13話 万錠ウメコと話そう

【ナユタ視点】


 俺は万錠ウメコに必死に説明をしていた。


 もちろん、黄泉川タマキが剥いたリンゴを食いながらだ。

けっこう美味いな、これ。


 俺は誤解が無いように、全てをつまびらかに説明する。


 俺が、黄泉川タマキがサイボーグだとは知らなかった事――

 彼女が、胎生サイボーグである事――

 全ては、学術的な好奇心から端を発した崇高な行為である事――


万錠ウメコは、俺のその必死の弁明を、リンゴを食いながら聞いていた。


 そして、彼女は今までで一番優しい声で、笑顔で俺に言う。


「なるほど理解したわ。そういう事だったのね?――とは、ならないけれど?」


 ダメだったようだ。


 そして万錠ウメコは、黄泉川タマキが座っていたパイプ椅子に座る。

今日の彼女の黒タイツは30デニールだ。色が薄めの黒タイツも、俺は好きだ。


 余談だが……黄泉川タマキは、万錠ウメコと交代で事務所に帰った。


 俺とあんな事をしておきながらも、悪びれる様子も無く、至って普通の笑顔で黄泉川タマキは病室を後にした。


俺はそれを見て、女の真の恐ろしさを垣間見た気がした。


 ため息をつきながら、万錠ウメコは言う。


「所長の立場として言うなら……。

 所員があなたと何をしようが、どんな関係だろうが、知ったことでは無いわ。

 ただ、時と場所は分けまえて欲しいわね」


「俺もそう思う」


 彼女は、腕を組みながら、俺を見下し微笑みながら言う。


「じゃあ、どうして4人部屋の病室で、タマキさんの胸を鷲掴みにしようとしていたのかしら?」


 俺は反論する。


「鷲掴みにしたかった訳じゃない。それに、仕方が無い部分があった。

しかし、もう弁明は面倒だし、この際だ、ハッキリ言おう。

俺はおっぱいも・・・・・好きだ」


おっぱいも・・・・・って何よ?」


「俺は、女の脚が好きだ。ケツも好きだ。でも、おっぱいも好きだ」


「だいたい全部じゃない?

 もう、そんな事…どうでも良いけれど…」


 万錠ウメコは凄く呆れていたが、俺は何故か逆に興が乗って来た。


 そうだ。そもそもおかしいじゃないか?


先に俺の手を、谷間に差し入れようとしたのは、黄泉川タマキの方なんだぞ?


多分、5割ぐらいは、不可抗力なんだぞ?


 そんな感じで、理不尽に対する怒りが、沸々と湧いて来た俺は、

右手で拳を作り宣言する。


「そのとおりだ。あんたが言ったように俺は女の全部が好きだ。 

 俺は、女の色んな部位にフェチズムを感じる事が出来る博愛主義者だ。

 巨乳も貧乳も好きだ!

 大人もロリも好きだ!

 二次元は好きだし!

 三次元だってそこそこ好きだ!

 それに、ケツなんて『大好き』だ!

 しかも、黒タイツとか絶対領域なんて『死ぬほど大好き』だぁあ!!」


 「あれ?社会的に死んだ?」と一瞬思ったが、

言ってしまった物は仕方が無い。


 そもそも、黄泉川タマキが悪い。そうだ。俺は全く悪くないんだ!


巨乳をさらけ出し、俺の左手を弄んだ黄泉川タマキが全部悪いんだ!


 …という感じで、

俺が「開き直り」と「自殺願望」の割合が3対7ぐらいの宣言をブチかましたところで、万錠ウメコは、俺から若干目を逸らして言う。


「もう……分かったわ。

 あなたがどうしようもない人って事がね……。

 だから、ともかく…その恥ずかしい宣言はもう辞めて……」


 強気な彼女なら、俺のアホな宣言を聞いて、持ちうる限りの軽蔑と冷酷さで俺を殺そうとしてくるかと思ったが、彼女は意外と素直に引き下がった。


 しかも、心無しか、少し恥ずかしがっているようにさえ見える。

「意外と可愛いところもあるんだな」と、俺は彼女の少し赤らめた横顔を見ながら思った。


 そして、彼女は話を仕切り直すように、パイプ椅子の位置をなおし、目を伏せたまま、自分の膝の黒タイツを指で触りながら、話を始める。


「あなたの担当医から、詳しい話を聞いて来たわ」


「俺の電脳の事か?」


「ええ。そうね。」


「アイツは守銭奴だぞ? 金をせびられなかったのか?」


 俺の質問を聞いた彼女は、首を傾げ「ふふ」と笑う。

彼女の艶やかな青髪ロングが彼女の片目を僅かに隠す。


「奉行所の権威は地に落ちたとは言え。私は同心よ?

 こういう時こそ、権力の使いどころじゃない?

 私の仕事の話をしたら……あなたの担当医の彼、懇切丁寧に説明をしてくれたわ。     

 もちろん無償でね?」


「・・・」


 先程、俺は彼女に対して――「意外と可愛いところもあるんだな」とか思ったが、訂正しよう。


やはり、この女はブラック女神だ。間違いない。

今、万錠ウメコが見せた「ふふ」笑顔は、可憐な女がする仕草じゃない。


 俺は彼女に対する意識を改め、質問をする。


「それで、あんたは、俺の担当医から、どんな情報を聞いたんだ?」


「知りたい?」


「当たり前だろ」


「じゃあ、教えてあげるわ?」


 と彼女は、得意の「ブラック女神節」を復活させ、俺にご高説をしてくれる。


「実のところ…私はあなたのパンツァーがどういう物なのか、ある程度知っていたの」


「どういうことだ?」


「詳しく話すと、退屈だろうから、簡単に説明するわ――

 あなたのパンツァーの根本技術は『電脳リンク』に通じる物なのよ」


「電脳リンクってあれか?

