第14話 天之神社7 ―戦災画家とフェルディナ神―
「どう思いますか。この絵」
絵の前。3人並んで鑑賞する。
あるいは見下ろされる。圧倒的な存在感に。シャルナが一歩後ずさる。
「う……なんか、怖い」
「そうかな……凄いとは思うけど、怖いとは思わないな」
「天之くんは変わってますね……この絵の作者について少し説明しましょうか?」
「はい、お願い、します」
「では説明を――この
「魔物なりに、ですか」
シャルナの言葉だ。
「はい。リーンは人間牧場に愛玩具として長期交流された人間の中では数少ない生還者です。愛され過ぎたが故、そして魔符士としての素質に恵まれた故の強靭な体が彼を死なせなかったのです。けど……それが彼にとって幸運だったかどうかは分かりませんね……」
「
玄咲の言葉だ。精神崩壊の実体験が故の妙な言葉の含みが宿っている。
「はい。その通りです。リーンの心は完全に壊れていました。もはや修復不可能な程に。余程の地獄を見たのでしょう。夜、叫ばない日はなく、幾度も自傷行為を繰り返し血に塗れました。いつも魔物への恐怖で怯えていたらしいです。しかし、リーンはある日突然それらの発狂行動を辞め、筆を手に取りました。そして回復魔法の治癒を繰り返して自分の中から生き血を取り出し、巨大なキャンパスに向けて猛烈に筆を走らせ始めました。7日、徹夜したそうです。その間、常に回復魔符士が彼の傍に侍り、血のインクの補充をしていたとか。7日後。リーンはとても安らかな笑みを浮かべ筆を置いて死んだそうです。そして出来上がったのが」
「この絵、という訳ですか」
「その通りです。縁あって今では天之神社で大事に保管し、王魔戦線時代を象徴する絵として展示場の最後に飾らせて頂いています。俗な話をするとぶっちゃけ天之神社の一番の目玉ですね。あれ程の鬼気迫る絵は、この世に二つとありませんから。確実に」
「確実に、か……確かに、それだけの迫力があの絵にはありましたね。まるで地獄そのものを降臨させたかのような、この世を地獄として産み堕とした神の怒りを叫ぶかのようなあの絵、あんな絵は他にない。素晴らしい。本当に素晴らしい。あんな絵、見たことない。本当に凄かった……!」
「玄咲」
シャルナがツッコむ。
「なんか、凄く、興奮してるね?」
「え? あ、いや、その、本当いい絵だったからさ。胸に迫ってくる、いい絵だった。うん。いい絵だった」
「……天之くんには相当刺さったみたいですね。正直予想外でした。うん、いい絵だとは思いますがね……天之くんはやっぱり相当変わってますね」
「そうですか」
「はい。でも、そんなとこも好きですよ」
ピクリ。
「……」
「……」
玄咲は何も触れないことにした。シャルナもあえて触れないことにした。
「知ってますか? この絵は一説にはフェルディナ神への怒りを描いたものだと言われているんですよ」
「フェルディナ神?」
「この世界の創世神です。精霊も詳しく語らないので詳細はしれませんが、そういう存在が間違いなくいるらしいです。エルロード聖教で好き勝手に描かれている神ですね」
「……」
玄咲は口を噤んだ。シャルナが顎に手を当てて頷く。
「……なるほど。道理で、聞き覚えあると、思った」
「落ちた神。廃神。神はこの世を地獄に創り給うた。そして救わなかった。なぜ俺を産み落とした。これが俺の答えだ――そういう言葉をリーンは残していたらしいですね。だから絵のタイトルが神への祈りで地獄に落ちろと読ませる訳でして。まぁ、何もしない神など職務を放棄しているに等しいので仕方のないことでしょう。私もフェルディナ神という存在があまり好きではありません。神は……何もしてくれないので」
「……」
シャルナが目を丸くして尋ねた。
「神職じゃ?」
「? 違いますよ? 神社の管理者です。万の精霊を祭ってます。」
「あ、はい」
「精霊には感謝する。しかし神は嫌い。そういう人も多い。何せ神は何もしませんから」
玄咲は頷く。
「はい、神は何もしませんからね……。どんな、世界でも」
「精霊神は?」
「あれは精霊の神だよ?」
「? どゆこと?」
「創世神フェルディナは精霊神のさらに上の唯一神だ。その、今は岩戸隠れしてるらしくて、そ
の現在地を詳しく知る者はいないないらしいがな。現在は活動を行ってはいない」
「ニートなんだ」
「……シャル」
「なに?」
「その通りだ」
「そっか」
「うーん……フェルディナ神の話題は精霊が詳しく語らないから殆ど詳細不明のはずなんですが、天之くん詳しいですね?」
「……俺にはバエル(とCMA)がいる」
「あ、そっか! そういうことだったんですね!」
(うっ……無邪気な笑顔に心が痛む)
その後、再び絵についての話題となり、あの絵には何らかの生体魔術がかかっている痕跡があるだとか、プレイアズ王国の初代女王があの絵にほれ込んで国で永久保存することにしただとか、歴史に残る名画で昔は教科書にも載っていたが刺激が強すぎるので後年は載らないようになったとか、天之神社にはこの絵を見るために訪れる人も多いので戦災写真館の最後においてそれまでの史物全てに目を通さざるを得ないようにしているという意図もあるとか、色々な話を聞いた。15分程経った頃、明麗が伸びをして、
「んー……っ! しかし、流石に解説続きで疲れましたね。喉が渇きました。一旦水分俸給をしましょう」
(あっ)
明麗はポケットからドリンクボトルを取り出した。
中身は真っ黄色だった。
キュポン。
「ゴクゴク」
「……」
「……」
蓋。
「あー、美味しかった!」
「あの、それは」
シャルナが尋ねた。明麗は胸を張って答えた。
「マスタードドリンクですっ!」
ドン!
「……」
シャルナはおずおずと目を逸らした。理解できないものに触れない体勢だ。ゲテモノ趣味。そう思っている。 玄咲もあえて理由は追及はしなかった。
「さて、そろそろ出ましょうか。そんな長居するような空間でもないですしね。……流石に、私もこの絵の前に長時間いると、何かおかしくなりそうになります。この部屋入室時間10分までって決まってるんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。だからそろそろリミットです。シャルナちゃんも具合悪そうですしね」
「うぅ……吐きそう……」
「大丈夫か、シャル」
「うん……この時間、本当に必要、あるのかな……? 必要性は……?」
ピクリ。
「……」
明麗は無言で目を逸らした。明らかに誤魔化しにかかっていた。あからさまな態度。だからという訳ではないだろうが、明麗は部屋の出口に向かった。
「ま、まぁ、とにかく、一旦部屋の外に出ましょうか。それからすぐ外に出ましょう」
絵画の飾られた最後の部屋を出て、少し歩いて歴史資料館の入り口へ。どこか懐かしいエントランス。白い空間。エアコンもないのに途端涼やかな気分になる。明麗はペコリと頭を下げ、笑顔で二人を労わった。入り口の扉に手をかける。
「これで歴史資料館の観覧は本当に終わりです。2人とも、お疲れさまでした!」
ガチャリ。
白い光の下に3人はようやく帰還した。
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