お話をしましょう


     ◆


   ◆


 ◆




一瞬の出来事に、ライラは呆然としていた。

分かったのは、ブラムが自分を助けてくれたということだけ。

そのブラムも、十字路から離れてすぐに動かなくなった。

苦痛で顔を歪ませ、建物の壁に凭れて、やがて倒れたのだ。



「魔法の反動だよ。休んでいれば治るよ」



ペノがそう言ったので、ライラはほっと胸を撫で下ろした。



「ごめんなさい、ブラム」


「……まったくよ、轢かれんじゃねえぞって言ったろうが」


「言われましたっけ」


「……っへ。まあ、いい。……とりあえずもう少し休ませてくれや」



ブラムが頬を引き攣らせて声をこぼす。

ライラは頷き、ブラムの傍に腰を下ろした。


しばらくして。

ふたりのほうへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。

顔を上げると、見知った姿。

マーウライであった。



「だ、大丈夫でしたか!?」



青ざめた顔でマーウライが駆け寄ってきた。

ライラの無事を確認してすぐ、倒れているブラムの様子を窺う。

ライラはブラムが動けないことを伝えると、マーウライはすぐさま人を呼んでくれた。

動けないブラムはマーウライの気遣いを断ったが、マーウライもブラムの言葉を遮った。

数人がかりで大きな身体のブラムを担ぎ、マーウライの家へ運び入れた。



「ご無事で何よりです」



ブラムをベッドに横たわらせたあと、マーウライが安堵の息を吐いた。

ライラも一息吐いて、小さく頷く。



「どうして私たちに気付いたのですか?」


「……偶然、そこの窓から、十字路に入ったエルナ様の姿が見えたのです」


「……それってもしかして、馬車に轢かれそうになったところ……ですか?」


「…………はい」



マーウライが目を細めて頷いた。

その表情から、ブラムの魔法も見ていたと読み取れる。

ブラムを介抱してくれたのは、ある程度察したうえでのことだろう。

ライラは複雑な想いを抱きつつ、俯いた。


間を置いて、ベッドから呻き声がこぼれた。

いつの間にか眠ってしまったらしいブラム。苦しそうに顔をしかめている。

ライラは反射的にブラムへ駆け寄った。

汗の滲む額に、そっと手を当てる。

額は、熱かった。

額だけではなく、全身から熱を発していた。

余程無理をして、強い魔法を使ったのだろう。


ライラは熱くなったブラムの手を握った。

しばらくすると、ブラムの表情が柔らかくなり、寝息が少しだけ静かになった。



「……エルナ様。今日は一日、従者様をここで休ませましょう」


「……いえ、連れて帰ります」


「今は動かさないほうがいい。一晩休ませて具合が良くなったなら、私がエルナ様のご邸宅へお送りします」


「……でも」


「心配いりません。今、私の友人を呼びます。彼にエルナ様をご邸宅まで送らせましょう」



マーウライが静かに、しかしやや強い声で言った。

ライラはもう一度首を横に振ろうとしたが、ペノが両耳を振って制止した。

感情を抜きにすれば、今のところマーウライの言葉が正しいからだ。


逆にライラもマーウライの家に留まる、という方法もあるが、やめておいた。

マーウライの家は一部屋のみだった。

未婚の男女が共に過ごせる環境ではない。

無理にライラが頼み込んでも、マーウライはライラを追い帰すだろう。



「……分かりました」



ライラは渋々頷いた。

邪魔になるというなら、帰らざるを得ない。

あえてマーウライを困らせるつもりもないし、ブラムにこれ以上の無理をさせたいとも思わない。


ライラはマーウライの友人が来てすぐ、邸宅へ帰った。

最後の最後までブラムの様子が気になったが、マーウライに押し出された。

数瞬目を覚ましたブラムも、ライラを追い払うような仕草をした。



「……さて」



ライラが去ったのを窓辺で確認したマーウライが、ブラムを見た。

その視線を感じて、ブラムが目を開く。

無理やりに上体を起こし、マーウライの視線を真っ向から受け止めた。



「お話をしましょう、従者様」


「……そういうこったろうと思ったぜ、マーウライさんよ」


「はは。威勢のいいことです。嫌いではありませんよ」


「そいつはおありがてえな。丁寧に喋るのはちっと苦手でね」



ブラムが苦しそうな顔をしつつ、口元を緩ませる。

それを受けて、マーウライはにかりと笑うのだった。

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