凛と鳴る


コウランのオルゴールが完成して、四年が経った。

ライラは自らに施している「やや老け化粧」を鏡で見て、小さくため息を吐く。

そろそろアイゼを発つべき頃だろうか。

ライラはブラムに視線を向けると、ブラムが察したように頷いた。


ブラムが邸宅内をぐるりと見回す。

ライラの邸宅は、かつてないほど豪華な家具で彩られていた。

高級品のオルゴールが思いのほか売れて、大金を得たからである。


もちろん、庶民向けの簡易なオルゴールもそこそこに売れていた。

アイゼの街は、ここそこで音楽が華やぐようになっていた。



「いくらか売って、白金貨にしちまったほうがいいかもな」



豪華な家具を見て、ブラムが言った。

また旅に出るとなれば、これらの家具に用はないのだ。



「そうですね。金貨じゃ嵩張りますし」


「ずいぶんな金持ちになったもんだ」


「おかげさまで、金貨を出す力の使い方を忘れそうです」


「っは。旅に出れば、嫌でも思い出すことにならあ。せっかく消えない財産が手に入ったんだからな。白金貨に変えたら、そいつは使わせねえぞ」


「じゃあ、大事に持っておいてくださいね」


「当たり前だ。お前と違って、俺は金銭感覚狂っちゃいねえからよ」



ブラムが呆れ顔で言い放つ。

反論はできないと、ライラは苦笑いした。


次の街へは、グナイとアテンも連れて行くことにした。

ふたりはガラッド村の出身で、魔族だからだ。

ライラが旅をつづけている理由も、一応知っていた。

アテンに引っ越しの話をすると、喜んで付いて行くと言ってくれた。



「オルゴールのことは、あとは全部コウランさんにお任せします」


「ええ、お任せください」



旅立ちの朝。

すっかり頼もしくなったコウランが、別れを惜しみつつ、微笑んだ。

オルゴール工場で働いている金属細工師たちや作曲家の男も見送りに来てくれた。



「石琴の職人さんは忙しいとか」


「木製のオルゴールを見て、石琴が流行りましたからね」


「まあ、昨日挨拶をしておいたからよ。わざわざ今日来ることはねえよ」


「……ブラムは几帳面で真面目ですよね。言葉遣いも紳士ならいいのに」


「うるせえよ、クソが」


「ホントに口悪いなあ、もう」



ライラはため息を吐き、ブラムをとんと叩く。

ブラムがどんとライラを叩き返し、早々に馬車の中へ入った。



「お嬢さん、お気を付けて」



作曲家の男が進み出て、ライラの手を取った。

その手は、別れを惜しむというより、なにかを心配するかのようであった。



「魔獣の噂、お聞きになりましたか」


「……聞いています」


「パーウラマだけではなく、他の地方にも現れたとか」


「らしいですね。もちろん、気を付けていきますよ」



ライラは頷き、作曲家の男の手を握った。

かさりとした、皴だらけの手。

なにかを読み取っているような、不思議な感触。



「この先の長い旅も、お嬢さんに幸がありますよう」



作曲家の男が祈るように言った。

ライラは礼を言い、馬車に乗る。


馬車が駆けだす直前。

澄んだ音が、通り抜けていった。

ライラの邸宅の庭に植えた、ロズの葉の音だ。


空色の葉。

光と風を受け、宝石のようにチラチラと輝いている。


共鳴するように、ライラの手元にある小さなオルゴールも凛と鳴った。

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