第93話


 再現魔法の練習をしまくって、ここ最近は迷宮にばかり潜っていた。

 ……ある程度慣れてくると、その場にある魔法を借りて使うということもできる。

 迷宮内には様々な魔力が漂っているので、それらを拝借し、自分の魔力と合わせて強化した魔法を放つことができるので、戦闘面で楽しいのだ。


 ……ただまあ、身体強化で殴ったほうがさっさと倒せるんだけど。

 

 世の中もこの発表のせいでだいぶ混乱していたが、今はもうかなり落ち着いている。

 結局のところ、使える人間はまだまだ少ないし、再現魔法の威力はよくて半減程度。


 すごい技術ではあるが、今後さらに強力な魔法が使えたら実用的かもねくらいの感覚だ。


 冒険者を取り巻く事情は何も変わらず、あくまで技術の一つくらいで落ち着いた。

 ……まあ、でも。


 特殊魔法でも移動系の魔法を再現できる場合は話が変わってくる。

 代表的なところでいえばシバシバの空間魔法。

 これを使いこなせれば移動が非常に楽になる。俺はシバシバに魔力をもらっていて、十回程度は使えるようにストックしている。

 今日もいつものように迷宮に潜っていると、凛音から着信がきた。


「もしもし?」

『あっ、お兄さん。そのまた魔法の指導をしてほしいんですけど……今って大丈夫ですか?』

「了解。場所はどこだ?」

『あっ、黒竜の迷宮に向かっています。階層は三十一階層にしようと思っているんですけど……』

「了解。今ちょうど黒竜の迷宮で戦闘訓練中だったから、ついたら連絡くれ」

『分かりました、ありがとうございます』


 電話口で頭を下げているのが分かるような音がすると、通話が切れた。

 俺がいるのは現在百十一階層だ。

 いずれ来るであろう攻略配信のために、準備をしていたところだ。


 百十一階層に出現する魔物は、凶暴な猿のような魔物だ。

 クレイジーモンキーと勝手に名付けたそいつらが三体ほど飛び掛かってくる。

 両腕で二体を処理し、一体の腕を噛みついて引きちぎる。


 百十一階層の魔物も強くはあるが、それでも苦戦はしない程度だ。

 ただ、数がやたらと多い。こうして三体を倒したばかりなのに、すでに新しく四体が迷宮内に出現し、こちらに気づいている。


 面倒だ。

 ただ、体を動かす訓練にはなる。

 四方八方から襲い掛かってくるクレイジーモンキーの群れを相手にしていると、凛音から到着の連絡がきた。


 転移石を利用して三十一階層に行くと、制服姿の凛音がいた。


「お久しぶりです、お兄さん」

「おお、久しぶり」

「それじゃあ、今日もお願いします」

「了解」


 凛音の訓練はたまに見ていた。

 まずは彼女の準備運動がてらの戦闘に付き合っていく。

 といっても、今の凛音はもうぶつかっていた壁を破ることに成功している。


 時々気になる部分はあるが、指摘すればすぐに修正できている。

 あとは、地道であるがひたすらに訓練を積んでいけばいずれは上級冒険者に仲間入りするだろう。


「どうでしょうか?」

「もうまったく問題ないな。俺の指摘がなくても自分でも気づけているし、もう俺は不要なんじゃないか?」

「えっ!? ……あー、そのそれはそうなんですけど……自分の訓練の仕方が正しいかどうか、なかなか自分では判断できないといいますか……」


 確かに、そうだな。なぜか凛音は慌てた様子で驚いた声をあげていたが、彼女の気持ちも分からないではない。

 冒険者の成長というのは、常に右肩上がりではない。


 一日訓練しました、ステータスが1上がりました、というような分かりやすい成長ではない。

 毎日訓練していくことで、あるとき急にそれまでの訓練で得た経験が体に反映されるような感じだ。

 例えば、一週間毎日同じ鍛錬をしていたとして、最初の六日間は特に変化がないとしても七日目にいきなりそれまでの経験が身につく。

 ステータスの成長が0の日が続いていたと思ったら、急に5上がるみたいな。

 ……もちろん、正しい訓練をした場合である。


 だから、凛音のように自分の訓練が正しいのかどうか、不安に感じることもあるだろう。


「まだ魔法の限界値は伸びているんだろ? 今のまま進めていって問題ないぞ?」

「……そうですよね。で、でもその…………えーと……あの、迷惑でしたでしょうか? わりとちょこちょこ連絡してアドバイスとかもらってしまってましたけど」


 凛音は何か迷うようなそぶりを見せた後、そう問いかけてきた。

 一体彼女がどんな心境でその問いを投げてきたかは分からない。


「いや、別に迷惑じゃないぞ?」

「ほ、本当ですか?」


 もちろんだ。

 俺は数日前の玲奈とシバシバとの配信を思い出す。

 別に楽しくないわけではないが……疲れる。

 その点、凛音は突飛な発言はしない。

 だから、


「凛音と一緒にいる時間は落ち着けるからな」

「な、なななな何を言っているんですか!?」

「凛音と一緒にいる時間は落ち着けるからな、って言ったんだけど……どうした? 難聴か? 耳鼻科に見てもらったほうがいいんじゃないか?」

「誰も復唱しろという意味で言ったのではありません! ……どういう意味、ですか?」

「え? いやこの前の配信を見たか分からないが……玲奈とシバシバに絡まれているのに比べたら、な。凛音からの呼び出しに関しては全然問題ないって感じだ」

「……ああ、そういう意味ですか」


 なぜか凛音は怒った様子である。



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