第63話

「"なんだよ。英語話せるのか?"」


 クレーナは俺の魔力に完全に怯んでいたが、アレックスはまだまだ余裕そうだった。

 かわりにアレックスが俺の前に立って、笑みを浮かべている。

 彼も今、まさにスマホで配信をしているようで、手に持ったスマホでこちらを映していた。


〈お兄ちゃん英語もいけんのか!?〉

〈ファッ!? お兄ちゃん無駄にハイスペックじゃねぇか!〉


 俺が答えると、何やらコメント欄のほうも驚いたようすだった。後ろにいた流花がちらとこちらを見てくる。


「……英語、話せたの?」

「麻耶の卒業祝いで海外旅行行ってな。覚えた」

「……そ、それで?」

「一年間、毎日ひたすら勉強したからな。すべては麻耶にかっこいいと言ってもらうために」

「……そ、そう」

「麻耶に褒めてもらってまあ満足したんだが……」


 問題はそこじゃない。


〈草〉

〈こいつのマヤちゃん起点の原動力やばいな……〉

〈マヤちゃんが東大入って! とか言ったらガチで受かりそうだな〉


 俺は麻耶の魔力を感知し、麻耶に何も異常がないことを確認する。

 怪しい魔力も特にない。

 家の周囲も別に異常はない。何かあれば、玲奈に魔力でもぶつけて対応してもらおうかと思っていたが、その必要はなさそうだ。


 となると、こいつらの先ほどの画像はただ俺に決闘を受けてもらうための脅しということになるだろう。

 ここまで分かれば引き受ける理由はない。

 だが、アレックスを見れば面倒な人間だというのは一目瞭然だ。


 ここで断れば、今度は本当に俺たちに危害を加えてくる可能性もある。

 俺は怒りを抱いたまま、アレックスをじっと見る。


「"それで? 受けなければ麻耶に何かするってか?"」


 俺が正面に立つと、アレックスがこちらを見下ろすようにして睨んできた。

 筋骨隆々の体だ。俺も鍛えているほうだが、彼の場合威圧感を与えるために筋肉を肥大化させている部分もあるのだろう。

 身長は少しだけアレックスのほうが大きいな。


「"ああ。オレなしじゃ生きられない体にしてやるかもなぁ?"」

「"……。じゃあ、俺がおまえとの決闘を受ければいいんだな?"」

「"ああ。いいぜ? もちろん、そっちは全力でかかってこいよ。あとで、みみっちい言い訳されたくはねぇからな"」

「"全力で? 悪いが弱い奴をいたぶるのは趣味じゃないんだよ"」

「"……弱い奴?"」


 余裕そうにしていたアレックスに俺は苦笑を返す。


「"そうだろ? 麻耶を脅しに使って、それで自分より弱いと思った相手にだけ勝負を挑むんだろ?"」

「"……てめぇ!"」


 安い挑発だったが、アレックスはそこを指摘されるのが気にくわないようだ。

 青筋を浮かべ、拳を振り上げる。


「"アレックス様! お待ちください! 誓約書に書いてもらわないと――万が一があったとき、どうするんですか!?"」


 クレーナが慌てた様子でアレックスを呼び止めるが、アレックスはすでに魔力を解放し始めている。

 誓約書? 今の発言的に怪我をしても文句を言うなよ、とかそんなところだろうか?


「"ああ、安心してくれ。こっちはこの配信を誓約書の代わりにしてやるよ。……そっちもそれでいいだろ? どうせ、迷宮内で起きたことは自己責任、だしな"」

「"上等だ! さっさと潰してやるよっ!"」


 アレックスは笑みとともに叫び、拳を鳴らす。


「"そっちも、怪我しても文句を言うなよ?"」

「"はっ、調子乗ってんじゃねぇぞ! 日本の猿が!"」


 アレックスはその場で獣へと変身をし、こちらへ飛びかかってくる。


「"オレは特殊魔法の使い手でな! 世界最強の獅子へと変化する! 死なない程度に加減はしてやるから安心しな!"」

「……」


 一瞬で距離を殺したアレックスが剛腕を振り下ろしてくる。

 圧倒的な威圧感。自信に溢れた表情からは、俺を叩き潰したあとのことでも考えているのかもしれない。

 だが、その攻撃が俺に当たることはなかった。

 すでに、俺は彼の背後に回っていたからだ。


「"え?"」

 

 アレックスの困惑したような声が耳に届く。

 それへの返答は、怒りを込めた拳。

 無言のまま、俺は彼の背中へと拳を振りぬいた。




―――――――――――

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