第85.5話 他者から見た現代人③
トーヤが領地を出てから数日後。エワル湖周辺からアリエルの街の手前まで、トーヤの領地の周囲には外敵の侵入を阻む柵……というよりも壁が完成しており、出入り口は僅か3ヵ所の門のみとなった。
その3ヵ所にシュヴァリエやリトネコ王国から『無税』の噂で釣られてきた人が集まり、全員が領主不在を理由に門前払いをされる。やがて、門の前で大勢がキャンプすることになった。
今までの国を捨て、新天地へと来た人達は、最初こそ同族意識から協力をしていたが、やがて盗難や強姦が起きるようになり、治安は一気に低下する。そして恨みや物資の強奪のため、殺人事件が頻繁に起こるようになり、門の前でキャンプをする人間はどんどんと減っていった。
「人間は愚かですねー」
「主様も人間なんじゃがな。
……正義感のある人が纏めようとしなくなったのなら、ここの集団は終わりじゃな」
やがて領主が一向に帰って来ないことから移住を諦め、帰る人間やアリエルの街へと移住する人が増えた頃。無法地帯となった集団を纏め上げる者が発生した。3つあるキャンプ地の内、2つは力と正義感のある者が纏め上げ支配者となったが、残りの1つは強盗殺人を繰り返し、恐怖で支配する人間が支配者となった。
やがて、各キャンプ地同士で敵対することになり、略奪行為が頻繁に繰り返されるようになった。互いのキャンプ地まで、往復で丸一日という距離のため、大規模な戦闘に発展することも増える。
当初と比較すると、半分以下の数になったキャンプ民。そんな中、トーヤが帰って来て現状を確認すると一言「悲惨だな」と言い、各拠点から1日1人のみ受け入れる意向を示す。
……1日に1人ずつ。例外はなし。家族であっても1人ずつ入れということは、4人家族であれば4日かかることになる。各拠点で今でも数百人単位の人がいる以上、下手すれば1年以上待つ可能性もある。
「ふざけるな!我々は今まで待ったんだぞ!」
「早く入れろ!」
「入れないならせめて何か食べるものを!」
当然、門の外では1日に入れる人が1人だけということに対し暴動が起きることもあったが、門の壁は分厚く傷さえ付かなかった。ならばと夜の間に門を登り越えようとする者も出て来るが、不法侵入者は餌と教えられたスライムや蛇に門の上で襲われ、1人の侵入さえ許さなかった。
翌日から1日に1人だけ入れる。そう言われた次の日。門は真っ赤に血塗られることとなった。死体は残さず魔物達の食糧となり、以降、門の前で暴動が起こることはなかった。
「明日から外の人間が毎日1人村に加わってくれるってよ」
「ようやく人が増えるのか。……ただ毎日となると、あっという間に空き地はなくなりそうだな」
「そうか?少なくとも今の村の人数が倍になっても大丈夫だろ?」
「……外にいるの、300人は超えてるんだよ。俺達の村で150人ぐらいだろ?3倍になるぜ?」
トーヤの領地にある3つの村は、毎日人が増えるということに最初は喜ぶ姿勢を見せた。魔物と人との領域を分けた際、明らかに各村の領域というものは広かったからだ。ただ毎日人が増えれば、いずれは埋まる。トーヤの領地は南北に細長い形であり、面積自体は決して広いわけではない。
賢い人間は、やがて問題が頻発するであろうこと想像し、それでもあの領主は動かないだろうと察する。領内で人が増え過ぎた場合、どうなるかは想像に難くない。3つの村の村長達は受け入れが始まる前に一度集まり、話し合った末、ここが無法地帯であることを利用する決断を行う。
「トーヤ様は他領から来る人間について、何と言っていた?」
「『どう扱っても良い。村人として扱うのも奴隷として扱うのも良い。何をしようが魔物達の領域に干渉しないなら自由だ』……以上だ」
「……魔物達は物々交換に応じてくれる。大きな男の死体であれば、それなりの量の食糧や、武器や防具と交換になる。どこの村も、門の外から来る男は受け入れない方が良いだろう。自警団の強化に努めていくべきだ」
「なるほどな。女は……産めないなら男と同じ扱いで良いだろう」
「まだ子供を産めない、幼い女子はどうする?」
「将来的な遺恨は摘むべきだ。殺そう」
元々村社会で閉鎖的だったエリアのため、外部から人間を一度外敵と認識すれば、難民だろうが殺すことが出来る冷徹さを彼らは持ち合わせていた。まだ耕していない土地については、将来的には増えた子供達や孫達の土地になる未来図を描いた。
この瞬間、トーヤの領地には階級が出来上がった。トップはこの3人の村長達であり、上位層に元々この村に住む村民達。下位層に他領から来た女性とその子供達。そして最下層の他領から来た男は、魔物達へ貢物として、見つけ次第即座に殺処分する対象となった。
「絶対に逃がすな!殺せ!」
門の外では、腕力で勝る者や知恵で周囲を出し抜いた者、話術により権利を勝ち取った者が、天国を夢見てトーヤの領地に入り、門の中で地獄を見る。そのようなおぞましい環境が出来上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます