10話 シノブの実況配信5


 なんとか危機を脱した俺は、

撮影を継続したまま安堵のため息をついた。


そして俺は電脳リンクで実況配信中の月影シノブに言う。


『月影シノブ。落ち着いて作業を続けながら聞いて欲しい』


『どうされましたか?』


『君のパンツが見えそうだった・・・


『ひゃあぁ!!』


 彼女は、右手で苦無を研ぎながら、左手で尻を押さえた。

器用な事ができるんだな。


 俺がそう思った瞬間――特大の頭痛に襲われた。


 鼻血がさらに流れ、心臓が早鐘を打つ。


 視界が狭まり暗くなる。


 これはマズイ。意識が遠のく……。


 これが、美少女のパンツを三度も見た代償なのか…??


『プ、プロデューサーさん? もう私のパンツは見えないですか?』


 という彼女の電脳リンクの声を聞き、俺は彼女の尻を見る。


 大丈夫だ。パンツは見えていない。


 シノブの尻は良い丸くて良い形だった。


 しかし、俺の視界が急激に、にじむ。


 いよいよヤバい。

思考も出来なくなって来た……。


 朦朧とした意識の中、俺は彼女を安心させる為に言葉を探す……。

後になって俺は「何でこんなこと言ったんだ!?」って後悔したが、仕方がない。

だって頭はフラフラ。鼻血はドバドバだったんだぜ?


 とにかく俺は、渾身の力を振り絞って、月影シノブに電脳リンクで発信した。


『安心しろ。シノブ……君のケツは……良い……ケツだ……』


『え!?私のお尻!?』


 と彼女が言ったと同時に俺は後ろに倒れ、身体が宙に浮いた。


空中に取り残された鼻血は、深紅の弧を描いた。


「プロデューサーさん!?え!?鼻血!?」という月影シノブの声が聞こえた気がしたが……。


 俺の後頭部は、地面に激突し……。


 俺は完全に、意識を失った………。



――――


―――


――



【 万条ウメコ視点 】



 私が1Fの事務所で、書類作業をしていたところ、

地下の格納庫から、妹の月影シノブが泣きながら駆け上がってきたの。


 彼女は、涙を流しながら叫んだわ。


「お姉ちゃん!!プロデューサーさんが!プロデューサーさんが!!」


 彼女のただならぬ様子に、私はデスクから立ち上がり思わず彼女の本名を漏らす。


「どうしたの!? タケコ!!」


「や、やめて下さい! 私のダサい本名を叫ばないで下さい!」


 タケコ…じゃ無かった…シノブは泣きながら、続ける。


「そんな事よりもプロデューサーさんが!!

 配信中に私のお尻を見て鼻血を出して!脚立から落ちて!死んでしまいました!!」


「え……?」


「ですから!

 プロデューサーさんが!私の脳内に直接『君のケツは良いケツだ』って言いながら、鼻血を出しつつ脚立から落ちて、頭からコンクリートにダイブして亡くなられたんです!!」


 そのシノブの話を聞いて、私は言う。


「……意味はわからないけれど、ナユタ君の『変態さん』疑惑が確信に変わったわ。

 でも、シノブ?

WABISABIでナユタ君のバイタルは確認したの?」

 

「あ!!まだです!!」


「じゃあ早く、格納庫に行きましょう。

理由は何であれ、放っておいて良い状況じゃ無いわ」


 そして地下格納庫に着いた私は、鼻血だらけのナユタ君の口に耳を近づけて、呼気を確かめる。


「息はしているわ。少なくとも、死んでいないのは確かね」


 シノブが涙を拭いながら、安堵の表情で呟く。


「ああ……。良かったです……」


 私は、WABISABIをコールする。


「へい!WABISABI!!

 ナユタ君のバイタルを確認して!」


「はい。ウメコ様。

 少々お待ちください……」


 直ぐにWABISABIから報告が上がる。


「ナユタ様の電脳に強大な負荷が観測された為、現在電脳がオーバーヒートし強制停止されています。

 しかし、人間の電脳は非常に高スペックである為、『常識的な使用の範囲内』では、このような状態には陥りません」


 私は、その事について一旦考えてから、WABISABIに質問する。


「つまり……ナユタ君は使ったのね?

