第42話

 彼女が俺の目の前まで歩いて来た。

 そして俺の手を握ると、クラスメート全員が俺と彼女を見た。


「一緒に帰りましょう。フトシ君」


 今日挨拶をしてから話をしなかったユイが話しかけてきた。


「え?どうして?」

「フトシ君は今日から私のボディーガードです」

「え?え?」


「ユイ、後で話す。アオイさん、引っ張らないで」

「ヒトミと呼んでください」

「ヒトミさん、距離が近いから」

「ヒトミと呼んでください」


「ヒトミ?」


 名前で呼ぶとヒトミがにこっと笑った。


 ざわざわざわざわ!

 クラスメートが騒がしくなった。


「塩対応じゃない!だと!」

「ヒトミさんがあんなに笑顔になっている!」

「フトシの前ではあんなに笑顔なのか!」

「フトシ君がモテるのは分かるけど、ヒトミさんまで!」

「羨ましい!」


「ひ、ヒトミ、行こう!」


 教室にいるとみんなの視線を感じる。

 俺はヒトミに引っ張られて教室を後にする。


「え?何?え?え?」


 後ろからユイの声が聞こえた。


「あ、後で話すから!」


 ヒトミが元気だ。

 魔石を食べて力がみなぎっているのだろう。

 校舎を出て少し歩くとヒトミが周りをきょろきょろと確認した。


「人はいませんね」


 そう言って俺の背中に抱き着いた。

 っと思ったらおんぶか。


「走っていいですよ。フトシ君の大事な時間を無駄にはしません!行きましょう!」


 背中に柔らかい感触を感じる。

 ヒトミはもっと男子生徒と距離を取るタイプだと思っていた。

 さっきは教室がざわついていたなあ。


 俺は、運がいいのか?

 ヒトミを背負うと密着度が増す。

 温かいひとみの体温が伝わって来る。


 ここで何か言っても、俺だけが意識しているように取られる。

 うまく切り出せない。

 ヒトミは気にしていないのか?


「さあ!レッツゴー!」


 俺の背中でヒトミが揺れると胸が何度も当たる。

 俺は家まで走った。


「おおお!いいですねいいですね!凄いです!こんなの初めてです!」


 家に着くと母さんが出迎えた。


「まあ、ヒトミちゃんね?写真で見るよりも、可愛らしいわねえ。男の子もいいけど、女の子が欲しかったのよ」


 母さん、俺の前でそれを言うのは駄目だろ。


「アオイヒトミです。今日からお世話になります」

「はい、よろしくお願いします。お菓子を用意しているわ。食べましょう」


 母さんは笑顔でヒトミを家に入れる。

 俺とアオイは椅子に座り、テーブルにはケーキが置かれ、紅茶が用意された。

 いつも紅茶なんて飲まないのに、わざわざ買ったのか。

 ヒトミの為に買ったのか!?

 本当にうれしそうだな。


 ピンポーン!


「ユイちゃんが来たみたいよ」

「は!?」

「私が呼んだのよ」


 ユイも母さんに可愛がられている。

 何なら、俺よりも可愛がられている。


「お邪魔します」

「いらっしゃい。ケーキがあるのよ。さあ、早く座って」


 ヒトミだけでなくユイが俺の隣に座る。

 母さんの機嫌がいい。


「ヒトミちゃんもユイちゃんもアイドルのように可愛いわね」


 俺がいない感じになってないか?

 ユイが俺の服を引っ張った。


「ねえ、何でヒトミさんが家にいるの?一緒に帰るって何?ボディーガードって?」


 ユイの様子がいつもと違う。


「ユイ、なんかあったか?」

「何も、でも、気になって」

「私が説明しますね実は……」



 ◇



「……というわけです」

「……」


 ユイが、何も答えない、だと。


「ユイちゃん、どうしたの?」

「いえ、何も」

「部屋はまだ余ってるわよ。ユイちゃんも一緒に住む?」

「わ、私は……」

「母さん、ユイが困っているだろ」


「そうね。フトシ、困らせないようにしないとね」

「え?俺えええええええええええ!?」

「ユイちゃん、ここに住む?」


「今日は、帰ります」

「そう、残念ね」


 ユイは速足で帰って行った。

 ヒトミを見るとにこっと笑いながら言った。


「トーナメントはもう始まっています」

「ふふふ、フトシ、ユイちゃんとヒトミちゃん、どっちが好き?」

「はあああ!?急に何!!」


「お母さん、私は本気で行きます。覚悟は決めていますから」

「いいわよ」

「何何何!?なんなんだ!?」


 ヒトミと母さんが意味不明な話をしている。

 話が噛み合わないって、まずくね?

 俺とヒトミはうまくやっていけるのか?


 不安だ。

 俺は本当に運が良くなったのか?

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