第81話
それから、玲奈がこちらにスマホの画面を見せてきて、肩を寄せてくる。
「ダーリン。【ブルーバリア】の人たちにテレビ局も同行してるみたい」
玲奈が見せてくれた画面では、確かにアナウンサーらしき人がカメラを持って同行している。
常に戦闘の様子を実況している。ほぼ生放送のようだ。
一度テレビ局に情報が送られ、それを確認したあとでテレビ局が生中継、という形だ。
……まあ、迷宮配信は万が一があるからな。お茶の間に人々の死体を流さないためだろう。……逆に言えば、これまであまりテレビで迷宮の生配信などが行われなかったのは、そういうリスクがあるからでもある。
「とうとうテレビ局も迷宮配信に手を出してきたんだな」
「最近みんな迷宮関連の配信ばかり見てるからね。まあでも、素人がやるよりしっかりしてるよ。現場の解説とかも入ってるし。このアナウンサーもDランク冒険者みたいだよ」
「なるほどな」
確かにスマホで撮影するよりは画質がいいし、カメラマン兼アナウンサーもしっかりと前によって緊迫した戦闘を撮影している。
「シバシバが護衛でついているし、Cランク迷宮なら問題ないね」
「シバシバっていうのは……【ブルーバリア】のリーダーか?」
刀を握りしめ、常にアナウンサーの近くで警護している黒髪ロングの女性。
この人が、シバシバというらしい。
名前から外国人、と思ったが違うのか?
「うん。私も何度かあったことがあるんだ。大学生でギルド創ったから結構有名だよね。美女リーダー、として有名だったんだよ。冒険者ランクももちろんSだしね」
「はえー」
……あまり詳しくは知らないので気の抜けた言葉しか返せない。
そんな俺に対して、玲奈がくすりと微笑む。
「あっ、ダーリンはあたしと麻耶ちゃんにしか興味ないから知らないね、ごめんごめん」
「うん、麻耶にしか、だな」
「シバシバ……本名は御子柴紫(みこしばむらさき)。柴と紫って似てるでしょ? だから、あたしは勝手にシバシバって呼んでるんだよ。まあ、シバシバがいるなら、万が一があっても大丈夫かな?」
「……Sランク冒険者だから?」
「いや、一応シバシバ、特殊魔法の空間魔法が使えるんだよ。だから、最悪転移石と同じように逃げられるの」
「……ワープできるってことか!? ってことは、出先でいきなり麻耶が配信を始めても……家の大きなモニターで見られるってことか……」
「便利でしょ?」
「ああ、羨ましい……」
玲奈が見せてくれた画面では、この迷宮の最終階層である十階層……ボスモンスターが待つ部屋へと来ていた。
今回、【ブルーバリア】のリーダーはあくまで護衛として同行しているだけで、攻略のメインは同じギルドに所属するCランク冒険者総勢十名で行っているそうだ。
彼らはここまで見事な戦闘をしているようで、それはもうアナウンサーがべた褒めしていたのだが――。
『……』
十階層に現れたボスモンスター。
見た目は人型だが、背中には蝙蝠のような黒い翼が生えている。
そいつが出現したことで、アナウンサーは少し驚いた様子だった。
……と、同時に。俺が感じていた違和感もより強くなり、迷宮へと視線を向ける。
あの、ボスモンスターが原因か。
『御子柴さん……っ。こちらの迷宮のボスモンスターは確か、蝙蝠種の魔物ではありませんでしたか?』
『……ユニークボス、かしら? いえ、だとしても……少し様子が――』
シバシバもどうやら異変に気付いているようだ。
だが、攻略中の冒険者たちを止めるまでにはいかない。シバシバは困惑した様子で顎に手をあて、そして――そこで映像が一度中断した。
少し間をおいて映ったのは、悲惨な状況だった。
『う……が……』
短く悲鳴をあげているのは、先ほど先頭に立っていたタンクの人だ。
今は片腕を失い、ヒーラーが必死に止血と、腕の再生を行っている。
腕などの怪我は、すぐであればヒーラーが再生可能だ。ゆっくりと生えていく腕を見るに、とりあえず映像はぎりぎり流せるという判断なのだろう。
だが、状況はまるでよくならない。
十人の冒険者たちは……ボスモンスターに蹂躙されている。
そして、ボスモンスターの剛腕が冒険者へと振り下ろされるのにあわせ、シバシバが動いた。
持っていた刀を振りぬき、ボスモンスターの一撃を止める。
ボスモンスターが蹴りを放つが、シバシバは冒険者を抱えながら、後方へと下がる。
『すぐに彼を治療しなさい! ……それで、その穴に飛び込――』
同時にシバシバが作り出した穴は、どうやら別空間へと逃げるための空間魔法だったのだろう。
先ほど玲奈が言っていた、ワープか。
しかし、人型の魔物がその穴に魔力をぶつけると、空間魔法が乱れ、穴は閉じた。
『う……そ……っ』
『御子柴さん! 九階層に繋がる階段にも魔力の障壁があって通れないです!』
『……そんな』
『なんだよ……これ……』
『タンクが、一撃でやられるって……どうするんだよ、これ』
そんな絶望的な状況が放送されているからか、周囲に集まっていた野次馬たちもパニックになっていった。
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