時空超常奇譚5其ノ七. 起結空話/チャンスの女神の後ろ髪
銀河自衛隊《ヒロカワマモル》
時空超常奇譚5其ノ七. 起結空話/チャンスの女神の後ろ髪
起結空話/チャンスの女神の後ろ髪
◇
A国とB国間の戦争は相変わらず一進一退のまま続いていたが、国境周辺で起きた小競り合いによってB国とC国の間に緊張が高まると、A国は勝利への効果的な妙案としてC国参戦の可能性を模索した。
B国は、A国とC国の間に位置している。それを考えれば、各国の位置関係が今後かなり重要な意味を持って来る事は間違いない。即ち、A国にとってC国の参戦は、挟撃という絶対的なアドバンテージになり得るのだ。そうなれば、チャンスの女神はA国に満面の微笑を見せるだろう。
僅か数時間前に前大統領からの次期指名を受けて、新たにA国大統領に就任したばかりのランディ・J・スミスは、極秘裏にC国との軍事同盟体制を構築すべく自らが極少数の政府関係者とともに大統領専用機でC国へと向かった。A国大統領と政府関係者が搭乗する専用機は日本製C1短距離離着陸式中型輸送機の改良型で、機内後部に重装甲防弾、対爆防御仕様の大統領専用車が積まれている。
極秘会談は順調に進み、C国から「A国大統領がランディ・スミスである限り」という条件は付いたものの、A・C二国間での軍事協定締結で纏まった。
大きな成果を引っ提げて意気揚々と大統領専用機に乗り込み帰途に就いた一行だったが、帰還ルートを事前に掴んだB国軍は、世界最強と謳われるF22戦闘機で構成される空挺師団で大統領専用機を襲撃する『A国大統領抹殺作戦』を決行した。
一方、その要撃作戦を直前で察知したA国は慌てて予定されていた海沿いルートを大幅に変更し、山沿いルートとする事で取りあえず何とか難を逃れた。苦肉の策として変更された山沿いルートは、B国空挺部隊が発進した海沿いルートとは相当の距離があり簡単に追撃される事はないが、B国の管轄エリアを横切る為に必要以上に慎重な飛行が要求される。決して安全とは言い難い。
B国エリアに入ったA国大統領専用機に、A国南エリア国境警備基地から現在の詳細飛行状況が指示されている。
「こちら南国境警備基地管制、そのまま12時の方向へ進め。その方向にB国軍戦闘機は皆無だ」
「ラジャー」
大統領専用機のパイロットが応答した。その無線が当然B国軍に傍受されているだろう事は承知の上なのだが、大統領を救出するという一刻を争う緊急事態に立たされている以上、連絡を拒否するという選択肢はない。国運が懸かる大統領救出に失敗は許されない。
緊急事態であるのはB国にとっても同様で、極端に重大な局面に立たされている。ここで『A国大統領抹殺作戦』を失敗すれば、結果的にC国の参戦によってB国に危急存亡の時が訪れる事は必至だ。
B国軍本部から大統領専用機を追尾する空挺部隊に向けて、感情的な声で次々と指令が下される。
「A国大統領機は西北西bba方面へルートを変えた。全速力で追え」
「了解」
「何としても、何がなんでも撃墜するのだ。言い訳は聞かん、必達せよ」
「了解」
感情の高まりを抑え切れずに空挺部隊に発破を掛けながらも、レーダーで追撃状況を確認するB国軍本部司令官と次官の嘆きが聞こえて来る。
「追撃は可能なのか?」
「恐らく、空挺部隊が追いつく前に我が国の管轄エリアを出てしまい、攻撃は難しいと思われます。それに早々にA国基地から救援機が来るでしょうし」
「やはり駄目か……」
「司令官、報告します」
失望に苦虫を噛み潰す司令官の下に、B国軍国境管理部隊指揮官から一縷の望みが伝えられた。
「司令官、A国大統領機が通過するbba方面の1100地点に、北方面隊所属の戦車1台が国境管理の為に待機しております。尚、戦車はレオパルト2A6で、レーザー誘導型地対空ミサイルを装備しています」
「何、何という好運だ。チャンスの女神は我がB国に微笑んでいるぞ!」
即刻、待機中の戦車に指令が告げられた。
「本部より北方面隊国境管理bba1100へ。ルートを変えたA国大統領機が上空を通過する筈だ。地対空ミサイルで確実に撃ち落とせ」
