第12話 天之神社5 ―堕天使族のルーツ―
「――堕天使族だ」
堕天使。
シャルナのルーツとなる魔物種。
ユニーク固体のみで構成される少数精鋭の魔物種。総じて強力。特に雌は美形で人を堕とす能力に特化する傾向にあり、それ故多くの子種をこの世に堕とした。玄咲は写真を見て思う。
「基本雄は醜悪で女は美形ですね」
「それが特徴なのです。役割分担がはっきりしているのですよ……見て行きましょうか」
堕天使ダンタニアン。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。破滅をもたらすもの。全身顔で構成された黒翼の生えた魔物。無数の口で詠唱と咀嚼を同時に行う。
堕天使ベルゼバブ。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。発狂をもたらすもの。黒翼の生えた醜悪な蠅。蠅族の王魔種にも数えられる強力な堕天使。あまりに見た目が醜悪過ぎて写真にモザイクがかかっている。見たら発狂する人が出るらしい。
堕天使ポティス。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。痛みをもたらすもの。太った体のあちこちから毒蛇を生やしている。噛まれると猛絶な痛みの果てに狂い死ぬらしい。
堕天使アンドレアルフス。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。白痴をもたらすもの。無貌の全身真っ黒な男。人間の知性を殺し、欲望に逆らえない状態にする。
堕天使サマエル。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。盲目をもたらすもの。空洞の瞳で笑っている。人を見たいもの以外に盲目にさせ、現実の見えない人間を大量発生させた。
堕天使パイモン。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。背徳をもたらすもの。淫乱な男の娘。強力な魅了効果を持ち雄を意のままに操る。玄咲が息を呑むほどの美貌。カーンに殺された。
堕天使ベルフェゴール。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。快楽をもたらす者。裂け目の異名を持つ。天下逸品だったらしい。モザイク。
堕天使リリス。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。禁忌をもたらすもの。幼い肢体を持つ。子供専門で凄まじいサービス精神を発揮する。犯された子供は性魔術の虜となり同胞を犯すことしか考えられなくなる。
堕天使ルシフェル。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。堕落をもたらすもの。その整った美貌で女を堕落させ、無意識に人類種に敵対行動を取らせる。また、そのそそり立つもので貫いたものを男女問わず過程を無視して完全隷属させる力も持ち、多くの人間を裏切らせ人類を混沌に導いた。単純な力も最高峰。もっとも堕天使らしい堕天使と言われる。その強大さから堕天王サタンという上位種を戴きながら王魔種の一体に数えられた。
堕天王サタン。天使と似て対極なる黒翼種【堕天使】。堕天使の王魔種。究極の闇をもたらすもの。超常の魔力と超常の醜悪さを合わせ持つ存在。アイギス登場以前の時代に置いて最強だった魔物。アイギス程ではないが残虐な習性を有し、長く堕天使が嫌われる一因を作った。1000人を超える魔符士と精霊が協力して討伐に当たり、これを倒して浮かれていた所に王魔王アイギスが現れたらしい。
現存する堕天使の写真はそれで全てだった。シャルナが言った。
「……なんか、凄く、ルシフェルって堕天使の、写真以外、気持ち悪くて嫌……」
「……そうだな。でもシャルはシャルだから」
「うん……」
「……堕天王サタンは神話勇戦時代以前の精魔戦争時代において最強の敵でした。そしてアイギスと同じく残虐だった。後の歴史で小アイギスと呼ばれる程に。また、種族全体が子を残すことに積極的だった。そして、1割の美形と9割の醜形と呼ばれる程に醜い亜人の割合が多かった。堕天使族なのに蠅族とされる蠅頭の亜人なんか代表的ですね。また、堕落衝動という厄介な性質を抱えており、人族のコミュニティで問題を起こすことも多かった。そして何より、アイギスへの恐怖と同様にサタンへの恐怖も人族には根深く残っていた。その結果起こったのが――」
