これも、あれも、ご都合主義

草原に、男たちの声がひびきわたった。

離れていたライラにも聞こえ、地響きが伝わってくる。



「また挑発したんだ。ブラムの馬鹿!」



酔いが収まらないライラは、ふらふらと立ち上がった。

ペノがケタケタと笑い、小さな手で地面を叩く。



「若いよねえ」


「三百歳が若いわけないでしょ」


「それ、自分で言うの?」


「もう、うるさいなあ! もう!」



ライラは魔法道具を握り締め、歩きだした。

ブラムの強さを信じていないわけではないが、万が一のこともある。

魔法道具ひとつ無駄にするだけでブラムに迫る危険が減るなら、安いものだ。


ライラは吐き気を我慢して、走りだす。

ブラムに迫る幾つかの人影が、ライラに気付いた。

十人ほどがライラに向かってくる。


ライラは筒状の魔法道具を振り回した。

すると筒の先から歌声がひびきはじめた。



「な、なんだ? この歌は……? あ、う? ……ああ」



歌声を聞いた盗賊たちが、その場で崩れ落ちていく。

さらに魔法道具を振ると、歌声が大きくなった。

歌が届く範囲はさほど広くなかったが、襲いかかってきた盗賊たちを収めるには十分であった。

崩れ落ちた盗賊たちは皆、その場で眠りに落ちていった。



「どうやら使い切らずに済んだねえ」


「良かったです。これを買い直すのは大変ですから」



足元で眠る盗賊を見て、ライラはほっとした。

これでなんとか、ブラムの助けになっただろう。



一方その頃、空へ高く飛んだロジー。

五匹の魔物を見下ろし、考え込んでいた。



「ブラムの旦那、暴れまわってるなあ。もしかして今回は俺、役に立たないかも?」



盗賊を薙ぎ払っていくブラムを見て、ロジーは感嘆する。

しかしやはり、ブラムの快進撃は長くつづかなかった。

後方に控えていた魔物がブラムに向かって動き出したからだ。



「よおし! 俺の出番だ! しっかり働いて、しっかり金貨を貰うぞ!」



ロジーは喜び勇み、腕を振り回した。

そうして右腕から無数の氷の杭を生みだす。

氷の杭を鋭くするたび、ロジーの周囲で劈くような音がひびいた。


ロジーが右腕を振り下ろす。

無数の氷の杭が、五匹の魔物を襲った。

人間には害を与えられないため、細かく調整して魔物だけに中るよう気を遣う。


五匹のうち、三匹の魔物が断末魔を上げた。

氷の杭に貫かれ、一瞬で命が断たれる。


逃げおおせた二匹の魔物が、ロジーを睨みつけた。

しかし空にいるロジーに襲い掛かることができないため、その場で喚き散らすのみ。



「森から出てきたことを後悔するといい。誰であれ、他人の領域を気安く踏みにじっちゃあいけないんだ」



ロジーは喚きつづける魔物に向け、左手をかざした。

左手から雷の矢が生まれ、魔物に牙を剥く。


ロジーが魔法の言葉を数度唱えると、雷の矢が強く光った。

光が一瞬のうちに大地へ届く。二匹の魔物が光に貫かれ、灼けた。

次いで、雷の余波が大地を震わせる。

魔物の傍にいた数人の盗賊が、全身を震わせてその場で卒倒した。



「おい! ロジー!」



地上から、ブラムの声が聞こえてきた。

ブラムの周囲にいた盗賊たちが身を震わせ、動けなくなっているのが見える。



「俺を巻きこむんじゃねえって言ったろ!」


「全然元気なんだからいいじゃないか!」


「ビリっとしたんだよ! びっくりさせんじゃねえ!」


「……ビリっとしただけで済むんだよなあ、ブラムの旦那は。おっかないねえ」



ロジーが肩をすくませ、地上へ降りる。

すると雷の余波によって動けなくなっていた盗賊たちが恐れおののいた。

普通の人間から見れば、ロジーの存在は異常なのだ。

全身から光を生みだしている時点で、魔族よりも恐ろしい存在だと分かる。



「か、か、神様?? い、いや、魔神?? た、た、助けてくれええ!!」