「こちらbba1100、了解」
西北西へ向かって飛ぶA国大統領専用機がB国のbba1100地点に近づいた。上空には雲一つない抜けるような青空が広がり、遠くにA国大統領が乗っていると思われる軍用機が見える。
「おい、来たぞ。あれだ」
「レーザー照射、ミサイル誘導目標補足。地対空ミサイル、発射」
B国軍bba1100戦車の狙撃兵二人は、本部から急遽発せられた作戦の指示に戸惑いながらも、レーザー誘導で狙いを定め大統領専用機と思しき軍用機にミサイルを撃った。誘導ミサイルは目標物の右エンジン部分に命中した。
「着弾確認」
予想もしていない樹林地帯から受けた地対空ミサイルの攻撃で右エンジンから発火した大統領専用機は、機体の爆発は免れたものの飛行継続を断念する以外にない。
A国基地からの状況確認にパイロットが答えた。
「大統領は無事か?」
「大統領は無事ですが、本機飛行継続は不可。前方の穀倉地帯に着陸します」
「直ちに救援ヘリ2機を発進させる。想定通り、大統領救出『IROTO作戦』を実行せよ」
「ラジャー」
大統領専用機は何とか墜落を回避し、エンジンから火煙を吹き出しながらも、無事にB国内の樹林に囲まれた山麓に緊急着陸した。
不時着した大統領専用機から、即座に二手に分かれて避難する四人の政府関係者の姿が見えた。周辺には、
二手に分かれた内の女性兵士の無線機に、A国基地から連絡が入った。
「北に1キロ程進んだ位置に麦畑があり、その中央に丸太小屋がある。そこを目標に救援ヘリが向かっている、急げ。但しこの会話がB国軍に盗聴されている確率は高い、大統領救出『IROTO作戦』を完全遂行せよ」
女性兵士は、監視カメラの盗聴など歯牙にも掛けず了解し、もう一人の白シャツの男に向かって声高に叫んだ。
「大統領、この先の丸太小屋に救援ヘリが向かっています。『IROTO作戦』の開始です」
「わかった。急ごう」
別の道を行く無線機を持つ軍服姿の老人にも、A国基地から連絡が入った。
「北に1キロ程進んだ位置に麦畑があり、その中央に丸太小屋がある。そこを目標に救援ヘリが向かっている、急げ。但しこの会話がB国軍に盗聴されている確率は高い、大統領救出『IROTO作戦』を完全遂行せよ」
老人もまた、監視カメラを気にする様子もなく了解し、もう一人の青シャツの男に向かって叫んだ。
「大統領、この先の丸太小屋に救援ヘリが向かっています。『IROTO作戦』の開始です」
「承知した。急ごう」
生い茂る樹林地帯を過ぎると、目の前に黄金色の麦畑が広がった。その中程に丸太小屋が見える。麦の穂を掻き分ける青シャツの男と老人の二人は、勇んで丸太小屋へと向かった。白シャツの男と女性兵士も同様に小屋に向かっている筈だ。
兎に角、丸太小屋へと急がなければならない。無線の会話は盗聴されていてA国の手の内は全て筒抜けだと考えるべきだ。
しかも、丸太小屋に向かって来ているのはA国の救援ヘリだけでなく、短時間の内にB国軍の空挺部隊も飛んで来るだろう。そうなれば、A国大統領が無事に自国へ帰還出来る確率はかなり低くなり、C国との関係が上手く機能するかどうかも怪しくなってしまう。一刻も早く丸太小屋に辿り着いて、救援ヘリを待たねばならない。
四人は黄金色の麦に足を取られないようにして急ぎ、二方向から必死の思いで丸太小屋に着いた。
季節外れの小屋の中には椅子と机以外何もない。部屋の隅に監視カメラが1台設置され、B国軍が監視している事を意味する小さな赤いランプが点灯している。
青空だったのが噓のように、今にも雨の降り出しそうなそうな空。小屋の窓に見えるのは風に揺れている黄金色に頭を垂れて輝く麦。その向こうに見える深く鬱蒼とした樹林地帯のどこかにB国軍の戦車が隠れているのだ。
B国軍本部から戦車の狙撃兵に来るのは「A国大統領の抹殺計画を必達せよ」との指令のみで、それ以上の具体的な方策が発せられる事はない。B国の命運を握るこの作戦を担っているのは、本部ではなく空軍でも地上軍でもない。地対空ミサイルを搭載した戦車1台だけなのだから仕方がない事ではある。
