これで衣食住には困りません


翌朝。

木窓の隙間から差し込む光以外の何かに、ライラは起こされた。

意識がはっきりしてくると、その何かが生き物だと気付いた。



「やっと起きたね!」



目を開けたライラに向け、子供のような声が踊った。

木窓の傍にいる生き物が、その声を発したらしい。

ライラは寝ぼけた目をこすり、その生き物を見た。



「ウサギ……さん?」



ライラは首を傾げながら声をこぼした。

木窓の傍にいたのは、奇妙な姿形をしたウサギであった。

ウサギは真っ白で、手のひらに乗るほどに小さかった。

身体はまんまるでフワフワとしている。

長い耳は身体より長く、ぴょんと立っていた。


そしてこの子供のような声は聞き覚えがある。

生き返る前に会った、あのウサギだ。



「えっと、あの……あの時のウサギさん、ですよね?」


「そう!」


「どうして、ここに?」


「面白そうだから見に来たんだ!」


「えええ……?」



ライラは困惑する。

その様子を見て、ウサギが愉快そうに笑った。


ウサギの名は、ペノといった。

ライラの目の前に今いるペノは分身のようなもので、本体は元の場所にいるのだという。

暇なのだろうか。そう尋ねようとして、辞めた。

気分を害して、願い事がすべて無しになったら困ってしまう。



「新しい生活はどうだい?」


「……まだ二日目ですから、何も」


「ずいぶん慎み深く生きているみたいだね!」


「ようやく力の使い方が分かった程度ですから」


「はっはー! そう言えばなにも教えてなかったよねー!」



ペノが再び愉快そうに笑った。

というより、何かを思い出して笑っているようであった。

きっと遠くから、昨日のライラの行動を観察していたに違いない。

想像を超えて意地悪いウサギだなと、ライラは思った。


ライラがしかめ面をしていると、ペノが笑いながら謝罪してきた。

お詫びにという名目で、「お金に困らない力」の使い方を説明しはじめる。



「お金に困らない力」は、ライラが考えていたよりもすごいものであった。

昨日ライラが気付いた通り、買いたいものに見合ったお金を作り出せるらしい。

それだけではない。

作り出せるお金に限界はないのだという。



「この力のために、なにかが犠牲になったりしていますか?」


「なってるよ? でも大丈夫。誰も気付かないくらいわずかだから。君の力はこの世界からだけでなく、何億何兆もある別の世界からほんの少しずつ力を貰って使えているんだ」


「……とんでもない話ですね」


「まあスケールが違う話に聞こえるかもしれないけど、これは普通のことなんだ。あらゆる世界は常に、力を貸したり借りたりして繋がっている。君が得た力も、いつかは別の世界へ流れていくんだよ」



当然でしょと言わんばかりにペノが両耳を立てる。

そうと言われたらライラも返す言葉がない。

もはや神様が決めているような次元の話だ。

ライラはこれ以上、力の出どころを気にするのは辞めることにした。


しかしペノが言うには、「お金に困らない力」は制限があるらしかった。

買いたいものがない場合はお金が出てこないのだという。

つまりお金を出すだけ出して、貯めておくことは出来ない。

換金目的のために物を買うことも出来ないという。



「それは特に気にしないです。困りはしないので」


「そう言うと思ったけどね。まあお金が好きな人ってお金を眺めることも好きなものでしょ?」


「私は別に、お金が好きなわけじゃないので」


「んー! ライラって欲望が中途半端だよねえ!」



ペノが両耳を揺らして言った。

確かにそうかもしれないと、ライラも思った。

せっかくの力なのだから、多少は贅沢をしてみるべきだろうか?



