放浪編 ロズのオルゴール

新たな水車造り


木を切る音。

朝から、晩まで。

延々と、途切れることなくひびく。


時折、水車とせせらぎの音が紛れ込み、ライラの耳をくすぐった。

騒々しい中で、唯一の癒しだとライラは思った。



「本当に出来んのかよ」



休憩ついでにライラの傍へ来たブラムが言った。

訝しむように、切り出した木材を睨んでいる。



「私には分かりませんよ」


「ああ?? お前が言いだしたことじゃねーか??」


「それはそうですけど、私は職人ではないので」


「っは! ずいぶんなご身分だぜ」


「そうですよ。私が全額負担しているのですからね」



ライラは口の端を小さく持ち上げる。

ブラムが両手のひらを見せ、ライラから少し距離を取った。

色々不満はあるだろうが、「たしかにな」とブラムがこぼす。



一昨日。

コウランと話をしていたライラは、突然最良のアイデアを閃いた。

そのアイデアを形にするため、ライラはすぐさま大量の材木を購入した。

そして今、その材木をブラムとコウランが延々と切っている。


切り出した木材は、大小さまざま。

大きなものは人の背よりも高く、小さなものは手のひらよりも小さい。

「こんな小枝みたいなものをどうするんだ」と、ブラムが顔をしかめた。

小枝のように小さな木材を、百本近く切り出したからだ。



「その枝が、楽器を叩くんですよ」


「あ? こいつがか?」


「そうです。人が演奏しない楽器を作ってみたくて」


「そんなの、無理に決まってんだろ」


「やってみれば、出来るかも」


「かもって、自信無さげじゃねえか」


「それはそうです。先ほども言った通り、私は職人ではないので」


「なんだあ、そりゃあ」



ブラムが眉根を寄せる。

その様子を見ていたペノが愉快そうに笑った。

ライラがなにを作ろうとしているのか、ようやく察したからだ。



「はっはー、なるほどねえ、ライラは『オルゴール』を作ろうとしてるわけだね!」



ペノが小さな木材に手をかけて言う。

するとブラムが片眉を上げた。



「お、るごる……? なんだあ、そりゃあ??」


「オルゴール。音楽を奏でる機械だよ」


「あ? 魔法の機械かなにかかよ??」


「違うよ? くるくる回したら音が鳴るの」


「……全然わからねえ」


「完成したら分かるよ! 完成したらね?」



にやりとしたペノの目が、ライラへ向く。

ライラは苦笑いして、「そうね」と答えた。


ペノの言う通り、ライラが作ろうとしているものはオルゴールであった。

石琴と、コウランの家の外にある水車を見て、思いついたのである。

とはいえオルゴールの仕組みなどというものを、ライラは知らなかった。

音を奏でる完成されたオルゴールしか覚えていないからだ。

しかも、三百年以上前の、前世の朧げな記憶。

ふわっとした記憶を形に出来るのか、ライラには自信がなかった。



「や、やってみましょうよ。レイテさん」



木材を切り出す前。

アイデアを説明するにつれ自信を失うライラを励ましたのは、コウランであった。

コウランの明るい表情が、ライラの不安をほんの少し取り除いてくれた。

そのおかげで、半信半疑のブラムも精力的に手伝ってくれるようになった。


そうして、オルゴール作りが本格的にはじまった。

元々ある水車と石臼とは別に、新しい水車を作ることになった。

その作業は思いのほか難しく、かなりの期間を要することとなった。



「まあ、良い出来なんじゃねえか?」



完成した水車を前にして、ブラムが言った。

ライラとコウランも同意して頷く。

元々あった水車の方は古いためか、そこそこに煩かった。

それを反面教師にして、ライラたちは水車の軸を出来る限り真っ直ぐに、滑らかに仕上げた。

軸受けとなる部品も試行錯誤し、ようやく満足のいく水車が出来たのだった。

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