第181話



「実際、ゴルドのときもそうだったんじゃないですかね? まあ、このまま増え続けられたら面倒なんで、数減らしてみますね」


 レイネリアは迅の言葉に唖然としていた。

 この冒険者は、本気で言っているのだろうか。

 それがレイネリアの心境だった。


 ゴルドをあっさりと倒したブラックブレードマンティスがどこかに潜んでいるこの状況で、なぜ自ら危険な状況――結界内へと向かっているのか。


 ボスモンスターの危険性を、本当に理解しているのだろうか、と。

 この迷宮の難易度は、誰が見ても歴代最高のものだ。

 それほど危険な迷宮爆発なのに、なぜ一人で挑もうとしているのか。


「……あの方にもしものことがあれば、本当に打つ手がなくなります。どうにか止めることはできないのですか?」


 レイネリアは同じ日本人である武藤たちに視線を向ける。

 なんとしてでもこの愚行を止めてもらいたい。

 そんな気持ちとともに向けた視線はしかし彼らの苦笑に阻まれる。


「……大丈夫、だと思いますよ」

「大丈夫って……あなたたちは、今回の迷宮の恐ろしさを知らないから言えるんですよ!」

「そうですね。……ですが……それはあなたもですよね」

「何を言っているんですか?」


 武藤の視線がレイネリアへと向いた。

 彼の表情はこんなときだというのに、どこか無邪気さを含んだ興奮じみたものになっていた。


「鈴田の力の底を、あなたは知りませんよね?」

「……勝てる、ということですか?」

「いえ……それも分かりません。……我々だって、まだ鈴田の力の底を見たことがないんです」

「……私は彼が話題になったときに映像を何度か見ました。ヴァレリアンとの戦いで、全力を出していたでしょう? 私はあの映像を見たからこそ話しているんです、ブラックブレードマンティスの危険度はヴァレリアンを越えるほどです」


 レイネリアからすればどちらも格上すぎて正確に判断はできなかったが、それでもブラックブレードマンティスを何度か見ているレイネリアからすれば、あの魔物が生み出す殺意を上回る人間などいないとさえ思っていた。

 居場所さえ判明しているのなら、ルーファウスに依頼を出したかったのがレイネリアの本音だ。

 実際、メディアを通して世界に伝わるように何度も伝えてはいたが、彼から連絡が来ることはなかったのだが。


「……鈴田は、たぶんあの時もまだ本気ではなかったと思います。……今回、それが見られるかもしれないんです」


 武藤が興奮した様子で話し終えると、視線を迅へと向けた。

 迅はというと呑気に結界を指さしていた。

 開けてくれ、といった様子の彼に、レイネリアは諦めるしかない。彼が敗れる可能性を考慮しながら、作戦を実行するしかないと。


 レイネリアは結界を一部解除し、迅が歩いていく姿を見守るしかなかった。

 結界が開くと同時だった。近くにいたブレードマンティスが、迅へと迫った。

 新しい餌が入ってきた、とでも思ったのかもしれない。勢いよく両腕の刃を振りあげる。

 迅はすたすたと呑気な様子で歩いていき、まるで気づいている様子はない。


 レイネリアでも反応できるその一撃が迫る中、彼はまったく動こうともしない。

 視線さえもくれない彼に、レイネリアの脳裏にある噂が思い出されていた。


 ――日本は嘘の災害級を作り出したのではないか、と。


 測定機の破壊や、七呪の迷宮の迷宮爆発を一人で押さえこんだことなど、すべて日本政府が災害級の冒険者がいるというアピールをしたいがために仕組んだことなのではないか。


 迅に関して、一部の人間たちは、迅の実力を偽物だと考えていた。


 ただ、ヴァレリアンとの戦闘が全世界へと配信されたことで、それらの噂は消えた。


 だが、それは一瞬。

 今のアメリカ政府が起こしていた洗脳魔法に関しての問題などが明るみになったことで、それさえも日本とアメリカが共同していたのではないか、と疑われていた。


 なぜそこまでして災害級の冒険者を作りたかったのか。

 それは、アメリカが日本を利用して世界最高の冒険者大国にしたかったからではないかと言われていた。


 そしてレイネリアは今目の前で起きている現象を見て確信した。


「……やっぱり、偽物だ」


 まったく反応できていなかったブレードマンティスの攻撃を見て、レイネリアは一人呟いた。

 その瞬間だった。

 ブレードマンティスの首が吹き飛んでいた。


「え?」


 レイネリアから漏れたのは、戸惑いの声だった。

 ブレードマンティスを仕留めた迅の動きが、まるで見えなかったからだ。

 仲間の一体がやられたことで、他のブレードマンティスたちも気づいた。

 同胞、という概念が彼らにあるのかは分からないが怒りに塗れた表情とともに近づいていく。


「シャアアア!」

「シャアアアアアアア!」


 雄たけびをあげながら何体ものブレードマンティスたちが襲い掛かるのだが、それらは無残にも吹き飛ばされていく。

 どれも迅はただ歩いているだけだ。だというのに、ブレードマンティスは弾き飛ばされていく。


「な、何が、どうなっているの?」

「……鈴田が殴り飛ばしています」

「……お、お兄様ぁ……さすがですぅ……」

「……御子柴さん、テレビに映らないようにしてくださいね。その顔で放送が止まりそうですから……」


 レイネリアは信じられない光景にただただ目を見開いていた。シバシバの顔に対してではない。

 迅の圧倒的な力だ。


 今この結界近くにいるブレードマンティスたちは、他の個体よりもかなり強化されてしまっている状態だ。

 【バウンティハント】も万が一を想定し何度か討伐を試みたが、高ランク冒険者複数名でようやく一体を倒せるかどうかというほどの個体ばかりだった。

 だからこそ、それらを塵のように弾き返す彼に、驚きが隠せなかった。


 次から次に襲い掛かっては、蹴散らされていくブレードマンティスを見ていると、本当に自分たちが怯えていた魔物たちだったのかと考えてしまうほどだった。


 圧倒的すぎる彼の戦闘に、レイネリアは自分の立場も忘れるように見とれていたのだが、


「……っ!?」

「これは……っ」


 強烈な魔力があふれ出した。

 その嫌な魔力に覚えがあったレイネリアは慌てたように周囲へ視線を向ける。

 何かが動き、その衝撃に風が吹き抜ける。

 レイネリアの真横を過ぎ去るようにして結界の中へと入ったそいつは、黒い影を持ち――。


「ブラックブレードマンティス……っ!」


 ゴルドがやられたときのことが脳裏をよぎり、レイネリアは先程までの考えが一瞬で吹き飛ぶ。

 迅にその危険を知らせるより先に、ブラックブレードマンティスの鋭い刃が迅へと迫り、


「やっと、お出ましか」


 迅は口元に笑みを作り、その一閃を受け止めた。



―――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!



新作始めました。よければ読んでください。

神様特典(チート)で最強支援者ライフ ~異世界に追放された青年は、超安定の冒険者生活を送りたい~

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