ライラの旅


「……ふー。とりあえずいつまでやってるのって、言ってもいいかい?」



ライラの肩で静かにしていたペノが言った。

その声に、二人はぴたりと止まる。



「……あ? だ、誰の声だあ??」



ブラムが周囲を見回した。

ライラの肩の上に乗っているウサギが喋ったとは思いもしないらしい。

しばらくの間、ライラとペノはブラムの様子を黙って見守った。



「お、おい。今、声がしただろ??」


「……しましたね」


「したねえ」


「おい、まただ! どこに隠れてやがる??」


「……いいのですか? ペノ?」


「まあ、いいかなあって」


「あ、ああ???」



探している声がライラと言葉を交わしていることに気付き、ブラムが首を傾げる。

間を置いて、ペノがライラの肩の上で跳ねた。

跳ねながら嘲笑うように笑いだす。



「ま、まさか、このウサギが??」


「気付くのが遅いねえ」


「あ、ああ?? なんだあ、こいつは??」



驚いたブラムが、ペノを睨むようにして近付く。

その様子に、ペノが高らかと笑った。

明らかに揶揄っている笑い声。

次第にブラムの表情が歪んでいく。



「なんだ、このウサギは。……くっそ、ムカつくな」


「……気持ちはわかるけど、抑えてください。一応、その……神様なので」


「神様だあ? こいつがあ??」


「そうなんです。だから、その、ムカつくかもしれないけど我慢してくれませんか」


「ライラ、お前……本気で言ってんのか? ……まじか?? こいつがあ……?? まじかあ……??」



訝しむようにペノを見るブラム。

ペノが勝ち誇ったように両耳を揺らした。


その後、ペノは自らの正体を適当に説明した。

あまりに雑な説明であったので、ブラムの顔が何度も歪んだ。

それでも苛立つのを抑えようとしているブラム。

ライラはそれを察し、何度もブラムを宥めた。



「さあて、そろそろここから離れないかい?」



面倒臭そうにペノが言った。

ライラははっとして、村のほうに視線を向ける。


辺りは明るくなっていた。

早朝と呼べる時間が過ぎ去ろうとしている。

村の中でライラたちの様子を見ているリザたちも、そわそわとしていた。

旅立つのなら、そろそろ村から離れたほうが良いだろう。



「そうですね。そろそろ」


「よーし、行こう!」



ペノの声が跳ねた。

まったく名残惜しくないと言わんばかりに。

ライラは苦笑いしつつ、ブラムのほうを向いた。

ブラムもまた、ライラを見て苦い顔をしていた。



「……ありがとう、ブラム」


「……ああ?」


「謝る機会をくれて」


「そんなもん、いつでもくれてやる」


「いつでもって?」


「いつでもだ。仕方ねえだろ。リザに頼まれたからな」



ブラムの目が、村の奥へ向いた。

釣られてライラも、村へ視線を移した。

遠く離れていたリザが、かすかに頷いたように見えた。

ライラに対してではなく、ブラムに向かって。



「お前に付いて行ってやってくれってな」


「え!?」



思いもしなかったことを言うブラムに、ライラはつい大声をあげた。



(付いて来てくれるって? ……私に?)



ライラは不思議そうにブラムを見る。

その様子を見て、ブラムの眉根が寄った。

ほんの少し、苛立っているようにも見える。

いや。恥ずかしがっているのか。



「……ちっ、なんだあ、その顔は。……リザのやつがな、ご主人様が心配なんだとよ」


「あ、う、うん。リザが?」


「ああ、そうだ」


「そう、なのですね」



ライラは納得したという素振りを見せた。

ブラムが短くため息を吐く。


ライラは村のほうを見た。

いつの間にか、リザとソフィヌの姿が見えなくなっていた。

少し寂しい想いがあったが、ライラはぐっと唇を結ぶ。

見えなくなった二人に向け、小さく礼をした。



「それで、どこに行くんだい?」



ライラの肩でペノの明るい声が鳴った。

ライラは村の外へ視線を向ける。

当然、行く当てなどなかった。

あれこれと先のことを器用に思い描けるなら、こんな事態になっていないのだ。



「……考えていませんが」


「だよねえ!」


「お、お前、何も考えずに今日村を出るって決めたのか??」


「……そうですけど」


「っはー! この馬鹿ライラ!」


「ば、馬鹿って言わないでったら!」



ライラは怒鳴り、ブラムの背中を叩いた。

それ以上叩かれまいと、ブラムが跳ねるように逃げる。


とん、とんと。

二人と一匹が、メノスの村から離れていく。


この時よりはじまる、ライラの旅。

どんな時でもお金にだけは困らない、七百年の旅が幕を開ける。

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