 電脳どうしでテレパシー的に会話する奴だろ?」


「そもそも、どうしてあれが、

『チャット』とか『会話』とかじゃなく、

『電脳リンク』って名付けられているか知らない?」


「そういえば、それは疑問だったな。

 俺が軍に居た頃は、あの種の技術は『思考会話』と呼ばれていた筈だ」


「そう。そのとおりね。

 だから、『思考会話』と『電脳リンク』は全くの別物なのよ」


「え? そうだったのか?」


「ええ。電脳リンクとは……

戦闘AI WABISABIを経由してヒトの電脳同士を繋げる新しい技術なの。

 つまり、思考だけをやり取りする『思考会話』と『電脳リンク』は一見、同じような機能に見えるけれど、全く別の技術なのよ」


「いや、ちょっと待て。

 『電脳リンク』がヒトの電脳同士を繋げる技術だって?

 それは……危険じゃ無いのか?」


「『電脳リンク』自体は危険じゃ無いわ。

 でも……『電脳の直結』は危険ね。

危険過ぎて『電脳憲章』で禁止されてるもの」


 黄泉川タマキの話と通じる部分があるが、

『電脳の直結』は大戦時に人体実験がされたという話を聞いた事がある。

 確か、全ての人間が発狂して死んだとか…。


 万条ウメコは話を続ける。


「だから『電脳リンク』では、WABISABIを経由するの。

 『電脳リンク』とは、AIを使って複数の電脳を疑似的に繋げる技術なのよ」


「て言うか、WABISABIってそんな機能を搭載した戦闘AIだったのか?」


「ええ。だって実験室レベルの最新鋭の戦闘AIだもの。」


「何故、そんな戦闘AIがこんなところに?」


「それについては、後で教えてあげるわ。今は重要じゃ無いし……」


 彼女は脚を組み替えて、話を続ける。


「ともかく、ナユタ君に知っておいて欲しい事は――

あなたのパンツァーは、

そのヤバい『電脳の直結』を無差別に周囲の人間に行う技術なのよ。」


「え!?俺は、周囲の人間の電脳と『直結』してたのか! ヤバくないか!?」


「ヤバいわね」


「何故発狂しないんだ?」


「何故なんでしょうね? あなたの電脳を開けてみたら分かるかもね?」


 それは嫌だ。なので俺は話題を変える。


「っていうか! パンツァーって時間を止める能力じゃ無いのか?」


「それは……パンツァーの一つの形であって、しかしそれがパンツァーの全てでは無いわ」


「え?どういうことだ?」


「今は、説明してもよく分からないと思うから…

 ひと先ずは、「誰かれ構わず電脳を繋げる技術」と思って頂戴」


 分からないなら仕方がない。

 そもそも、俺は、実際的な人間だ。よくわからない話を聞きたくは無い。


「でも、なんでパンツを見た時に発動するんだ?」


「それは知らないわ」


 そして、彼女は顎に手を当て、考えながら話を続ける。


「あくまで予想だけど――パンツァーは人間の電脳を限界まで使うような、無茶苦茶な性能を持つ代わりに、動作が不安定なのよ。

 だから些細な『感情』で発動したり、しなかったりするのかもしれないわ」


「感情って、そんなに重要なのか?」


「感情を舐めては、いけないわ。

 特にシノブのような思春期の子のはね?」


「シノブ? どうして、今、彼女の話が出てくるんだ?」


 そして彼女はため息を吐く。「やれやれ」とでも言いたげだった。


 少し腹が立ったが、彼女の美貌と美脚と黒タイツに免じて堪えた。


「ともかく、あなたに注意してほしい事は、パンツァーは『かなり危険』っていう事よ」


「『かなり危険』ってどれくらいに?」


「寿命が縮まるくらいに」


「マジで?」


「マジよ。 あなたの担当医によると、今回の事であなたの電脳が、わずかに萎縮したそうよ。」


「マジか…」


「もちろん、今すぐ何かが起こる訳じゃ無いけれど……

 パンツァーを使えば使う程、あなたの脳は干乾びていくわ。

 まあ『緩やかな自殺』って訳ね」


「穏やかな自殺か……」


「ええ。そうよ。でも、まあ……仕方無いわよね?」


「いや、仕方なく無いが?」


「そうかしら?

 あなた、私の大切な妹のパンツを少なくとも2回は見てるんでしょ?

 それぐらい安い物じゃ無い?」


「うぐ!! ……冗談にしても、趣味が悪過ぎないか?」


「そうかしら?」


 そして、彼女は呆れたように俺を見る。

あるいは、その表情は哀れみにも見えた。


どっちにしろ怖いんだが?


 そして、彼女は言う。


「もう時間が無いから、今日はこれぐらいで失礼するわ。

 色んな情報があり過ぎて、あなたにも整理する時間が必要でしょうから……」


 そう言って万条ウメコは、パイプ椅子から立ち上がった。


 さらに、彼女は付け加える。


「最後に、もう一つだけ、言うけれど—―

 電脳リンクとWABISABIは――私の父『万条カナタ』がパンツァーに対抗する為に作った技術なのよ」


 ……そして、彼女は微笑み……


「お見舞いのブドウ。ちゃんと食べてね?」と言いながら、病室を去って行った。

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