 パンツァーを?」


「はい。そのように予測されます」


 シノブが私に聞く。


「パンツァーってもしかして……プロデューサーさんの『変態さん能力』……ですか?」


 私はシノブの質問を一旦さえぎり、WABISABIに命令をする。


「WABISABI。

シノブのさっきの配信の動画を再生して。

加えて、シノブのナノマシーン衣装を駆動して、ナユタ君の電脳の治療にあてて」


「かしこまりました。ウメコ様。

 それではこれより、シノブ様の先程の配信を再生致します。」


 そして、私達の目の前にホログラムが現れ、シノブとナユタ君の撮った動画が再生された。


そこには、シノブが苦無を研ぐ様子が映し出されている……。


 でも私は、その動画に違和感を覚え、停止させた。


「なるほどね?……ここね。」


 シノブが不思議そうに私の顔を見て言う。


「私が苦無を研いでるシーンですね? 何か変でしたか?」


「カメラの画角が急に変わるのよ。

 もう一度再生するわ。見てちょうだい」


 私は問題のシーンを再生して、シノブに見せる。


 シノブが言う。


「あ!本当ですね!

 私の背中からの映像が、私の上からの映像に切り替わりました」


「カメラは1つしか無かったのね?」


「はい。もちろんそうです。

 手作り感のある動画作りを心がけていますので」


「あなたの後ろに倒れている脚立は、撮影の最初からあったの?」


「あ!そういえば……この脚立は、最初は無かったですね。

 おかしいな?これは、一体いつから?」


 私は、説明する。


「それは、彼が『パンツァー』を発動して動画の撮影中に、どこかから持ってきた脚立なのよ……」


 そして、私はシノブに「パンツァー」について説明したわ。

もちろん、今回の配信で彼の身に何が起こった事についても……。


 ひととおり説明を終えたシノブは呟く。


「そう……だったんですね。

 プロデューサーさんのパンツァー……本当だったんですね…」


「ええ。そうよ。

 でも、彼自身、女の子のパンツは好きらしいけれど……」


 そして、シノブは倒れたナユタ君を見て、さらに呟く。


「しかも、パンツァーを信じて無かった私を……

 プロデューサーさんは、2度も身を呈して守ってくれていたんですね」


「まあ、そうなるわね。」


 そして、シノブは丈の短いピンクの着物の裾をギュッと掴んで、俯いて顔を赤くしたの。


 その様子を見て、私は驚いて、シノブに聞く。


「シノブ……あなた、もしかして?」


「え?」


と言って顔を上げたシノブは、頬を桃色に染め、目は濡れたように潤んでいたわ。


だから、この時に私は、やっと気付いたの。あの子の感情に。


 おそらくシノブはまだ気づいていないけれど…。

私は、彼女の感情の変化に、本人よりも早く気づいたわ。


曲がりなりにも、シノブの姉だからね?


 とにかく、シノブの感情の変化に気付いた私は「ある決心」をし、彼女に言うの。


「突然だけどシノブ。

 私、あなたに言いたい事があるの」


「ど、どうしたんですか?

 お姉ちゃん?藪から棒に……」


 私は、意識の無いナユタ君の髪をそっと撫でながら続ける。


「私、ナユタ君の事を好きになったのかもしれないわ?」

 

 シノブが目を真ん丸にして聞く。


「え?」


 そして、私はもう一度、念を押すように言うの。


 彼女が決して忘れないように。


「私ね。恋に落ちたかもしれないの。ナユタ君に」




  もし、先にひとつだけ、言い訳ができるのなら……


 私はこの時に”感情”を売って”鬼”と契約したのかもしれないけれど、それは仕方のない事であり、必然だったと思うわ……。


 それでも私は、この時の決心を何度も後悔する事になるの。


私達がもう少し”まともな家”に産まれれば、あんな訳の分からない事にはならなかった筈だから……。

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