第82話
「え? これやばくない?」
誰かが一言不安な声を上げると、それがさらに周囲へ伝染していく。
「ちょっと待てって! これ死にそうじゃない!?」
「わああああ!? 全滅するかもしれないぞ!?」
「Cランク迷宮って言っていたじゃないか!?」
「やばくないか!? この迷宮ってもうすぐ迷宮爆発するんだよな!? そうしたらこんなところにいたら死んじまうよ!!」
迷宮周りは騒然として、パニックに陥る。
まずいな……。
こういう状況に陥ると、人は中々正常な判断ができなくなっていく。
「……ダーリン。シバシバ、やばい……?」
「やばいな。そういうわけで、玲奈。外で何かあったら任せる」
「おっけー! ダーリン、こっちは気にしないでね」
「ああ」
俺は困惑した様子で迷宮を見守る人たちの間を縫うようにして、迷宮内へと侵入した。
私は――全身を押しつぶされるような重圧に襲われた。
後方からCランクパーティーの攻略を眺めていた私は、突如として現れたその異様な魔力に目を見開いていた。
明らかに人の見た目をしているが、体は異形の者だった。
黒い蝙蝠のような大きな翼。鋭い、爪、牙。何より赤く尖ったその赤い瞳。
体全体は鎧のようなもので覆われている。……鎧、ではないのだろうが、その強固な進化を遂げた肌はもはや鎧といって差し支えないだろう。
事前に聞いていたボスモンスターの情報とは違ったが、それでもCランク迷宮を攻略した皆は即座に反応した。戦闘に立っていたタンクが盾を構え、さらに背後の五人もそれぞれの役割をこなすために準備をしている。
――だけど。
私は、動けずにいた。真っ先にこのイレギュラーに対応しなければならないというのに、目の前の存在から放たれる圧倒的な魔力に、体が震えだしていた。
吐き気を催し、倒れそうなほどの威圧感。
その全身から放たれる悪意の塊に、押しつぶされそうになるのを必死にこらえていた。
そして、その悪い予感は当たってしまう。
一瞬でCランクパーティーの面々は壊滅させられ、私の空間魔法も封じられてしまった。
……おまけに、逃げられない。
……それでも、私は震えを押さえるため、刀を手に持ち、魔物と向き合う。
「み、御子柴さん! 俺たちも戦います!」
「……」
怪我の治療も終えた皆が、私の背後から近づいてくる。
……相手は、Sランクの私でさえ、恐らく正面からぶつかっては勝てない。
だけど……皆と連携し、どうにか隙を作れれば。
そう思った瞬間だった。魔物からさらに重圧的な魔力が放出される。
「――私の邪魔をするな」
――喋った。
イレギュラーにイレギュラーが重なり、驚きと恐怖に全身が支配されたときだった。
私の背後にいた子たちが、魔物から生み出された魔力に吹き飛ばされる。
まるでトラックにでも突進されたかのような重圧だった。私はなんとかこらえることができたが、その場で膝をついてしまう。
背後を見ると、皆が顔を青ざめ、がたがたと震えて腰を抜かしている。
……デバフ系の魔法を使ったわけでもないだろうに、その圧倒的な魔力の重圧によって、この魔物は私たちを恐怖で縛り上げた。
「私は、ヴォイド。この迷宮の支配者――いや、この世界の支配者となる」
「……な、なにをいって」
「雑兵共に興味はない。この世界の最強の人間をここに呼べ。そいつを殺し、私がこの世界の支配者となる」
「どういう……こと、かしら」
「……」
……支配者。
何をいっているのかまるで理解できない。
だが、先ほどまで脅威を感じていなかったAランクパーティーの皆は、タンクが一撃でやられたことで完全に恐怖に支配されていた。
全員が顔を青ざめさせている中、ヴォイドと名乗った魔物はすたすたとこちらへ歩いてきて、私の前に立った。
……体は、180cmほどだろうか。私より頭一つ大きい。
だが、その体以上に大きく感じる。それだけの威圧感を持っていた。
―――――――――――
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