第107話




 目的地近くにはひとだかりもできていた。

 突然迷宮が現れた場合などはこういったことも多い。さらにいえば、出現した場所も問題だ。

 今回に関していえば、道路のど真ん中に出てしまったため、警察なども来て交通誘導を行っている。


「おいおい、こんなところに迷宮なんてでるなよなぁ」

「車全然動かないな……」


 集まっていた人たちや窓を開けている運転手のそんな愚痴のような声が聞こえてくる。


 彼らから隠れるようにフードを深くかぶった俺たちは、迷宮近くまで向かう。

 そこには、やはり下原さんがいた。


 近くにはほかの冒険者協会の人たちもいるが、この場にいる人たちはそれなりのメンバーのようだ。

 皆、かなりの実力を秘めているようだが、この中でもっとも強いのは下原さんで、Aランク冒険者くらいはあるのだろう。


「あっ! あなた! 一般人がそれ以上近づかないでください」

「いえ、その方は大丈夫ですよ」


 協会の一人が俺たちを止めようとしたところで、下原さんが微笑とともにその職員の肩を掴んだ。

 戸惑った様子の職員が下原さんへと振り返ったところで、俺はフードを外す。


 そのとたん、周囲の人たちから驚いたような声が聞こえてきた。


 「え? 本物!?」、「お兄ちゃんさんじゃん……」といった感じでどよめいている。

 職員の中にいた一人の女性が玲奈を強く睨んでいるのは、もしかしたら俺の厄介なファン、というやつだろうか。


 俺は何も知らない。気づかないふりをしておこう。

 こちらに気づいた下原さんがどこか安堵した様子で声をかけてきた。


「お疲れ様です、鈴田さん。急に呼び出してしまって申し訳ありません」

「大丈夫です。それで、迷宮の状況は?」

「……依然として成長中ですね。ただ、そのほかでは大きな問題はありません」

「そうですか」

「この迷宮ですとおおよそ7、8階層あたりが最終階層になると思います。ただ、転移石がありませんのでその点はご注意ください」


 迷宮を攻略してから一定時間が経過すると、迷宮は自動で消滅してしまう。

 転移石のない迷宮では、特に脱出まで気を付ける必要があり、だからこそ俺は空間魔法を使用できるように残しておいたのだ。


「わかりました。玲奈、手伝ってくれるってことでいいんだよな?」

「もちろん。妻としてね!」


 玲奈が妻と言った瞬間、この場にいた女性陣の視線が少し強まった気がする。

 ……あまり、この場に長くいてはいけないだろう。

 早いところ、迷宮攻略に行こう。


「それじゃあ、さっさと攻略行くぞ」

「らじゃー!」

「よろしくお願いいたします」


 玲奈がびしっと敬礼し、下原さんたち職員が深く頭を下げる。

 迷宮の入り口をくぐり、階段をおりて一階層へと到着する。

 ……迷宮が急成長しているという点だけで、迷宮内部が特別おかしいという様子はなさそうだ。


「んじゃ、今回はあんまり時間がないみたいだからな。人のいない迷宮みたいだし、玲奈、俺に合わせられるか?」

「……まあ、何とか。穴掘り大作戦でしょ?」


〈穴掘り大作戦?〉

〈何がどうなってんだ?〉

〈穴掘り? どういうことだ?〉


 疑問のコメントをあげる視聴者たちに、俺は笑顔で答える。


「この技を使うとき、皆はちゃんと周りに人がいないのを確認してから使うように。特に次の階層に人がいる場合とかは危険だからな?」

〈どういうこと?〉


 俺は足元の地面に思い切り力を込めて振り下ろした。




 俺の足が地面に当たると、まるで交通事故でもあったかのような激しい音が響く。

 そして、迷宮の地面に穴が開く。


〈ファーーーww〉

〈もうわけわからんよお兄ちゃん……〉

〈お兄様は今日も素敵です……〉


 迷宮の強度というのはそのランクによっても変わってくる。

 Sランク迷宮の壁を破壊できる俺が、Eランク迷宮の地面……次の階層からみた天井を破壊できないはずがないというわけだ。


 ただ、壁よりも地面のほうが厚みはある。なので、破壊する場合は少々体力を使う。

 大きな穴が空いたがゆっくりと閉じていく。

 迷宮の自動修復だ。

 だが、穴の先から次の階層が見えるので、俺はその穴を指さし叫ぶ。


「それ、飛び込めー!」

「あいー!」


 玲奈とともに穴へと飛び込んだところで、玲奈が足元に火を放った。

 今の音に引き寄せられていたEランクの魔物たちを一掃したあと、玲奈は火の温度を人肌程度まで下げる。

 俺たちはそこに着地すると、生ぬるいクッションのような感触で俺たちを受け止めてくれた。


 玲奈はこういった魔法の操作が得意だ。

 すぐに地上へと降りた俺は次の迷宮破壊のための魔力を集める。


―――――――――――

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