突然の来訪者と、自らに授けられた力に戸惑いつつも、ライラは身支度して部屋を出た。

ソフィヌが朝食の準備をしていたので、手伝った。

食事中、ライラはこの村に空き家がないかをソフィヌに尋ねた。

「いくつかはあるねえ」と言ったソフィヌが、空き家の場所を教えてくれた。



「この村に住むのかい?」


「とりあえず仮住まいしようかと思いまして」


「そうかい。そのウサギちゃんも一緒に?」


「ニャー」


「……猫ちゃんなのかい?」


「ニャー?」


「……まあ、どっちでもいいね。可愛い仲間がいるのはいいことだよ」


「……そうですね」



ライラは苦笑いする。

どうやらペノは、ライラ以外と喋るつもりがないらしい。

しかし「ニャー」とはどういうことなのか。

自らの設定をあまり考えていなかったのだろうか。


食事を終えたライラはソフィヌに礼を言い、家を出た。

忙しない気もしたが、仕方がない。

いつまでもソフィヌに頼りつづけるわけにはいかないのだ。

家を出る前。ライラは宿泊代とは別に朝食の代金を払おうとした。

しかしソフィヌが苦い顔をして、きっぱりと断ってきた。



「ライラ、すべてにお金を払っちゃあいけないよ。好意には好意で返してほしいものさ」


「そう、ですね。ありがとうございました、ソフィヌさん」


「あいよ。またおいで。たまには食卓が賑やかなのもいいからねえ」


「分かりました。その時は食材を持ってきます」



ライラは手にしていたお金を引っ込めて、深く頭を下げた。

引っ込めたお金は、すぐさまライラの手のうちで消えて無くなった。



ソフィヌの家を出てすぐ。

ライラは忙しく駆けまわった。


最初に買ったものは、服である。

昨夜の安服を着たままたくさんの買い物をすれば悪目立ちするからだ。

ライラは昨日とは別の服屋へ行き、まともな生地で仕立てられた服を買った。

その場で着替えると、肩に乗って付いてきていたペノが褒めそやした。



「やあ、ずいぶん可愛らしくなったね!」


「どうも」


「もう少し愛想がいいと可愛いのにね!」


「善処します」


「うーん、中途半端!」



ペノが耳を揺らして笑う。もちろん、他の人には聞こえないようにだ。

ライラはペノの頭をポンと叩くと、次の買い物に向かった。

今のライラには、靴も、髪留めもない。とにかく何も持っていない。

家を買う前に整えるべきことはたくさんある。


何かを買う前に、手のひらからお金が出てくる感覚も慣れてきた。

しかし念のため、やや大きい手提げ袋を買っておいた。

手のひらから出すお金の量が多い時は、溢れてこぼれてしまうからだ。

ライラは、お金を払うときは必ず袋に手を入れ、袋の中でお金を出す癖をつけることにした。


この世界で平穏に生きていくため。

「お金に困らない力」は、絶対に他人に知られてはならない。



「次が本命。家の購入だね!」



ペノが楽しそうに言った。

ライラは頷き、ごくりと息を飲む。


購入する家は、すでに目星を付けていた。

事前にソフィヌが教えてくれたいくつかの空き家の中に、望んでいた物件があったのだ。

ライラの希望は、目立たない場所に建っている家であった。

立派でなくとも、そこそこ広ければ良い。

値段も安ければ、生き返って二日目にして悪目立ちすることはないだろう。



「ボクは豪邸がよかったのになあ!」


「嫌です」


「でも質素に暮らすつもりはないんでしょ?」


「それはもちろん。多少の贅沢はするつもりで願いを叶えてもらったのですから」


「うーん、中途半端だあ!」



購入した家の前で、ペノの笑い声が鳴る。

村外れに建っていた、やや古い家。

屋根も外壁も、内装に至るまで修理が必要だが、問題はない。

修理のためのお金はいくらでも出せる。



「これで衣食住に困ることはないです」



埃の積もった家に入り、ライラは大きく頷いた。



「うん? 食は?」


「毎食買います」


「作らないの?」


「私、料理できないので」


「うーん、やっぱり中途半端だあ!」



ペノが嘲笑うように言ったので、ライラはペノの耳を指で弾いた。

痛がるペノの声が、家の中にひびく。

ライラたちが動くたび、家中の埃が舞い、光を受けて煌めいた。

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