石琴
「ところで、ブラム。おめえ、嫁がいたのかよ」
ブラムから代金を受け取った職人が、再びにかりと笑った。
それを受け、ブラムが顔をしかめる。
「誰のことだよ」
「そこにいる別嬪のことに決まってら」
「ああ?? こいつは俺の主人だぞ」
「何言ってんだ、おめえ。主人のことをこいつ呼ばわりする奴がいるかい」
そう言った職人が、「照れるんじゃねえ」とブラムを身体を叩く。
たしかにそうだと、ライラは思った。
アイゼでのブラムの演技は、割と適当だ。
ライラを主人と公言しているものの、こいつだの、馬鹿だのと平気で言っている。
改めて思い返すと、ライラの心に苛立ちが溢れた。
ブラムを揶揄う職人へ一歩近寄り、丁寧に礼をする。
「仰る通りです、職人さん。こんなに口の悪い人を夫にするはずがありませんよ」
ライラはそう言って、ブラムの脇腹を抓った。
悲痛の叫びをあげたブラムが、ライラから半歩退く。
「わっはは! そいつあ違いねえ! 失礼したぜ、お嬢さん」
「お分かりいただけて何よりです」
「っは! こいつはとんでもねえ主人だぜ。おい、ブラム。ちったあ大人しくしねえと捨てられちまうぞ」
「っち、うるせえよ」
舌打ちしたブラムが、馬車へ戻っていく。
石琴を積み終えた二人の職人に声をかけ、礼を伝える姿が見えた。
口は悪いが、やはり几帳面だなとライラは苦笑いする。
本当にもう少しだけ大人しければ、素敵な紳士なのだが。
「それでは私もこれで」
「おう。また来てくれよ」
礼をするライラに、職人がにかりと笑顔を見せた。
翻ると、馬車のほうから職人に向かって礼をするブラムの姿が見えた。
まったく、本当に。
口さえ悪くなければいいのに。
「ねえ、ブラム」
馬車が走りはじめると、ライラはブラムの顔を覗き込んだ。
「どうしてお店で買わなかったの? 中央のほうにも楽器店があったと思うけど」
「知ってら。そこで買ったら高いだろうが。石琴はけっこう金がかかるんだぜ」
「それはそうだけど」
「俺あ、無駄金は使いたくねえんだ。贅沢に慣れたお嬢様と違ってな」
「はいはい。こんなお嬢様じゃお嫁には貰いたくないですよねー」
「分かってんじゃねえか」
ブラムが鼻で笑い、ライラの頭に大きな手を乗せる。
ライラはその手を跳ねのけると、馬車の後部に載っている石琴に目を向けた。
馬車が揺れるたび、石琴が小さく鳴く。
独特の澄んだ音に、ライラは目を細めた。
楽器に興味はなかったが、ほんの少し、鳴らしてみたい欲求が湧く。
「……本当に音楽に興味を持ったのですね。意外です」
ため息交じりに言うと、ブラムが「まあな」と短く答えた。
ブラム本人も、意外と思っているようだ。
「笛とかは音を出せそうにないけどよ。こいつなら俺でも、叩けば音が鳴るだろ」
「たしかにそうですね」
「たまにはこういう、柄じゃねえことにも手を出してみようかってよ」
「それは……素敵ですね。言われてみると、私も何かやってみたくなります」
「なら、石琴以外にしてくれよ。被りたくねえからな」
「分かってますよ。もう」
ライラはブラムの足を軽く蹴る。
馬車が小さく揺れ、再び石琴が鳴った。
西部にあるコウランの家に着くまで、石の涼しげな音がこぼれつづけた。
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