第188話



「そうだね。凛音ちゃん、流花ちゃん。麻耶ちゃんと一緒に避難して」


 玲奈は即座に相手との実力差を理解し、そう指示を出す。

 魔力増幅薬を使用していなければ、全員で対応すればどうにかなったかもしれないが、今の状態では難しい。


「……え、で、ですが……玲奈さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。なんとかするよ」


 凛音もある程度相手の実力を把握できるだけの魔力を有しているため、危険なことは理解したようだ。


「……まったく、用事があるのはそちらのジンの妹だけなのです。『邪魔をしないでくれますか』」


 脳をかき回されるような魔法。

 それに必死に抵抗しようとしたのだが、かなりの魔力量だった。

 玲奈はそれでも顔を顰めながら、身に着けていたナイフを投擲する。

 しかし、ジェンスはにやりと顔を歪め、魔力だけで攻撃を弾いた。


「ダーリンみたいな戦い方するんだね」

「みたいな? 今の私は彼を遥かに超えていますよ!」


 ジェンスは狂ったような笑みを浮かべ、一瞬で距離を詰め、玲奈はその動きを見切り剣を振りぬいた。

 だが、ジェンスは片手で掴むとそのまま玲奈の体を蹴りつけた。


「ぐっ……!」

「おまえたちは、ジンの大事な人たちのようですよね。そうだ、全員を滅茶苦茶にしたらあいつはどんな顔をしますかね?」

「……それって、ちょっとださくない? 本人に勝てないからって、周りの人を攻撃するって」


 注意を自分に集めるように玲奈が挑発すると、思った以上に効いたようでジェンスが怒りを露わにした。


「黙れ!! 今の私は、最強なのだ! は、あははは!」


 玲奈は魔力で身体強化の限界を超えるように高めながら、ジェンスに斬りかかる。

 激痛が体を襲うが、そこまでしなければジェンスの領域には届かないと判断した。


 一閃はかわされたが、怒りで大振りになったジェンスの攻撃は当たらない。


 戦いながら、玲奈は相手の弱点を冷静に分析する。

 ――思っていた以上に、理性がない。

 今のジェンスは魔力増幅薬の影響か、思考力が下がっているように感じた。

 そこが、付け入る隙となる。

 ジェンスが玲奈に注意を集めていた瞬間だった。背後から流花が斬りかかった。


「ちっ!」


 ジェンスはすかさずかわしたが、続いて現れた水の竜がジェンスの体を飲み込み、吹き飛ばす。

 そこに玲奈と麻耶も魔法で追撃する。


「や、やっちゃいましたか!?」

「いや、まだ魔力反応あるから大丈夫だよ。とりあえず、逃げるよ!」


 まるで高ランクの魔物を相手にしたときのような連撃だったが、それが許されるほどの相手だと皆も理解していた。

 家はめちゃくちゃになったが、それでも時間を稼ぐことに成功した。

 すぐに凛音が水を生み出し、外に道を作った。


「今すぐ逃げましょう!」

「……二人とも、ナイスー」


 玲奈は立ち上がり、凛音の生み出した水のスライダーへと全員でのって外へと脱出する。

 スライダーは空中まで伸びていて、全員が空へと浮かびあがったところで水の竜へと変化する。


「凛音……なんかめっちゃ器用な魔法の使い方する」

「あっ、施設の子どもたちと遊ぶときにやってみたらできたんです」


 水の竜に乗った玲奈たちは、後方の迅の家へと視線を向ける。


「……それにしても、いきなり何なのあの人……? 私を迅さんの大事な人って……」


 流花は困惑した様子でジェンスがいるはずの自宅へ視線を向ける。


「いや、私たちをです流花さん。……色々とプライドを傷つけられて復讐、って感じじゃないでしょうか?」

「……最低だよね、まったく」

「あっ、玲奈ちゃん。ポーション使ってっ!」


 麻耶からポーションを受け取りながら、玲奈はスマホを操作する。念のために迅にメッセージを送りつつ、洗脳魔法の対策として緊急配信も行った。

 細かい説明をしている暇はなく、万が一の場合はこれで視聴者たちに今の自分たちがおかれている状況を伝えららればと思ったからだ。


 そのまま、空中を移動して逃げようとしたとき、背後から強大な魔力が迫る。

 玲奈は初めから逃げ切れるとは思っていなかった。もう一度魔力を練り上げ、戦闘準備を行う。


「『逃げるな』」


 鈍い声が響くと、凛音が頭を押さえ、魔法を解除してしまう。


「……こ、これまずいですっ」


 凛音は必死に抵抗しようとしたが、先ほどよりも強力な洗脳魔法の前に動けないでいた。



 抵抗こそしているので、洗脳され、敵の命令に黙って従うような状況にはなっていないが、それでも満足に魔法が使えない状況になってしまった。


 何とか抵抗できているのは玲奈だけであり、温度をなくした火魔法を足元に展開し、全員を受け止める。

 たまたま着地した先が大きな公園であり、助かった部分はあったが、それでも危機的状況であることは変わらない。


 公園では一般人が遊んでいたため、いくつもの悲鳴があがっていたが、玲奈たちはそれを心配する余裕はなかった。

 ゆっくりと近づいてきたジェンスはそれからにやりと笑った。


「さて――手っ取り早く全員を洗脳してしまいましょうか」

「させると思ってんのか?」



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