A-side:2-1

「乾杯!」

 ライブの後の飲み会。毎回大体店は同じで、私の楽しみの一つ……と言うより、もはや飲み会の方が本体で、ライブは美味しく酒を飲むための方便のような気すらしてしまう。それでもチケット代で私の一ヶ月ぶんの生活費が稼げることを考えれば、飲んでいるだけではやっていけない。

「しかし最近、ELPばっかやってるよな。次はUKとかやらんか?」

 そう言って矢野はビールを飲み干す。

 矢野彰宏。私のバンド『穢土』の最初期から居るメンバー。普段は税務署に勤務しているれっきとした国家公務員。何歳かは……忘れた。確か歳下……だった、と思う。

「いいじゃないか、ELPで。客の反応もいいし」

 そう言ってカルピスを飲むのは山崎貴志。彼は下戸の甘党でいつもソフトドリンクしか頼まない。……彼は元々うちのバンドのメンバーではなく、単なるファン。おっかけに過ぎなかった。しかし、私から声をかけて一緒に飲み会に参加するようになると、最初期の『穢土』には存在しなかったドラマーの位置に入るためにドラムの猛特訓をし、現在では三人しか居ない『穢土』の貴重なメンバーとして活動をしている。普段の仕事は派遣で期間毎に職場を転々としているらしく、あまり仕事の話はしたがらない。

「いいよ。UKでもELPでも……今のメンバーで出来るなら、何だってやる。それが一番、今の私にとっては大事なんだ」

 そして――私。廣川克己。一九八八年生まれだが、二十歳を過ぎてから歳を数えるのをやめた。名前だけじゃ分かりづらいが、女だ。とは言え、プログレッシブ・ロックバンドで女がメインに座る事例はそう多くなく、例えばルネッサンスのようにVoが女性という事例はあっても、私のように楽器演奏メインで参加しているパターンはあまり多くなく、言ってしまえばプログレとはホモソーシャルなジャンルなのだ。そうした中で私の立場というのは難しく、紅一点と言えば聞こえは良いが、「女キーボディストとその囲い」と心無い悪口を言われるようなこともあった。

 それでも私は、このバンドと、それに関わる人々が好きでしょうがなかった。最初期こそ、かのプログレッシブ・ロックバンド『エニド』のカバーをするためにギターがもう二人居て、ドラムスは居なかったわけだが、様々な変遷を経た後に、今のキーボード・トリオの形に落ち着く。色々なことがあったし、私自身まだ若くて、他人に気を使うようなことが出来ず、相手を傷つけたようなこともある。けれども、そんな私に付き従ってくれる二人が居て、バンド活動が出来る……これほど嬉しいことが他にあるだろうか?

 だからこそ、私は言う。

「いいんだよ。今のままで……今が一番良いんだ。だからね、私達は、変わる必要がないんだ」

 そう言って私は笑う。皆も笑う――それでいい。定期的に演奏をしてお金を貰って、打ち上げで酒を飲む。……それ以上のことを望もうとは思わない。今が一番良い時期なんだ。私はそう……思っている。

 飲み会は一回では終わらない。結局私は矢野と二人で安居酒屋を転々とし、幾度かの移動をはさみ、どこかで私一人になり、そうして私は都市の夜闇の中に、溶け込むようにして消えていく……。

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