第9話「俺を……強くしてほしい」



 ✡貴史たかし視点






 俺の生活は6歳の誕生日を境にガラリと変わった。


 欲しい物は買ってもらえず、家の外に出る事も禁じられる。


 価値を上げる為に強制的に訓練をさせられ、俺も両親の気持に応えたいという想いから一生懸命頑張ったが、やる気が見られないと怒鳴られる始末。


 時には地下室に閉じ込められもした。


 あんなに優しかった両親が、今では俺のことを「おい、ゼロ」と呼ぶ。


 俺の名前はゼロに変わり、必要最低限の口しかきいてもらえなかった。

 兄も姉も口を開けば俺の悪口で、訓練だと言ってやらされることは、体を鍛えるのに意味の無いことばかり。


 俺に優しく接してくれるのは世話係の佐山だけ。



 ── みんな俺のことが嫌いになっちゃったのかなぁ。俺が呪われてるなんて言うし……。もっと頑張らないと捨てられちゃうかもしれない……。

 


 そんなことばかり考える日々が続く。






 ━━━━━━━━━━



 ─ ある日の兄弟の様子 ──





「おい、ゼロ! 冷蔵庫からオレンジジュースを取ってこい!」


「──ジュースなんか自分で取ってくればいいじゃないか……」


 廊下で本を読んでいると、いきなり兄が現れ命令してきたので反抗してやった。


 すると。


「お前、兄になんて口をきくんだ? これはお仕置きしないとなぁ。へへっ」


「きゃははっ。面白そうじゃない。私も混ぜてよ」


 どこに居たのか、関係のない姉まで寄ってきた。


「お姉ちゃんは関係ないだろ!」


「ふんっ、生意気ね。ゼロの癖に。──えいっ!」


「痛いっ!」


 姉の平手が俺の頬を捉えた。


「な〜に? こんなのも避けられないの?」


「次は俺〜。──とぉー!」


「ぎゃっ!」


 テレビのヒーロー者が好きな兄が、ドロップキックをしてくる。


「はははっ、当たったぞ〜! おい、怪人ゼロ! 俺の拳を受けてみろ! とりゃー!」


「がはっ!」


 兄に殴られた勢いで姉に激突。


「きゃー、えっちー! あんたどこ触ってんのよ! えいっ!」


「ぐがっ! ──ち、違うよ……。お、お兄ちゃんが殴るから、倒れただけ……」


 どこも触ってはいない、体が当たっただけなんだ。狭い道廊下で暴れたらぶつかるに決まってる。なのに蹴られるなんて……。


 兄と姉の顔がドス黒く見える。


「あんたは出来損ないなのよ! 呪われた出来損ないバカ!」


「黙って俺と光の言うことを聞け! バカゼロ!」


 実の兄弟とは思えない言葉を浴びせられた。そこへ、買い物に出掛けていた佐山が帰ってきた。


「只今戻りました。──坊ちゃん? だ、大丈夫ですか! 智也さんも光さんもこれはやり過ぎです!」


「ちぇっ! 佐山はゼロにあまいんだよなぁ」


「お父さんに言いつけてやるから!」


 兄と姉は、佐山に言葉を投げつけて走ってどこかへ行った。


「あ、ありがとう佐山」


「──さあ、私の部屋で傷の手当を……」


「いや、いいんだ……」


 俺は佐山が差し出した手を払い、頬を伝う涙を拭いながら自分の部屋へと歩いた。


「──坊ちゃん……」


 後から聞こえる佐山の声。

 俺のことを可哀想だと思っているのだろう。でも、その気持ちがよけいに俺を惨めにさせる。


 可哀想だと思うなら……。

 俺を見て可哀想だと思うなら、どうにかして俺の価値を上げてほしい……俺を、強くしてほしい。


 だが、その願いが叶うことはなかった。


 こんなことが当たり前のように続く毎日。


 俺は自分の部屋のベッドに横になり、ゆっくりと目に溜まった涙を押し出した。


 痛みと疲れから、いつの間にか意識が遠のいて行く。




 ❑  ❑  ❑




 ─ 夢の中 ──





「やっと地下50階の最後の空洞だ。この2体で最後だよな?」


 分かりきった事だが、聞きたい気分だった。その俺の問に、横にいる彼女が口角を上げて答えてくれる。


「ええ、本当にここにいるモンスターで最後よ」


 目の前に立ちはだかるは、闇の騎士とブラックエンジェル。


「グオォォーー!」

「ガァーー!」


  今にも襲い掛かってきそな態勢で、2体のモンスターが俺達を睨み付け咆哮を上げた。

 その凄まじい音量に、辺りの空気が震え景色が歪んで見える。


 俺は高ぶる気持ちを落ち着かせる為に大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。


 頭に登ってい血が引いていく感覚を覚えながら、彼女の肩に手を置き声を掛ける。


「ここで見守っててくれ」


 そう言い終えると足を前に運んだ。


「ふふっ、見守る必要あるかしら?」


 後ろから聞こえる彼女の声が、優しく耳をくすぐる。

 首を傾げ笑顔を作りながら言葉を発しているのだろうと想像しながら、彼女に見えることのない顔を緩ませ、愛刀あいとうを抜刀した。


 そして、闇の騎士とブラックエンジェルに向かって言葉を発す。


「俺達は今日でここを去る。このダンジョンに残っているのはお前達だけだから、倒す前に言っておくぞ。お前達のお陰で強くなれた、感謝する」


 言葉は通じないだろうが、言わずにはいられなかった。


 俺の言葉を最後に、今いる空間に足音以外の音が無くなる。張り詰めた空気の中、お互いにゆっくりと距離を詰めていく。


 お互いの距離が約20メートルを切った所で一瞬足を止めた、が……次の瞬間。


 お互い間合に入るために、俺と闇の騎士が同時に地面を強く蹴り込み、ブラックエンジェルが大きく翼を羽ばたかせた。


「ハアァァーーッ!」

「ガァァーー!」

「ギャーー!」


 気合の入った叫び声が交錯する。




 ❑  ❑  ❑




 俺は「はっ!」と、飛び起きた。


「ゆ、夢か……まだドキドキしてる。格好良かったなぁ……あの男の人が俺だったらいいのに。──あんなに強そうなモンスターを2体も前にして、怖がるどころか飛び掛かって行くんだもんなぁ。それに、一緒に居たあの女の人……綺麗だったよなぁ。──神様、どうかさっきの夢が正夢でありますようにっ!」


 正夢なら、俺が大きくなればあの男の人なるということ。そんな訳がないのは分かっているが、わらにもすがる思いで天にお祈りした。



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