7話 シノブの実況配信2

 織姫ココロと別れ、俺と月影シノブは西奉行所アイドル事務所に戻っていた。


 そして俺は今、地下の格納庫にいる。


格納庫の空きスペースは広く、パーテーションで区切れば簡単な撮影ブースが作れる。


ここの格納庫は装備だけは、かなり充実している。


俺はカメラを手に持ち、月影シノブを待っていた。


 彼女は今日の配信に自信がありそうだったが、一体何をするつもりなんだろうか……。


「お待たせしました!」


そう言って事務所から降りてきた月影シノブは、いつものアイドル衣装に着替えていた。


 月影シノブのアイドル衣装について、改めて説明するが……


まずセーラー服を思い描いてほしい。それをピンク基調にしてフリフリな感じにしたのが、彼女のアイドル衣装だ。

もちろん俺が大好きな絶対領域もそなえている。


 しかし、あえていうなら「よくあるアイドル衣装」だ。

俺個人としては好きな衣装だが、オオエドシティのアイドル達の尖った個性とくらべると「普通」と呼べるかもしれない。


 俺は彼女に質問する。


「それで、何をするんだ?」


「作業配信です!」


「作業配信?なんの?」


「私のお気にいりの武器、電脳苦無サイバークナイを研ぎます!」


「え?苦無を研ぐ?

 配信中に?

どこに需要があるんだ?

ニッチ過ぎないか?」


 月影シノブはワザとらしく肩をすくめた。そして、ため息をつく。

『プロデューサーさんって素人さんですか?』とでも言いたいのか?


 月影シノブは説明をはじめる。


「もちろん。電脳苦無サイバークナイを研ぐだけでは、面白くもなんともありません。

 むしろ『刃物研ぎガチ勢』に怒られるまであります」


「じゃあ、どうするんだ?」


「私はくわしく知りませんが、なんか流行ってるアニメのキャラ……『機密の刃のネルコ』のコスプレをして苦無を研ぎます!」


「ああ。なるほど。

 織姫ココロの配信をパクって――って言ってたな」


「パ、パクりじゃありません!!インスパイアです!!

 『コスプレ苦無研ぎ』の配信なんて見たことありますか!?

 まったくもって!新しいアプローチです!!」


「確かに、それは見たこと無いが……

 でも需要あるのか?」


「需要は『探す』のではありません!!

 『作る』のです!!」


「ベンチャーザイバツの社長の名言みたいだな」


「バズると思いませんか?

 『コスプレ苦無研ぎ配信』!」


「何ともいえないが、シノブがやる気なら試してみても良いかもな。

 しかし、一点疑問がある。

コスプレ衣装はどこにあるんだ?」


 月影シノブはアイドル衣装のスカートのすそを、手でヒラヒラしながら言う。


「この『ナノマシーン衣装』を使います」


 俺は怪訝な顔になる。


「ナノマシーン衣装?」


「ええ。『ナノマシーン衣装』です。

 とにかく、今から着替えますので見ててください」


「え!?見てて・・・良いの!?」

 

 あせる俺をよそに、月影シノブは”空中”にむかって言う。


「へい!WABISABIわびさび!!

 私のナノマシーン衣装を『機密の刃のネルコ』と同じ見た目にして!」


 空間を切り裂くように、俺達の目前に、緑色の肌の美女のホログラムがあらわれる。

 そして”彼女”は言う。


「了解しました。シノブ様。

『機密の刃のネルコ』ですね?

これよりナノマシーン衣装に適用します」


 その瞬間、月影シノブのアイドル衣装が目がチカチカするぐらい緑色に光る。


どれくらい緑かって言うと、RGBの「R0 G100 B0」ぐらいの”クソ緑”だ。

ちなみにカラーコードの#00FF00だ。


 そして、あっというまにアイドル衣装は、ピンク色のミニ丈の着物に変化した。


月影シノブのその衣装は、アニメキャラ『機密の刃のネルコ』とほぼ同じ見た目だった。


 俺は感嘆する。


「おお。凄いな!

これがナノマシーン衣装の機能なのか?」


 俺が感心していると、空中に浮いた美女AIのホログラムが、俺に向かい深々と会釈しながら名乗る。


「初めましてナユタ様。

ワタクシがシノブ様の戦闘AI

WABISABIわびさびでございます」


 WABISABIは、緑色のショートヘアに緑の肌。澄んだブルーの瞳に、キリっとした眉。グラマラスな体をぴったりしたボディースーツでつつんだ、”超絶美女AI”だ。


 お前たちが妄想する中で最高のスタイルで最高の二次元美女を、描いてほしい。それがWABISABIの容姿だ。


 つまり、二次元ヲタ達の妄想の結晶が”戦闘AI WABISABI”だ。


 だから、二次元萌えキャラ大好きな俺は、彼女を見て一瞬で心をうばわれた。


あまりの興奮に俺は、腹の底から「うっほ!!萌えぇえええ!!」と叫び声をあげそうになった。


しかし月影シノブに、今まで以上に「変態さん」扱いされるのは嫌なので、なんとか堪えた。


 しかし、そんな俺の様子を見て、月影シノブは心配そうに言う。


「プロデューサーさん?

 WABIわびちゃんが出てきた時、めっちゃ鼻の下が伸びたように見えましたが大丈夫ですか?

