お話をしましょう
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一瞬の出来事に、ライラは呆然としていた。
分かったのは、ブラムが自分を助けてくれたということだけ。
そのブラムも、十字路から離れてすぐに動かなくなった。
苦痛で顔を歪ませ、建物の壁に凭れて、やがて倒れたのだ。
「魔法の反動だよ。休んでいれば治るよ」
ペノがそう言ったので、ライラはほっと胸を撫で下ろした。
「ごめんなさい、ブラム」
「……まったくよ、轢かれんじゃねえぞって言ったろうが」
「言われましたっけ」
「……っへ。まあ、いい。……とりあえずもう少し休ませてくれや」
ブラムが頬を引き攣らせて声をこぼす。
ライラは頷き、ブラムの傍に腰を下ろした。
しばらくして。
ふたりのほうへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。
顔を上げると、見知った姿。
マーウライであった。
「だ、大丈夫でしたか!?」
青ざめた顔でマーウライが駆け寄ってきた。
ライラの無事を確認してすぐ、倒れているブラムの様子を窺う。
ライラはブラムが動けないことを伝えると、マーウライはすぐさま人を呼んでくれた。
動けないブラムはマーウライの気遣いを断ったが、マーウライもブラムの言葉を遮った。
数人がかりで大きな身体のブラムを担ぎ、マーウライの家へ運び入れた。
「ご無事で何よりです」
ブラムをベッドに横たわらせたあと、マーウライが安堵の息を吐いた。
ライラも一息吐いて、小さく頷く。
「どうして私たちに気付いたのですか?」
「……偶然、そこの窓から、十字路に入ったエルナ様の姿が見えたのです」
「……それってもしかして、馬車に轢かれそうになったところ……ですか?」
「…………はい」
マーウライが目を細めて頷いた。
その表情から、ブラムの魔法も見ていたと読み取れる。
ブラムを介抱してくれたのは、ある程度察したうえでのことだろう。
ライラは複雑な想いを抱きつつ、俯いた。
間を置いて、ベッドから呻き声がこぼれた。
いつの間にか眠ってしまったらしいブラム。苦しそうに顔をしかめている。
ライラは反射的にブラムへ駆け寄った。
汗の滲む額に、そっと手を当てる。
額は、熱かった。
額だけではなく、全身から熱を発していた。
余程無理をして、強い魔法を使ったのだろう。
ライラは熱くなったブラムの手を握った。
しばらくすると、ブラムの表情が柔らかくなり、寝息が少しだけ静かになった。
「……エルナ様。今日は一日、従者様をここで休ませましょう」
「……いえ、連れて帰ります」
「今は動かさないほうがいい。一晩休ませて具合が良くなったなら、私がエルナ様のご邸宅へお送りします」
「……でも」
「心配いりません。今、私の友人を呼びます。彼にエルナ様をご邸宅まで送らせましょう」
マーウライが静かに、しかしやや強い声で言った。
ライラはもう一度首を横に振ろうとしたが、ペノが両耳を振って制止した。
感情を抜きにすれば、今のところマーウライの言葉が正しいからだ。
逆にライラもマーウライの家に留まる、という方法もあるが、やめておいた。
マーウライの家は一部屋のみだった。
未婚の男女が共に過ごせる環境ではない。
無理にライラが頼み込んでも、マーウライはライラを追い帰すだろう。
「……分かりました」
ライラは渋々頷いた。
邪魔になるというなら、帰らざるを得ない。
あえてマーウライを困らせるつもりもないし、ブラムにこれ以上の無理をさせたいとも思わない。
ライラはマーウライの友人が来てすぐ、邸宅へ帰った。
最後の最後までブラムの様子が気になったが、マーウライに押し出された。
数瞬目を覚ましたブラムも、ライラを追い払うような仕草をした。
「……さて」
ライラが去ったのを窓辺で確認したマーウライが、ブラムを見た。
その視線を感じて、ブラムが目を開く。
無理やりに上体を起こし、マーウライの視線を真っ向から受け止めた。
「お話をしましょう、従者様」
「……そういうこったろうと思ったぜ、マーウライさんよ」
「はは。威勢のいいことです。嫌いではありませんよ」
「そいつはおありがてえな。丁寧に喋るのはちっと苦手でね」
ブラムが苦しそうな顔をしつつ、口元を緩ませる。
それを受けて、マーウライはにかりと笑うのだった。
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