盗賊のひとりが叫ぶ。その声を皮切りに、すべての盗賊が逃げはじめた。

そのうちのひとりは、見覚えのある顔であった。

間違いない。数日前にライラたちを襲った盗賊だ。

ブラムも気付いたらしく、走っていってその盗賊を捕まえた。



「おい、お前。次は容赦しねえって言ったよな」


「ひ、ひ、ひいいい、お、お助け……!」


「ああん!? ちったあ、まともに生きようとしやがれ!!」


「こ、こんな世の中で、ま、まともに生きられるかってんだ!!」



盗賊が怯えながらもブラムを睨みつける。

ブラムが魔族と分かり、嫌悪の情を叩きつけていた。

戦争によってまともに生活が出来なくなったのは、すべて魔族のせいだと思っているのだ。


そうではないと、ブラムの傍まで来ていたライラは叫びたかった。

しかし言ったところで、どうなるのか。

何も変わらないし、変える力もない。

ライラの力でお金を渡したとしても、彼らの人生を取りもどせるわけではない。



「……とっとと行け。だが、あの村は襲うんじゃねえぞ」


「もう、そんな力はねえよ……っくしょうが……」



盗賊が身体を震わせながら去っていく。

倒れている他の盗賊も担ぎ、ゆっくりと。


ロジーの力で打ち倒した魔物は、ロジーが魔法の力で焼き払った。

魔物の亡骸を放置すると、そこから魔物が出てくるという噂があるからだ。

事実かどうかは分からないが、わざわざ放置して危険を残す必要はない。



「……なんて顔してんだ、ライラ」



去っていく盗賊たちの背を見ているライラに、ブラムが声をかけてきた。



「人間と魔族の戦争は、お前のせいじゃねえ」


「可能性はあります」


「たくさんあるうちのひとつだろ。実際、お前がこの世界に来る前からいがみ合いはあった。そうだろ、ペノ?」


「まあね!」



ライラの肩にいるペノが、ふわふわの白い毛でライラの頬をくすぐってくる。

ライラは苦笑いし、「そうかもしれませんね」と小さく言った。

しかし可能性のひとつを生んだことは否めない。

この先ずっと、何百年も、ライラは自らを責めつづけるだろう。


今はあの時のような失敗を犯さないよう、「お金に困らない力」を制御できている。

少なくとも金貨千枚までは、魔力が溢れ出ないように抑えられるぐらいにはなった。

そう出来るようになったのは、ライラが力の秘密のすべてをブラムに教えたからだ。



「……ねえ、ブラム」


「なんだ」


「……どうすれば戦争が終わると思う?」


「とんでもねえことを聞くんじゃねえよ。俺ら程度に分かるなら、とっくに平和になってんだろ」


「でも」


「世の中にはよ、『喧嘩をすることでもっと深く分かり合える』なんて都合の良いことを言ってる奴がごまんといるだろ。間違いじゃねえかもしれねえが、そいつらが全員考えを変えねえと無理だろ」



ブラムが吐き捨てるように言った。

確かにその考えは間違いではないかもしれない。

ライラとブラムも、喧嘩の繰り返しがあって分かり合ったからこそ今の関係がある。


「分かってほしい」という譲れないものとは、面倒なものだ。

譲れないものを分からせるために、皆、戦っている。

ライラたちもそうであるし、先ほど追い返した盗賊もそうだ。

ライラを追い出したフレメルも、自分と村のためにそうした。



「それでも気になるなら、出来ることを出来る範囲でやれってこった。どうせ、それくらいしか出来やしねえよ」


「……うん」



ライラは小さく頷き、ブラムに苦笑いを向けた。

ブラムが困った顔をして、そっぽを向く。



二人を追うようにして、御者の精霊が馬車を走らせてきた。

馬が嘶き、草原が鳴く。


旅の再開が、ライラの心をほんの少し軽くした。

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