第65話



 コメント欄にあった災害級。海外では、disaster-rank、と呼ばれることの多いこれはSランクの中でもさらに強い人に贈られる言葉だ。

 Sランクより上のランクはないので、ここから先は非公式で人々が勝手に呼んでいるというわけだ。

 日本では災害級と呼ばれるほどの実力をもつ人はいない。


 日本でもっともそれに近かったのは、現在六十を過ぎた冒険者協会の会長だ。もう年齢もあり、全盛期は過ぎてしまったが、それでも今でもSランク級の力を持っている。年齢も考慮すれば、恐らく世界で見ても上位の人間だ。


〈……災害級までいけば、一人でSランク迷宮を攻略できるんじゃないかって言われているけど、お兄さんも普通にこのランクかもしれないよな〉

〈実績がないだけど、お兄さんは普通にこのランクに該当するよな……〉

〈実績が必要なんだっけ?〉

〈必要なんだよな。それこそSランク迷宮を複数攻略するくらいずば抜けたことをやってのけるとか……あとはまあいくつかの国に認知される必要があるな〉

〈なるほどなぁ〉


 正式なランクではないが、コメント欄にもあるようにそれだけの実績を残せばいずれは災害級と呼ばれるだろう。

 ……まあ、別に呼ばれたところで何かあるわけではないのだが。

 そんな話をしながらも、俺はボスモンスターを一撃で仕留め、素材を回収する。


「お兄さん、全部一撃……最初の戦闘のときは様子見してた?」

「敵の攻撃パターンとか見るの好きなんだよ。もうだいたい手の内分かったし……飽きた!」

「飽きたって……Aランク迷宮のボスモンスター相手に言うことじゃない……」

「ならもっと満足させてほしいもんだな」


〈草〉

〈"今彼がいる迷宮はAランクだっただろう? ……本当に化け物みたいな強さをしているんだな"〉

〈"さっきうちの国でニュースになっていたよ。アレックスがやられたってねw"〉

〈"今来た! アレックスがやられてスカッとしたよ! チャンネル登録しておいたから頑張ってくれジャパニーズニンジャ!"〉

〈アレックスがやられてるシーンもう切り抜かれてるぞw〉

〈切り抜き、凄い勢いだなおいw〉

〈コメント欄見るとお兄ちゃんへの賛美のコメントばっかだなw〉

〈どんだけアレックス嫌われてんだよw〉


 ……どうやら皆盛り上がってくれているようだ。

 まあ、ここからはひたすらグラントレックスを討伐していくだけだ。





「"あ、アレックス様……"」

「……」


 ホテルまで戻ったアレックスは、がたがたと震えていた。

 その様子を見ていたクレーナは、酷く驚いていた。アレックスがここまで怯えている姿を見たことは、一度もなかったからだ。

 

 アレックスの活動は批判されることが多いのは分かっていた。だが、アレックスはどれだけのアンチにさらされてきても、圧倒的実力で黙らせてきた。

 それは政府も同じだった。Sランクでも上位に値する彼は、少し問題を起こしても、迷宮関連で協力すれば大抵のことは見逃されてきた。

 それだけ、能力の高い人が重宝されるのが冒険者業界だ。

 そのアレックスが、すでに戦闘を終えた迅のことで未だに恐怖している。


「"あ、あの……ジンさんの件ですが"」

「"そ、その名前を出すんじゃねえ!"」


 顔を青ざめガタガタと震えだした彼に、クレーナは驚いていた。

 これまで何をしても横暴で自信に溢れていた彼しか見ていなかったからだ。

 しばらく震えていたアレックスは、ゆっくりと口を開いた。


「"……く、クレーナ"」

「"……はい」

「"オレは、あ、あの男が言うようにこれでも負ける相手に挑んだことは、ねぇんだよ。オレが強いのは当然だが、オレが負けたら、オレの立場的にやべぇことは分かってるからな"」

「"……はい"」

「"あいつと対面したたときも、勝てると思ってたんだ。魔力とか威圧感とか、そういう強者がまた特有の雰囲気がなかったからな。黒竜をぶっ倒した? それもたまたまだろ、くらいにしか思わなかったぜ……"」


 実際、迅の黒竜討伐に関しては、懐疑的な視線も多くある。

 日本は冒険者業において、出遅れた。日本のもつ安全性や国民性から、迷宮や冒険者教育に関して他国と比べて遅れてしまった。

 その影響は今も残っていて、日本の冒険者のトップや平均的な能力は先進国の中でも最下位を常に争うようなものだった。


「"……だけど、あいつは……オレを攻撃する瞬間に……! 底の見えない魔力でオレを飲み込んだんだよ……っ"」

「"……底の見えない魔力、ですか"」

「"昔、一度だけディザスターランクの冒険者と会ったことがある。まだオレが今みたいな活動をする前。アメリカで高ランク冒険者たちが招待される歓迎会があってな、それに参加した。……聞いたことあるだろ? 世界トップギルドの、『スターブレイド』のヴァレリアン・ストームの名前くらいは"」

「"……はい"」


 ヴァレリアン・ストーム。

 世界で知らない人はいないとされる最強にもっとも近い男だ。

 彼は当然災害級の力を持ち、Sランク迷宮でさえ一人で攻略できるほどの実力を持っているのではと言われている人物。

 まるで熊のような体格を持ち、膨れ上がった筋肉ですべてを押しつぶすほどの暴力的なまでの力を持っている。

 それが、ヴァレリアンという人間だ。


「"……オレは、ヴァレリアンにだけは死んでも戦いを挑むつもりはねぇんだよ。対面しただけで分かったからな、格が違うって。……それを、あのジンにやられた瞬間に感じたんだよ……っ"」

「"……やられた瞬間、ということはヴァレリアンほどではない、ということでしょうか?"」

「"……次元が違いすぎて、もうオレには判断できねぇよ。……ただ、一つ言えるのは……ヴァレリアンはその力を誇示してくれている。無用な争いを避けるため、だろうな。だから、格が違えば……はっきり分かるんだよ……でも、ジンは……普段はそれを完全に隠蔽してんだよ……っ。あんだけの力があって、一切力が漏れ出さないとか……ありえねぇんだよ……っ"」

「"……"」

「"とにかく……だ。あいつにだけは……手を出したら……ダメだ。迷いなく、オレの心臓を狙ってきた。オレのガードが間に合わないのを見て、力を緩めるようなこともしてやがった……っ! ……手加減されたおかげで、オレの命は、あるんだよ……"」

「"……彼は加減していた、のですか?"」


 Sランク冒険者としてのプライドを持っていたアレックスは見る影もないほどに落ち込んでいる。

 元気のない姿のアレックスは、それからぽつりと呟いた。


「"しばらく、活動は休止する……。……あんな化け物に調子に乗ってるとか言われて襲われたくねぇ……っ! ま、マヤチャンネルも見なきゃならねぇし!"」

「"……わ、分かりました。あっ、アレックス"」

「"な、なんだよ?"」

「"それまでの通訳の給料とかってでます?"」

「"………………出すから気にすんじゃねぇ"」


 クレーナとしては、それだけ確認できれば十分だった。



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