テロアの街

テロアまでの道のりは、ライラの想像を超えて過酷であった。

馬車に乗せてもらったものの、道の凹凸がひどい。

一見なだらかに見えても、石ひとつで馬車がガタガタと揺れる。



「ライラ、大丈夫?」



ペノが小声で言った。馬車には、ライラの他にも客がいるからだ。

ライラは小さく頷き、項垂れる。



「お嬢さん、もうすぐ着くから頑張んなよ」


「……は、はい」


「ひどい顔色だねえ」


「ご迷惑おかけします……」



隣に座っていた中年の女性がライラの背をさする。

この旅がはじまってから、何度この女性に助けられたことか。

ライラは何度も礼を言い、街に着くまで甘えつづけた。


テロアまでは、クロフトが言っていた通り二日かかった。

街へ着いたあと、ライラは中年の女性を食事に誘って礼をした。

ついで、テロアの街の商人がどの辺りに集まるのかも尋ねた。



「お嬢さんは商人だったのかい?」


「えっと、そんなところです」


「若いのに大したもんだねえ。お嬢さんみたいに外から来た商人は、東区に集まっているらしいよ」



中年の女性が窓の外を指差す。

外に、行商らしき男が乗る荷馬車が見えた。

東に抜ける道を走っていく。

ライラは女性と別れた後、荷馬車を追うようにして東区へ向かった。


テロアの街はどこを歩いても賑やかで、華やか。

露店に並んでいる商品も、メノスの村とは大違いであった。

「この街に住むのも良いかもしれない」と、ライラは一瞬思った。

しかしすぐに頭を横に振る。

いくらお金がたくさんあるとはいえ、度の過ぎた贅沢は憚られる気がした。



「買っちゃえばいいのに」



ライラの心を読んだかのように、ペノが言った。



「そんなことをしなくても、メノスの村をもっと住みやすく出来ます」


「へえ。どうするの?」


「商人たちが、メノスに来ればいいのです」


「それってつまり、商人たちにお金を払って『メノスにも来て』って頼むってことかい?」


「そうです」



いいアイデアでしょう? と、ライラの声が跳ねる。

村で物が買えないなら、人を雇って物を持って来させればいい。

二重にお金がかかってしまうが、それはそれ。

二度目の人生を楽しく生きるための礎だ。


東区に着いたライラは、早速行商人たちを捜して回った。

誰が行商人か判別できないため、ライラは手あたり次第に声をかけつづけた。

そして行商人を見つけても、それで終わりではない。

メノスの村を通ってもいいと言ってくれる商人を選別する必要もあった。


結局、都合の良い行商人と出会うまで二日を要した。

しかしひとり見つかれば話が早い。

見つけた行商人と手を組んでいる商人も数人現れた。



「話しは大体分かった。つまりお嬢さんが欲しいものを持っていくついでに、メノスの村人に売れそうなものを運べばいいんだな?」


「つまりは、そうです」


「しばらくの間は確実にお嬢さんの出費が多くなるが、それでもいいんだな?」


「構いません。必要な分をここですべて払います」


「そいつあ太っ腹だ。俺たちがお嬢さんを騙すかもしれねえぞ」


「では、半分前払いしましょう」


「はは。本当にとんでもねえ太っ腹だ。しかしそれがいい。長い付き合いになるかもしれねえから、きっちり取り決めておこうや」



行商人の男がにやりと笑う。悪そうな笑い方だなとライラは苦笑いした。

男の名は、クナドといった。テロアを中心に行商をしているという。

クナドと手を組んでいる商人も同様で、テロアを拠点にしているらしかった。

どうやら行商人というものは組織的で、互いに協力し合うのが普通であるらしい。


ライラはクナドたちに、自分が欲しいものをひとつひとつ伝えていった。

それらはやはり高級品か、出回っていない物が多いようであった。

ライラの要求に、クナドたちはしばらく考えるような表情を見せた。

必ず買い取ってもらえる保証がなければ、大赤字間違いなしだからだ。



「その前金を払います。これで信用していただけますか」



ライラは袋の中に手を入れ、「お金に困らない力」を使う。

手のひらに、ずしりと重い感触が伝わってきた。

どうやら「前金」でも力が使えるらしい。

袋のから手を出したライラは、クナドたちに向けて手を広げてみせた。

そこには十枚の金貨があった。



「こいつあ驚いた。分かった。お嬢さんを、いや、ライラ様を信じるよ」


「宜しくお願いします」


「任せてくれ。必ず良い品を揃えてメノスへ行く」



クナドがライラに向けて右手を差しだす。

ライラはクナドの手を取り、固く握手を交わすのだった。

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