B国軍本部も戦車の中の狙撃兵も
いきなりB国の未来を背負わされた戦車の中の狙撃兵二人は、当惑しながらも、今そこにある問題は何なのかを冷静に熟考した。戦車1台だけで余りに大きなその作戦を完遂するには、運の他にも幾つかの問題がある。本部の言う精神論だけでは何一つ成果を上げられないのは子供でもわかる。
大きな問題が三つある。
その一の問題は、作戦の対象をピンポイントで確定出来ていない事。A国の大統領になったばかりのランディ・スミスの顔がわからない。二人だけではなくB国軍関係者でさえ知らないのだ。
A国無線の盗聴とスパイ衛星の画像から確実にわかっているのは、A国の新大統領を含めた政府関係者全員がC国離陸時に大統領専用機に乗り、不時着した大統領専用機からパイロットを除いて丸太小屋に移動した事。A国のヘリが大統領救援の為に時を待たずしてこの場所に向かっている事。
それ以外に情報は何もないものの、それらから導かれるのは丸太小屋の中には必ずA国大統領がいるという事。
二人の狙撃兵は、改めて攻撃対象を確定すべく監視カメラを凝視した。丸太小屋の画像には、相変わらず青いポロシャツの男と軍服姿の老人、白いポロシャツの男と赤いシャツの若い女性兵士の四人の姿が見えるだけだ。
「青シャツの男と白シャツの男のどちらがA国大統領なのだろうか。やっぱり、あの青シャツの男がA国大統領ランディ・スミスなんじゃないか?」
「どうかな、白シャツの男なんじゃないか?」
狙撃兵二人が、監視カメラの映像に
その二の問題は、狙うタイミングが重要となる事だ。A国大統領をピンポイントで確定出来ないこの状況でA国大統領を抹殺するには、丸太小屋の監視カメラで確実に大統領を含む政府関係者が小屋にいる事を認識した上で小屋ごとミサイルで爆破するか、或いは救援ヘリに大統領が乗ったのを了知した上でヘリを爆破するかの内の何れかしかない。
小屋ごと木っ端微塵に吹き飛ばしたとしても、抹殺対象が逃げてしまえば元も子もないし、その可能性は否定出来ない。大統領が乗ったヘリを爆破する方が確実性はある。B国軍としては何としてでもA国大統領を抹殺しなければならないのだが、決して簡単ではない。監視カメラと無線の盗聴によって、A国大統領が丸太小屋にいる事も、救援ヘリが向かっている事も、その着陸予定地点が丸太小屋前である事もわかっている。
確実に大統領を抹殺する方法は何か、どちらのタイミングを狙うか、狙撃兵は逡巡せざるを得ない。
その三の問題は、狙うチャンスが限られている事だ。A国の大統領と思しき青と白の二人の男は、当然の如く別々の救援ヘリに乗るだろう。それを戦車からレーザー誘導ミサイルで撃墜する事は高い確率で可能であるに違いないが、その救援ヘリを護衛するのは、十中八九間違いなく世界最強の攻撃ヘリAH64アパッチだ。
攻撃ヘリAH64アパッチの対戦車攻撃能力は想像を遥かに超え、そのミサイルを喰らったら戦車は一撃で大破する。対戦車の高攻撃力を備えるアパッチは、B国軍戦車がミサイルを発射したと同時にその位置を探知し、戦車が2発目のミサイルを撃つ前にヘルファイア対戦車砲で反撃するだろう。従って、その時点で2発目のミサイルを撃つ事を前提にしてはならない。救援ヘリを撃ち落とせるチャンスは一度しかないのだ。
それら三つの問題を踏まえた上で、結局のところ唯一の頼みの綱の戦車1台で作戦を完遂する為にはどうしたら良いのか。
それは、丸太小屋ごと爆破するのではなく、対象を青と白のどちらかに想定した上で、対象が救援ヘリに乗ったタイミングで攻撃抹殺する以外にない。対象が的中するかどうかは運次第という事になる。
2機のヘリが丸太小屋に向かって飛んで来るのが見える。それがA国大統領の救援ヘリである事は明白だ。B国軍の二人の狙撃兵に緊張が走る。
「青シャツの男と白シャツの男、どっちにする?」
「まだ言ってるのか、どうせ一発しか撃てないんだからどっちでもいいよ」
「そうだな」
「そう言えば、A国の作戦名って『IROTO』だったよな。それってさ、逆に読めば
