第229話



 ルーファウスはじっとこちらを見てきて、それからアリアを見ていた。


「アリア。まさかこちらを裏切るとはな」

「お兄様の強い愛に、アリアの心は動かされてしまいましたから」

「勝手なことを言うな」


 俺がぼそりと言うが、アリアは満足げである。

 ルーファウスも、特にアリアに対しての興味はなさそうで、すぐに視線をこちらに向けてきた。

 彼はこちらを見てから、くすりと微笑みそれからパチパチと拍手をした。


「ようこそ、ジン。オレはおまえのような男を待っていた」

「俺は別に待っちゃいないけどな。俺から話したいことは一つだけだ」

「なんだ?」

「麻耶たちを巻き込むのはやめろ。俺を狙う分にはいくらでもいいが、あいつらは関係ないだろ?」


 俺がここにきた理由はそれだけだ。

 ルーファウスがどこで何を企んでいようとも、麻耶たちを巻き込まないのなら俺は別にどうでもいい。

 ルーファウスをどうにかするのは俺の仕事じゃない。

 ひっそりと、生きるのならそれはそれで別に構わない。


「もともと、そいつらはオレとしてはどうでもいいがな」

「なら、なんでジェンスが麻耶を狙ったんだよ?」

「あいつには、力を与えただけだ」

「そのせいで、色々と巻き込まれた奴らがいるんだぞ?」

「そんなもの……オレの暇を潰せればそれでいい」


 ルーファウスは本当にどうでもよさそうに語っている。

 ……こいつ自身が命令を出したわけではないんだろうな。


「暇?」

「ああ。……オレは暇なんだ。圧倒的な力を身につけてから、暇で暇で仕方ない。どれほどの魔物だろうと、オレに傷一つつけられるやつはいない。これほど、つまらないものがあると思うか?」


 ヴァレリアンたちからも、そんな話は聞いていた。

 だが、本人から言われた俺は……ただただ困惑していた。

 まったく、理解できなかった。

 俺としては、この強さで得た金で麻耶を推せればそれでよかった。


 ただ、恐らくルーファウスはそういう生活の楽しみがなかったんだろう。

 ニートを続けるにも才能があるとか聞いたことがあったが……もしかしたら強い冒険者を続けるというのも才能が必要なのかもしれない。


「……だから、オレは強者を求めていた。その一つとして、戦闘型アンドロイドの開発を行っていたが、大した力はない。……オレはオレ自身が死ぬような相手と戦いたいんだ」


 語るルーファウスはそれから、ぽつりと呟いた。


「ヴァレリアン……あいつには期待していたが、大した力はない無能だ」


 ……この配信、たぶんヴァレリアンも見ているんだよな。

 また彼は大きな背中を丸めるように落ち込んでいるかもしれない。


「ジン。おまえはオレの退屈を、少しは楽しませられるか?」


 ヴァレリアンは、ルーファウスを子どもじみたやつといったことを話していた。

 ……まさに大きな子ども、だな。ただ、強さを求めるゲームをやっているつもりなんだろう。


「ジン、おまえも退屈だろう。どこまでいっても敵なしの世の中だ。なぜこれほどまでの力が与えられたのか、疑問に思ったことはないか?」

「は? 力が与えられた理由? 麻耶のために決まってるだろ?」

「……何?」

「第一、俺はまったく退屈じゃないが?」

「……何?」

「戦うのは好きだが、それ以上に俺には好きなものがあるからな。おまえも戦い以外に人生の楽しみを見出したほうがいいんじゃないか?」


 ルーファウスは不服そうに眉根を寄せた。

 ……俺も同じ悩みを持っているように勝手に思っていたのに、裏切られたとでも言うような顔だ。


「さっきから、同じ立場のつもりで話しているのかもしれないが、俺は全くもって理解できないな」


 俺がそういうと、ルーファウスは深くため息をつき、冷たい表情とともに言い放つ。


「くだらん」


 そう言ったあと、彼は興味の失せたような顔でこちらをみてきた。


「ようやく、同じ領域に至った奴と出会えたと思えたが……どうやらおまえは見当違いだったようだ。かかってこい、相手してやる」


 ルーファウスがそう言ってからこちらを見てくる。

 説得には失敗か。

 あわよくば、麻耶の視聴者が増えるかもと思ったが、残念だ。


 俺は身体能力を強化し、ルーファウスへと突っ込む。

 だが、見えない壁によって阻まれる。

 ……これは、結界魔法か。


「オレは結界魔法の使い手だが、そこらの人間が持つものとは練度が違う」

「……そうか」


 俺はその壁を破るように拳を振り抜いた。バリッと音がして、砕け散り、一気にルーファウスへ距離を詰める。

 ルーファウスの体を殴りつけよとすると、結界魔法が再び展開される。

 俺の拳は、その壁に阻まれルーファウスには届かない。


「その程度の拳で……オレの結界魔法を超えられるとは――」


 さっきから、ずっと上から目線のルーファウスに……俺はいい加減苛立っていた。

 出力をあげた身体強化とともに、その壁を――破壊する。


「え? ……ちょっ――」


 ルーファウスがさらに魔力を増加させ再展開したが、俺はそれを超えるだけの力とともに思い切り拳を振り抜いた。

 派手な音が響き、ルーファウスのバリアが砕け散り、その顔面を殴りつけた。

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