第24話「お化けじゃなくて女の子」


 今日の鍛錬を止めると決めたのはいいが、家には帰れない……。


「家には帰れないよなぁ、あそこで生活は……出来ないよなぁ……。でもここに来るまでに、寝泊まり出来そうな所もなかったし。──はぁ、自分の家に帰るしかないか……。ん〜、あの家で生活するんだったら、あのままじゃ無理だ。まずは息のない皆を外に出して埋めてあげないと……」


 行く当てがないので自分の家に帰らないと寝られない。まあ、子供の俺が家に帰らないとか、強くなるだとか、いくら良いように考えたって出来ることはたかが知れてる。


 考えていた事が全て上手くいく訳は無い。

 改めて考えてみると分かるのだが、強気な俺が姿を見せはじめ、全て上手くいく気がしていたのも事実。

 そして、そうでもない現実に肩を落とした。



 ── 早く大人になりたいなぁ……。



 降ろしたリュックをまた背負い、肉を自転車のカゴに乗せてバッグを荷台へ括る。

 

 そして家に向かってペダルを漕ぎ出した。


「でも、こうやって毎日家と山を往復すれば、それだけでも体力がつくはずだ。うん、良いように考えよう。それに、息のない皆を外に運んで、穴を掘って埋めてあげれば相当体力が付くよな。──俺の力じゃ、人一人家の外に出すだけでも時間はだいぶ掛かるだろうけど……」


 自分にそう言い聞かせながら山を離れ、一軒目の家を横切り町の中へと入っていく。


 重く感じるペダルを踏み込み五軒目を横切ろうとした時、それは突然聞こえてきた。


「ま゛っでーーっ!」

「うぉーーっ!」


 人の声が聞こえてくるとは思っていなかったので、驚き過ぎて叫んでしまった。


 無意味に自転車のブレーキを思いっ切り握ってしまう。すると足音が近づき、振り返る前に自転車がいきなり揺れた。


「い゛がないで〜!!」

「ぎぃやぁーーっ!」

 

 自転車を前後に揺らされ、聞こえてくる濁音ばかりの言葉に恐怖を覚える。

 思考が追いつかずに、まだ明るいのにお化けが出たんだと思い込んだ。


 怖すぎて思いっ切り目をつむり、ブレーキを力一杯握り締めていると、今度は泣き声が聞こえてくる。


「ううっ、ひんっ、ひんっ、ずずっ……」


 その泣き声に、恐怖心が関心に変わった。

 この泣き声はお化けじゃなくて人だなと思い、怖くてつむっていた目を、今度は逆にどんな人が何故泣いているのかが気になり開けた。


 ゆっくりと振り返ると、女の子が自転車の荷台を掴み俺の方を見て涙を流している。


「や、やっぱり人か……。お化けじゃなくてよかった」


 ショートカットで、背は俺より高そうだ。俺の身長が135なので、150以上はありそうに見える。


 腫れている目に涙をいっぱい溜めて、溜めきれない涙はどんどん頬を伝って流れている。鼻水を垂らし、口はへの字口になっているので、変な顔に見えた。


「どうしたんだよ? っていうのは変か……。──なんで泣いてるの? って聞くのも可怪しいな……。こういう状況の時は何て話し掛ければいいんだ?」


 ぶつぶつと言いながら悩んでいると、女の子が笑い出した。


「ひんっ、ふふっ、へん゛っなの……」


「怖いから泣きながら笑うなよ……。──君は一人なの?」


 女の子が涙を拭いながら答える。


「ぐすっ。うん、皆帰ってこない、の。家に一人で居たら凄い唸り声が聞こえて……。窓の……外をみたら、モンスターだらけで、怖くて、地下に隠れ……てたの。ううっ」



 ── 俺と同じだ。



「家族の人達はどこに行ったんだよ」


 女の子に流れる涙はもう無い。落ち着いた様子で話し出した。


「昨日はね、町内の集まりで、お母さんとお父さんがね、近くのグラウンドに出掛けたんだけど……帰ってこなくて。──2人共帰ってこないから、昨日の夜は凄く寂しくて……お母さんとお父さんに会いたいよ〜」


 たぶんここに来る途中に見たグラウンドだ。あの黒くなった人の山。俺が見た限りでは生存者はいなかった。


 もし昨日息があったとしても、今日の時点で起き上がれていないなら恐らくもう命はないだろう。


 その事を話そうかとも思ったが、やっぱり話すのは止めた。


「そっか……それは心配だよな。──俺は、家の人全員死んだんだ」


 女の子がまた悲しげな顔をしている。


「そ、そうなのね……。外を見ていても、人も車も通らないし、周りの家も焼けたり壊れたりしてたから、この周りの人達もモンスターに殺られたのかも……。私のお母さんとお父さんも……もう、死んじゃってるのかな? 

ぐすっ……ここらへんで生き残っているのは私達だけかもしれないわ。そんなふうに考えたくはないけど……。貴方はここで自転車に乗って何をしてるの?」


 恥ずかしいが、嘘をつく理由もないので正直に答えた。


「──ん〜、あの、俺……弱いんだよ。価値が0円なんだ。──皆モンスターに殺られたから頼れる人もいないし、こんな自転車じゃ山を越えることも出来ないだろ? だからそこの山で体を鍛えながら、モンスターを全部倒してやろうと思って……。変なヤツって思わないでくれよ? これでも本気で言ってるんだから。──それで、今はその帰り」


 女の子が驚いた顔をしている。


「価値0円って……。もしかして、神竜貴史しんりゅうたかし君って貴方のこと?」


 俺の名前を知っている? 噂か……やっぱり噂が広がっているんだとこの時実感した。

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