 何かの持病ですか?」


 どうやら、表情は誤魔化せなかったようだ。


「し、しかし、WABISABIは、戦闘用AIなんだろ?

 ナノマシーン衣装を変化させるのは、本来の役割とは違う気がするんだが?」


 WABISABIが、美人に微笑みながら説明する。


「忍様のナノマシーン衣装は、植物細胞大のナノマシーンからなる『多目的兵装』でございまして、それらの制御と管理をおこなうのがワタクシの主な機能でございます。

 もちろん他にも様々な機能がございますので、ワタクシにつきましては『統合戦闘AI』とご理解いただければ、幸いでございます」


 俺はさらに質問をする。


「ナノマシーン衣装は、多目的兵装なんだな……っていうか多目的兵装ってなに?」


 ピンクのミニ丈着物の月影シノブは、袖をヒラヒラさせながら説明する。


「私がコンビニ強盗さん達をボコす動画を、先日、プロデューサーさんに見てもらいましたよね?

 あの時に私は弾丸を弾いたりしてましたが、あれがナノマシーン衣装の機能なんです」


 確かにあの時の月影シノブは、人間離れした戦闘能力を示していた。

あれがナノマシーン衣装の機能であれば、すべてが納得できる。


 WABISABIは、澄んだ声の美人笑顔で説明する。


「ナノマシーン衣装の機能は多岐におよんでおりまして……

電脳や筋力のブースト、シールドの発生、各種ワザの発動、

そして、ケガの治療……など様々でございます」 


 ミニ丈着物の月影シノブが、それに続く。


「ナノマシーン衣装とWABIちゃんは色んな機能があるのですが、私はまだまだ使いこなせていません。

 今の私は、こんな感じのステータスです。」


 月影シノブが、そう言うと同時にWABISABIが両手を広げる。


WABISABIの胸の前に、緑色のホログラムでステータスが表示された。

俺は『激萌えAIの胸の前にステータスが表示されると目が滑るな』と思った。



―Your Idol Status―――――


/// 月影シノブ ///


lv. 1

バトルスタイル : 忍者

属性:妹 丁寧語 無個性


攻撃 : 30  防御:10 ボーカル :5 ダンス : 50 可愛さ : 30 


【 陽キャ:1 陰キャ:90 パリピ:100 厨二:60 】


スキル : 格闘 lv.3 忍術 lv.1 刃物研ぎ lv.2 神社仏閣巡り lv.3 パンチラlv.1


――――――――――――――



 月影シノブのステータスをひととおり見た俺は、言う。


「なぜか色々と突っ込みたい所が、あるんだが……

 月影シノブって、”陰キャでパリピ”なんだな……」


 それについて、WABISABIが美しい笑顔で解説する。


「ナユタ様のご指摘のとおり、忍様は世にも珍しい『陰キャでパリピ』です。

 例えるなら、『多数の友達を誘ってお祭りに行くことに抵抗は無いが、帰るときにはなぜか一人になって、寂しい感じになってしまう』タイプでございます」


 俺は言う。 


「それは……悲しいな。

最初から一人より余計に寂しい気がする」


 WABISABIも、悲しげな美人顔で言う。


「ええ。

 陽キャの中でも陰キャの中でも浮いてしまう――立ち位置が繊細なタイプと言えます」


 月影シノブは慌ててステータスを強制終了し、少し涙を浮かべ真っ赤な顔で言う。


「二人で私の黒歴史をリフレインさせないでください!!

夏祭りの帰りに一人さびしく泣いた思い出が生々しくよみがえります!!」


 俺は言う。


「うん。なんか、すまなかった。

 ともかく今後のプロデュースの参考にしようと思う。

 月影シノブのステータスは俺でも確認できるのか?」


 美人に微笑みWABISABIは答える。


「もちろんでございます。

 シノブ様のプロデューサーであるナユタ様でしたら、いつでも閲覧可能な情報でございます」


 腕組みをし、頬をふくらませた月影シノブが言う。


「でもあまり見ないで下さいね?

 プロデューサーさんの”変態さん認定”を上方修正しますからね?」


 これ以上ステータスの話をすると、月影シノブがまた泣き出しそうなので、俺はカメラを持ち上げ話題を元に戻す。


「それじゃあ、コスプレも終ったし、撮影を開始しないか?

 やるんだろ?『コスプレ苦無研ぎ配信』」


 彼女は「ハッ!」と言ってから叫ぶ。


「そうでした!!

 すっかり忘れていました!!」


「忘れないでくれ。

 俺達の今の状況を事情を知らない人が見たら、タダのコスプレイヤーとカメコだからな?」


「”ローアングラーの変態さん”のプロデューサーさんには、ピッタリの役柄じゃないですか?」


「急にキャラに合わない鋭利なディスりをするな。

ビックリし過ぎて心臓がキョドったじゃないか」


 月影シノブは手を打ちながら言う。


「ともかく分かりました!

 それじゃあ私、刃物研ぎの準備をしますね?」


 と言った月影シノブは、ミニ丈ピンク着物のすそを振り回しながら配信の準備にとりかかった。

 

 こうして俺と月影シノブが作る、初めての”生配信”が始まった。


 まあ、もちろん……

順調には行かないんだが……。

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