスカートの腰に手を当てて俺の方を向き、微笑む。


「それじゃあ……。

 今日の仕事はこれで終わりよ」


 俺は、わざとらしく驚いた顔を見せる。


「え?マジで?定時で帰って良いの?」


「何?その言い方?

まるで私が常日頃、ナユタ君に残業を強いてるみたいじゃない?」


「自覚が無いのか?

 俺は、常日頃から所長様に残業を強いられているんだが?」


「でも、ナユタ君って……書類仕事を残してでも、ときどき強引に定時に帰るじゃない?」


「当たり前だ。

 俺の最推し――ヒストリー系AI腰痛婆よーつーばー『静かなる御前ごぜんたん』の配信は、仕事の1000倍重要度が高いんだ」


「呆れた……。

 まあ、書類仕事については、次の日に取り戻してくれれば文句はないわ。」


「ああ。推しの為なら次の日が書類地獄になっても仕方が無い。

 でも……今日に限っては、どういう風の吹き回しなんだ?」


「快気祝いよ」


「快気祝い?」


「そう。快気祝い。復帰のお祝いよ。

 ニューシンジュクの居酒屋に予約をとっているわ」


「マジで?

 復帰のお祝いって……もしかして……俺の事か?」


「他に誰が居るのよ?

 まあ……

ナユタ君の快気祝いに加えて、歓迎会も”兼ねて”いるんだけれどね?」


「そういうのは良くないぞ」


「良くないかしら?」


「ああ。良くない。

 ヒノモト人のそうやって……飲み会の名目をやたらと”兼ねる”風習は良くない」


「でも、もちろん。行くでしょ?」


「いや、俺はいかない」


「は?」


「今日は、『静かなる御前ごぜんたん』の配信日だからだ。

 ちなみに、20時からだ。お前も見ろ。」


「『お前も見ろ』じゃないわよ。布教がヘタクソ過ぎるわよ。

 そんなの”アーカイブ配信”を見れば良いじゃない」


「『そんなの』とは随分な言い方だな。

それに嫌だ。俺はリアタイ ガチ勢なんだ。

 それに名目も気にくわない」


「快気祝いに歓迎会も兼ねた事?」


「ああ。そうだ。

 そもそも俺は、酒は一人で静かに呑むタイプなんだ。

 俺の為の飲み会だなんて、むず痒くて苦手だ」


「ふーん……。

 なるほどね……」


 と言った万錠ウメコは、青髪超ロングをかき分けて微笑み、少し悪戯っぽく笑って言う。


「じゃあ、こう言えばどうかしら?

 『私がたまには、呑みたい気分』って?」


 彼女の美しい笑顔と、黒タイツに俺は少しドキッとする。


「ひ、一人で飲めば良いじゃ無いか」


 さらに彼女は、流し目の上目遣いで、俺の目を見る。


「じゃあ……『私が、ナユタ君と呑みたい気分』……って事なら、どうかしら?」


「・・・」


 そう言った”黒タイツ所長”の、夕日の赤とピンクで彩られた微笑みは、匂い立つほどの色気があったので、俺の“煩悩”が激しくざわめいた。


 くそ!腹黒ブラック女神の癖に!!


俺の穏やかな心を乱してくるこの女は、やはり俺の天敵だ!!


負けるものか!!しかし、公費でタダで呑める酒は最高だ!!


 だから、仕方無い!参加してやろうじゃないか!!


 嫌々だが、”しゃあなし“で参加してやろうじゃないか!!


 俺の”快気祝い 兼 歓迎会”ってやつに!!


 ……という感じで、俺は万錠ウメコと酒の誘惑に負けて、夜のニューシンジュクに向うことになった。


 もしかすると俺って、単純バカなのかもしれないな……。





―――――


――――


―――





【某所】




「マジで笑えるww この動画見てみww」


「これは……アイドルのアーカイブ配信ですか?

 しかし、この男は……誰ですか?」


「いや覚えてないのかよww ブッ転がすぞ www」


「そう言われましても……。 検体数が多過ぎて流石に覚えていられません」


「ナユタって奴だよww お前が電脳を弄った元軍人だよ ww」


「ああ……。 ちょっと思い出した気がします……。

 しかし彼は、死んだ筈では?」


「いや、だから笑えるんだってww あのゴミ同然のポンコツのパンツァー移植して、まだ生きているなんてさwww」


「確か……EQいっきゅうさんが保管されていた電脳でしたよね?

 この男の電脳に移植したパンツァーは……」


「そうそう!! 10年以上前の人間の腐った電脳!!

 それでピンピンしてるなんてww マジでウケるwww」


「確かに、ちょっと笑えますね」


「これも、諸法無我しょほうむがって奴なのかww

腹痛えwww」


「しかし、どうされますか?彼?

野放しで良いんでしょうか?」


「良いんじゃね? どうせ放っといても、パンツァーに喰われて死ぬしwww」


「それも、そうですね」


「俺は、忙しいんだ。なんせ、“スカウト”に行かないといけないからなww」


「そうですか。また”スカウト“ですか。

 ところで、バイオコンピューターの調子は如何ですか?」


「ああ……。もうちょっと欲しいかな?人間の電脳」


「それじゃあ、また例の“派手な広告トラック”をひとっ走りさせて来ます。

 新鮮な死体が必要になりますので」


「ああ。頼む。しかし笑えるわww このナユタってやつww

 死んだら、みんなで解剖しようぜwww」


 



――――――※お礼と告知―――――




 「2章 アイドル」は、ここで終わりです。


 ここまで読んでくれた方に最大の感謝をお伝えします。

皆さんの応援が無ければ、私がここまで書く事は出来ませんでした。


 「3章 ドウセツ」については、少しお休みを頂いてから開始したいと思います(2023年 8/14から再開します)(活動報告と異なり申し訳ございません)。


再開は、私のTwitterとこちらの活動報告にて行います。もし、まだの方はフォローかブックマークをお願いします。


 評価や感想は、私の創作の唯一の糧です。作品の為にも是非お願いします。

高評価を頂けると嬉しいですが……お気軽にお願いします。


 最後に、もう一度……

ここまで読んで頂きありがとうございます!!

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