第7話夢 どなどな

 コンコンと木製のドアがノックされる。


「騎士団長。ご命令通り騎士をお連れしました」


 刹那の間を置いてドアの向こうから老齢な男性の声が聞こえるた。


「入れ」


「失礼します」


 従者の青年がドアを開けるので俺は一足先に部屋に入る。


「急に呼び立ててすまなかったね」


 騎士団長の背後には、採光のための開閉式の大きなガラス張りの窓があり、机は立派な樫の一枚板で出来ている。


「いえ。それでご用件はなんでしょうか?」


「相変わらず。無駄を嫌うようだな君は……さて話と言うのは他でもない。君を欲しいという貴人が入らっしゃってね。今日の早朝。打診があったのだ」


「昨日呼び出しを受けたと聞いているからその時の話があっただろうから誰かの推察は出来ていると思うが、お転婆姫からの要請だ。『何でもこの度。私の近衛を中心とした騎士団を設立し王都の治安維持に貢献したく思い。騎士として事務作業及び部隊を率いた経験のある騎士を顧問として借り受けたい』との事だ」


「は、はぁ……」


 一か月は先の事だと思っていたが存外フットワークが軽いようだ。


「つまり君をご指名の引き抜きだ。

私としては要領のいい君のような人材は、魔窟の傍に置きたくないのだが、蝶よ花よ陛下に育てられた。あの御仁を止められる者などおらんだろう。……と言う訳で今日付けで君はこの第五近衛騎士団から出向という形で姫の部下となる」


「はっ」


「一応。出世と言う事になり、給金や手当が付く……向こうでも頑張れよ」


「激励の御言葉ありがとうございます」


「出来るだけ早く、呼び戻してやるから何とか耐えてくれ」


 どうやら騎士団長と言う地位にる彼でも、彼女の野望は見抜けてはおらず。無茶と我儘を言うだけの愚かな姫として、認識しているのだろう……


 俺は姫の計画を邪魔させる訳にもいかず。かと言って抵抗しないのもおかしなことになってしまうので演技をすることにした。


「私のためにあまり無理をしないでください。では事務仕事を終えてから姫の騎士にご挨拶に伺って来ます」


「そうだな。挨拶は早めにしてきた方がいい。ワシとしても急な話で断りきれなんだからな。賄賂が必要だろう。多少ではあるがあとで部屋に届けさせよう」


「感謝します」


 俺はそういうと部屋を後にした。


バタリ。と音を立てて立派な木戸が閉まる。


「はぁ、実に面倒だ」


 俺は溜息を付くと着替えるために自室に向かった。



………

……


 呼び出した騎士が退室したのを確認すると、士団長はポツリと呟いた。


「お転婆姫が動いたか……大方『王都の治安維持に貢献したい』と言う建前で、サンライトイーストグロウ教会への礼拝にさいして警護の経験者を欲した。と言った所だろうか?」


 騎士団長の独り言を聞いて従者は疑問の言葉を投げかける。


「ですが、あの騎士よりも経験豊富な人材はこの王国には数多くいますが……」


「だろうな。だがアイツには若さと首輪が付いていないところが利点だ。奴より優秀で首輪の付いていない若い騎士はワシが知る限りいない」


「そこまでですか……」


「ああ。このことは報告されるので?」


「する必要はないさ……」


………

……


 正装と言うには、やや着崩した服装で王宮のほうへ向かう。

 次第にメイドや文官の服装やら雰囲気が整ってくる。

 それは、この国の心臓部に近づいている証明でもあった。


 しっかりと磨き上げられた鈍色のプレートアーマーに身を包んだ兵士二人が、槍の穂先を向け言外に「止まるように」と促している。

 構わず一歩踏み込むと、口を開いた。


「何ようだ?」


 男だと思っていたがどうやら女のようだ。

 守るべき貴人が男性であれば、通常男性騎士が周囲の警護をする。これは妻の序列を乱さないようにするためで、これは女性にも適応される。

 つまりは警護対象が女性の貴人というだけで、この王宮では片手で数えられるほどの人間しか対象者がいないのだ。


「第一王女のご要望で移動が決まりまして、姫の騎士達にご挨拶に伺った次第であります」


「そうか、貴殿が姫さまが出向を願った没落名家の……」


 お喋りな騎士が言いかけたところで、いままで黙っていた女騎士が肘で小突いた。


「おい!」


 自分で言いかけた内容に気が付いたのか、一瞬ピタリと静止する。


「気にしてませんよ。それに騎士や貴人は平民や同僚からも、仇名や役職名で呼ばれるものです」


――――とフォローをいる事を忘れない。

 実際問題。先祖代々同じ名前にする家系がったり、貴人の名を呼ぶ事が無礼である。とする人もいる事から基本的には、苗字or仇名+役職名で呼ばれる事が多いのだ。


「感謝いたします。では、『没落名家の騎士』さまがいらした旨を伝えてまいりますので、少々お待ちください」


 暫く待っていると、そこに現れたのはまさかの姫ご本人と昨日俺に殺意を向けて来た亜麻色の髪のメイドだった。


「まさか昨日の今日で私の要望が叶うとは思いませんでしたわ」


「今日は騎士の皆様へご挨拶に参った次第です」


「まぁ、それはちょうどいいです今日から騎士達と行軍という建前の小旅行に行く予定でしたの……あなたもいかがかしら?」


面倒だが断る訳にもいかないな……


「ぜひよろしくお願いいたします」


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