第113.5話 他者から見た現代人④

トーヤがアリエルの街を領地とし、トーヤの領地の人口が増えた後、娼館の建設ラッシュから始まったアリエルの街の好景気により、トーヤの領地に移住する人の数は大きく膨れ上がった。


「どう考えても土地が足りぬな。人は最悪、狭い部屋に複数人を押し込めることが出来るが……農地は圧倒的に足りぬ。このままでは飢えてしまうぞ」

「ダンジョンも低層では人が多くなり、冒険者1人当たりの収入は大きく減った。このままでは不味いのは確かだ」


トーヤの領地の実質的なトップであるディードリッヒはアリエルの街の実質的なトップである冒険者ギルドのマスターと共に、今後の政策について話し合う。目下の課題は、人が増え過ぎたことによる食糧不足だった。


「ダンジョンから得られる肉も、限度がある以上は農地の確保が急務。ならば……奪うしかあるまい」

「義による統一を掲げた人間の言う言葉ではないな。……あいつの外交方針とか聞いているのか」

「トーヤ様は外交すらも放棄するとおっしゃっていた。つまり、我に一任されている状態だ」


今はまだ食糧の余剰がある状態だが、外部から入って来る人の数は多く、交易だけでは支えきれないほどの食糧価格の高騰が起きている以上、略奪と領地の拡大がディードリッヒの頭にはあった。


「……エワル国が独立を果たすのであればシュヴァリエがリャン帝国を討ち滅ぼす前だっただろうが。何故そうしなかった」

「……先の戦争はシュヴァリエとリャン帝国の双方が国庫を開き限界まで動員を行った戦争である。その軍が解散するまでの費用は、莫大な金額だ。シュヴァリエは結果的にリャン帝国北部を併合したとはいえ、戦争後に疲弊したタイミングの方が良かろう。そう簡単に、解散させた軍をもう一度興すことは出来ぬ」


ディードリッヒはシュヴァリエの財政状況を正確に見抜いていた。先ほどの戦争で、既にシュヴァリエの国庫は空となっており、一部は国民からの国債に頼ったことも情報として入手している。


2万人近い軍の消費する食糧や金は莫大なものであり、シュヴァリエのキャパシティーを大きく超えていた。だからこそ弓矢の準備も覚束ない状況であり、時間もないために短期決戦で敵野戦軍を一気に討ち滅ぼした。


もう一度軍を興すことが出来ない状態だからこそ、ディードリッヒはシュヴァリエと敵対し、領土拡張に踏み切る判断を下す。


「侵略戦争にトーヤ様は使えぬだろう。しかし防衛戦争であれば話が別だ」

「……侵略戦争をする度に、あいつに領土を献上していくのか。既に話は通したのか?」

「侵略によって獲得した領地の50%を魔物達の区域にするという条件で、可との返答を貰っている。リャン帝国がシュヴァリエに負ける前の話ではあるがな」


ディードリッヒは人が増え続ける領土を上手く取り纏めており、本人の強さもあってかなり領内では人気があるが、その内に秘める想いがあることを冒険者ギルドのマスターは見抜いた。


「シュヴァリエとの戦争に踏み切れば領土拡張は容易ということは分かった。しかしあいつの目的というか願いは『この世界の傍観』だろうが。領土を拡張し続けて世界の統一なんて……いや、だから別に良いのか」

「……トーヤ様の本質が『自身の時間の損失が、名声による面倒事の増加や労力の増加で起こることを避けたい』である以上、このまま我々が勝手に領土を拡張することに対しても文句は言わぬはずだ」

「……そうなれば大変なのはお前だが、その覚悟はあるみたいだな」

「当たり前だ。そしてエワル国が大きくなればなるほど、戦わずして傘下に加わる国は増えるだろう。何といっても税がないというのは大きい」

「正直に言って、それでうまく回っている現状がおかしいんだがな……。だがこの経済成長を、あいつは予測していた節がある。転移者であれば、少なからず我々よりも優れた知識を持っているのだろう」


ディードリッヒはこの後、トーヤが如何に優れている統治者か力説する。領内初期、外部の人間と内部の人間で殺し合いをしたのも元を辿れば領内の人間が悪かった話であり、トーヤは一切関与しなかったことを主張した。


その上、真に自由なこの領地は、厄介事が起きない限りは領民の満足度も高い。この領土での生活が良くなければ、出て行く人間も増えるはずだが、現状出て行く人は少なく、入って来る人は殊更多い。


出生以外で日々人が増えていくというこの状況は、他のどの統治者も真似が出来ないものだった。


「それで、侵攻するとして軍は編成出来るのか?現状、この国には軍隊すらないんだぞ」

「……そこは全て冒険者や志願兵で編成する。士官も志願者で良いだろう」

「なっ……それでまともな戦いになるわけがないだろう!?」

「ああ。だから軍が編成出来るようになるまではまともな戦い方をせぬ」


2人の話し合いは、この日以降もほぼ毎日のペースで行われ、国家の基盤が出来上がっていく。国内の統治の骨格となるのはトーヤの「他人からは奪わない(時間、金、物)」方針が基軸となり、領土拡張についてもディードリッヒには幾つか案があった。

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