「母数が多すぎる上、種族があまりにもまばらで、特定が不可能で、有耶無耶になった、アイギスの忌み子の、虐殺運動が、堕天使族では、本当に起こってしまった」
シャルナの台詞だ。玄咲はシャルナと顔を見合わせた。シャルナがツッコむ。
「自分の種族だから、それくらい、調べてるよ。バカじゃないよ」
「あ。ああ。すまない。含みはない。含みはないんだ……」
「バカじゃないよ」
「うん」
「……シャ、シャルナちゃんの言う通りです」
明麗は少し口をもにょもにょさせながら答えた。必死にシリアスさを保っている。口にしてはいけない感情を堪えている感じだ。
「そう。堕天使は史上初めて虐殺を前提とした亜人差別の対象となった。その一方で美形の堕天使は別の対象になったりして……後者の目的に嵌る人が増えた結果、堕天使の差別は長らく公然のものとして黙認されてきた。亜人人権運動が起こるまでその差別は続き、人権を獲得した後も人を警戒した堕天使の多くは人里離れた土地での生活を選び、そしてまた浄滅法により差別されるようになった――歴史的に見て堕天使は種族差別の象徴的な存在なんですよ。最初の大規模被差別種族であり、亜人の差別につきものの虐殺、奴隷、侵略……全て経験してきてますからね……」
「うん。その通り、です」
「……そう、か」
玄咲は今この場で最も知識で後れを取っていた。中々ない状況、でもないが、やはり自分の知識の軽さというものが少し胸にきた。大事なシャルナの問題なだけに、やや不甲斐なさを覚える。図書館に行っている暇などなかったと言えばそれまでだが、それでもCMAに欠けがちなR指定方面の知識中心に堕天使の歴史を調べ直そうと心の底で決意した。いつになるかは分からないが、必ず。
「といっても、玄咲は、これくらいのこと、当然、知ってるよね? あはは、少し、自分の知ってることだから、語りたく、なっちゃった」
「……あ、当たり前だ」
「だよね」
「……」
「……あ、天之くん。そうだ。次のコーナーでも見に行きましょうか」
いたたまれなくなりかといって本当のことも言い出せなくなった玄咲を見かねて明麗が助け舟を出す。搭乗者は2人。玄咲とシャルナも。
「は、はい」
「そう、ですね」
「では、次のコーナーに向かいましょう。……2人とも」
明麗は2人を振り返り、妙に実感の籠った声で言い放った。
「失神とかしないでくださいね」
「え?」
「それでは」
明麗が壁の端に。壁の切れ目で繋がった次の部屋に。向かいながら言う。
「次は王魔王アイギス。そして人間牧場のコーナーです」
3人は無言で歩いていた。
「……」
「……」
「……」
無言だ。
「……」
「……」
「……」
無言だ。
「……」
「……」
「……」
無言。赤一色の廊下の中を歩く。それは外に出てすぐ酷い表情を見せないためのもの。そして。
ムードを十分に高めて、次の展示物のインパクトを最大限に高めるための色付きの長い廊下だ。シャルナが口を抑える。
「うっ」
「だ、大丈夫ですか、シャルナちゃん」
「大丈夫か、シャル」
「だ、大丈夫。ちょっと、気分、悪くなっただけ。私、そこまで、弱くないよ」
「――そうだったな。シャルは強い子だ」
「うん」
シャルナが笑顔で頷く。それから明麗に告げた。
「だから、次、行きましょう。なんか、ためになる、気がします」
「……分かりました。行きましょうか。といっても……そろそろですが」
明麗が視線を向ける先、赤い廊下の果てに、黒い扉がある。
「扉?」
「はい。天之神社の最大の名物があの先にあります」
「あの、先に……」
3人の行く先。赤い廊下の果て、黒い扉へと地獄のような色遣いの廊下へと近づいていき、
「この黒い扉の先に」
そして、底についた。
「この時代の象徴があります。――さぁ」
地獄の蓋が開く。
「地獄の底に辿り着きましたよ」
明麗が空ける。
「大芸術をご観覧あれ」
黒い取っ手に手をかけて。
ガチャ。
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