第17話「一人ぼっち」


 ドアの前に立って刀を抜刀した。


「わっ! 刃が真っ黒だ。こういうのって確か黒刀っていうんだっけ? 黒光りして綺麗だなぁ」


 刀に見惚れていたが、お腹の虫が現実に引き戻す。


 刀を振るくらいなら出来る筈だ。

 ドアの向こう側の鍵穴付近に人の頭があるので、それよりも上を狙って刀を斜めに振り抜けばいい。


 鞘を壁に立て掛けて狙いを定めた。


「やーっ!」


 刀が大きいので扱い難いが、そんな事はお構いなしに力をかなり入れて振り抜いた。刀で何かを斬るなんて初めてなので、この振り方でいいのか分からないが、とにかく振った。


 ドアに変化は無い……。


「おかしいな? もしかして、全く斬れない刀なのかな?」


 刀を左手で持ち、右手をドアに当て押してみた。

 すると、押した分だけ斬れた上部分のドアが動いたので、そのまま蝶番ちょうつがいを軸にしてゆっくりと押しきった。


「す、凄いや。斬り口が滑らか過ぎて、斬れたドアがスッと開いちゃった。──あれ? よく見ると横の壁にも亀裂が入ってる」


 どうやらこの刀は本物らしい。


 立て掛けていた鞘を手に取り刀身を納め、ドアの向こう側へ立て掛けた。

 残った下部分のドアによじ登り、ドアの向こうへ飛び降りる。


「な、何だよコレ……」


 辺りは人が倒れ血の海と化していたが、空腹で全てが限界に達していた俺は、辺り構わずキッチンへと走った。


 もちろん、家宝の刀を抱きしめて。


 キッチンへ辿り着くと、そこはお皿や調理器具が散乱していたが、そんな物お構いなしに食べ物にがっつく。


 パンをかじり水を飲み、余り物の肉を食べるとようやくお腹が落ち着いた。


 落ち着きを取り戻すと、今度は不安に襲われる。キッチンまで来た時の惨状が頭に浮かび、声や物音すら全く聞こえてこないこの状況が、より孤独を感じさせた。


 家族全員が家に居たはず。


 恐る恐る家の中を歩くと、さっきは気にならなかった倒れた人や飛び散った血が不安を増大させる。


 俺とよく遊んでくれた執事のじーじや、嫌いな勉強を教えてくれた専属の家庭教師。


 皆倒れたまま動かない。


 あり得ない光景に感情が追いつかない。


 二階の子供部屋へ行くと兄と姉が倒れており、体の下の絨毯が真っ赤に染まっていた。


 そして、剣を握った状態で倒れている父もいた。兄と姉を助けようとしたんだ。


 あんなに強かった父が負けたのか? 下半身に至っては何か重たい物を上から落とされたように潰れていた。この状態では息はないだろう。


 声を出すのが怖くて少し様子を窺っていたが。


「全然動かないや……」


 兄と姉も、もう息をしていないだろうと思い、母親がいるはずの寝室へ足を向ける。


 開いているドアから中を覗くきベッドに目をやると横たわっている母がいたが、その胸には短剣が刺さっている。


「お母さん……」


 俺には厳しかった父と母、意地悪だった兄に姉だが、さすがに辛い。

 辛いと思ってはいるが、涙は出なかった。


 あまりの出来事に感情が追いついていないからなのか、自分では分からなかった程家族のことを嫌いになっていたのか……。

 

 両親の寝室を出て自分の部屋に戻るとふと気になったことが。

 モンスターは死ぬとエネビ玉を必ずドロップして消えると父から聞いたことがある。


 父は栗山支部の支部長で冒険者。

 仕事でダンジョンに潜ってはエネビ玉を持って帰り、ダンジョンやモンスターの話を聞かせてくれた。


 エネビ玉は綺麗な色をいているので、家の棚にはエネビ玉が沢山並べられている。


 そのエネビ玉が転がっていないということは、モンスターが死んでいないということだ。


 あのA級の父が、一方的に殺られたのか? それとも敵が多すぎてどうすることも出来なかったのか?


 考えてみたが、想像するだけで答えは出てこない。


「俺って一人ぼっちになったんだ……」


 不意にそんな言葉が口に出た。


 皆が死んだことを、その言葉を口にすることで改めて実感した。

 俺は思ったことがある……こんな家族と一緒にいるくらいなら一人になった方がマシだと。



 ──そんな事を考えていたから、こんな事になっちゃったのかな……。



 色んなことを考えながら窓の外に目をやると、道で倒れている人が見えた。

 目に入った太陽は山に近づいていたので、もうすぐ日が落ちる。


 目の前の家は崩れ、また違う家は燃えさかっていた。


 栗山町全てがモンスターに襲われたんだろうか? ふと、住みたい町ランキング最下位になったときの理由が頭を過ぎった。


 ある日突然不幸が訪れそうだから。



 ── あのランキングの理由、当たってるじゃないか……。



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