「なる程、それで大統領って呼ばれるヤツが二人で救援ヘリが2機なんだ。じゃぁ、先発が囮で後発が本物って事じゃないかな。どっちにしても幼稚な作戦だ」
「それなら、先発したヘリだけは命懸けで撃ち落としてやるぜ」
「そうだな。もし違ってたとしても、奥の手があるからな」
「奥の手?」
一方、ヘリの到着にA国の四人は安堵の表情を見せていた。当初の作戦通り2機の救援ヘリだけでなく戦闘ヘリまでが上空を舞っている。A国基地の誰もがこうなればもう作戦成功だと確信している。
攻撃ヘリに守られた2機の救援ヘリはホバリングし、徐々に丸太小屋の前面部に降下を始めた。そして、麦畑に縄梯子が降ろされていく。
愈々、それぞれの国の命運を賭けた最終決戦が始まった。
救援ヘリを狙うB国軍戦車は、レーザー誘導式地対空ミサイルを搭載する世界最強の戦車と謳われるレオパルト2A6。
他方、A国の救援ヘリを護衛するのは、世界最強の攻撃ヘリAH64アパッチ。機首部の先端上部に操縦士用暗視装置、下部には目標捕捉の指示照準装置が取付けられ、AGM114対戦車ミサイルを装備している。
先発の救援ヘリに青シャツの男が乗り込み、大空へと一気に飛び上がった。
その時、樹林地帯の中から火薬の擂れる音をともなう光が見えた。B国軍戦車から発射されたレーザー誘導型地対空ミサイルであるその光は、殺意を漲らせて大統領と呼ばれる男が乗り上昇した救援ヘリに向かって飛んだ。力強い意志を持ったミサイルは命中し、ヘリは木っ端微塵に砕け散った。
女性兵士に、攻撃ヘリから無線の声がした。
「今の攻撃で敵の位置は確定した。攻撃する」
樹林地帯の一点に向かって、戦闘ヘリからATM対戦車ミサイルが飛んだ。樹木に隠れていた戦車は、上空からトップアタック攻撃で爆裂したミサイルに
その直後、白シャツの男が乗り込んだ後発のヘリが飛び上がった。B国軍の裏を掻いて、A国の大統領救出『IROTO』作戦は見事に成功した……。
だが、燃え上がる戦車の中から何とか逃げ出したB国軍の狙撃兵の二人は、笑っていた。
そして、間を置く事なく、白シャツの男が乗った後発の救援ヘリに向けて奥の手であるFIM92携行型地対空ミサイル『スティンガー』を撃ち放った。
スティンガーミサイルの有効射程距離は約4000メートル、誘導方式は目標熱源を追尾する赤外線ホーミング、更に移動予測機能により命中率は95パーセントを超える。
これで2機目の救援ヘリも撃ち落とせる。どちらが本物だろうが2機とも撃ち落としてしまえばB国軍の勝利は揺るがない。A国の『IROTO囮』作戦は失敗し、B国軍が『A国大統領抹殺作戦』を完遂する事になる。
B国軍本部は最後のチャンスに賭けるしかない。
「撃て、チャンスの女神の後ろ髪でいい。確実に掴め、何がなんでも掴め!」
「これでオレ達の勝ちだぜ」
そう呟き狙撃兵が引き金に指を掛けた。砲口から地対空ミサイルが暴力的な勢いで飛び、ヘリの前面に命中した。救援ヘリは光輪と爆発音とともに一瞬で木っ端微塵に吹き飛び、麦畑に墜落した。破片が丸太小屋の屋根に落ちて来る。小屋に残っていた軍服の老人と女性兵士が裏口へと避難した。
「やったぞ、オレ達の勝ちだ!」
「やった!」
狙撃兵二人とB国軍本部は作戦の成功に歓喜した。A国の稚拙な囮作戦を見抜き、欺こうとしたヘリを2機共撃ち落としたのだから、これこそ完全なる作戦勝ちだと言えるだろう。
「これでB国存亡の危機は救われた」
B国軍の『A国大統領抹殺作戦』が大勝利を得た……。
大勝利に狂喜乱舞するB国軍を他所に、丸太小屋裏には大統領専用機から搬出された大統領専用車が乗り付けられていた。
軍服の老人と女性兵士が乗り込むと、車は急発進した。
「『IROTO囮作戦』が完璧に上手くいきましたね。急ぎましょう、大統領」
A国初の女性大統領ランディ・ジェニファー・スミスを乗せた車は、悠々とA国基地へと走り去った。
残念ながら、チャンスの女神に後ろ髪はない。
完
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