第10話 天之神社3 ―王魔戦線時代―
3人の目の前に地獄模様が広がっている。
当時の図画系資料だ。目に余る光景。血が煮え滾る景色が続いている。どこまでも、そんな調子だった。
「……ここが、王魔戦線時代のコーナーです。惨いものでしょう」
「……はい。これは……地獄です」
「……うん。絵にすると、際立つね。クロウ先生、結構気を使って、話してくれたんだ……」
「……あの人はああ見えて優しいですからね。この時代についても詳しく語って生きましょうか」
明麗が歩を進める。2人はその後に続く。
「禁止カードコーナーですね。禁止カードがこの世には溢れていたんです。代償を捧げて威力を高める系のカードが特に多いですね。死ぬよりはマシという判断です。あるいは、酷い目に合うくらいなら、死んだ方がまだマシ……そんな意図で作られたカードも多かったようですね。相当な流通量だったらしく。今でも時折発掘されるらしいです。当時の世情が見えてしまいますね」
「さっきのコーナー、見た後だと、理解、出来ちゃうね……」
「……自死の選択。それもまた、仕方ないって状況も確かにあるもんな……」
玄咲は選ばなかったが。
生きて、シャルナと出会ったが。
「
「え? それって――」
「はい」
シャルナの言葉の先を明麗が代弁する。
「ただの自殺用のカードです。そんなカードが需要があった――それがこの時代の性質を良く表していますね――死んだ方がマシな時代だったということです」
「……自殺、それも止むを得ない時が」
「それでも」
明麗は振り返り明るく笑った。
「苦しんで生きることを選んだ人の方が多くいた。その人たちのおかげ未来がある。そして今私たちはこうして巡り合えている――それもまた、事実ですよね。そう思うと、少しだけ、誇らしいですよねっ!」
「……」
玄咲は自分の過去にも少し触れる言葉に、共感した。
「そう、ですね」
「うん……巡り合い、いい言葉、だね」
「はい。……次、行きましょうか」
3人は展示を見て回りながら移動する。
【古代AD展示】
3人の前に罅割れた黒い剣身にレッドラインが走る禍々しい形状の一本の剣型ADがある。ガラスケースの中に飾られている。
「このADは魔剣アベル。【剣聖】アベル・マルセイユ――勇者の仲間で、勇者に次ぐ、あるいは匹敵するといわれた英雄が使っていたADです。己のADに自分の名前を冠する所がまさにアベルらしいですね。アベルはまさに英雄らしい自分を天才と自称する強気で豪快な性格と王魔種を単騎討伐する規格外の才能を有しながら、スラム育ちの孤児故か時々妙な所で発揮する謎の小市民的センスが共感を呼ぶのか、数いる英雄の中でもトップクラスの人気を誇ります。勇者を庇って死んだその死にざまから、あるいは勇者よりも――いえ、明確に勇者よりも人気がある英雄です。残念ながら壊れてしまっているので補正値の程は分かりませんが、勇者ADに次ぐといわれたADらしいので、相応に高かったのでしょう」
「へー……」
「か、格好いい。格好いいぞ」
「玄咲の好きそうな、カラーリング、だもんね。デスがつけば、完璧だったね?」
「シャル、そのネタはもう引っ張らないでくれ……」
「ふふ。天之くんはこういうセンスが好きなんですね。男の子には、むしろ後述の勇者ADよりも魔剣アベルの方が人気がありますね。では、次は勇者ADを見に行きましょうか」
「おぉ……!」
3人の目の前に虹色に輝く宝剣が台座に柄を固定される形で縦に飾られている。他のADと段違いの存在感だった。シャルナが感嘆の声を上げる。
「このADこそが天虹剣セイント・ソード――通称勇者ADです。勇者が最後に使っていた当時最強のADです。虹色の魔力の持ち主にしか使用できないため、残念ながら補正値の程は分かりませんが――それが逆にロマンを魅き立てていいのかもしれませんね。様々な説が考証されています」
「ほ、本物、ですか?」
「もちろん模造品です。本物をこんな場所に展示する訳ありませんからね。ほら、ガラスケースの下部にこれは模造品ですって注釈があるでしょ」
「あ、本当だ」
「ふふ、もしかしたら天之くんなら勇者ADを起動できるかもしれませんね。何せ虹色の魔力の持ち主ですから」
「え? あ、そうか……」
「ま、模造品などでそういう訳にも行きませんけどね。次、行きましょうか。これは当時のジャンクAD。補正値換算できない程貧弱らしいです。でも、当時はこんなADも使われていたんですよ。禁止カードを使わなければいけなかった理由の一つで――」
古代ADの展示を見て回ったり、
【古代カード展示】
「この、カードは」
「【レーヴァテイン・モード】――炎条家の開祖【炎条躯】の切り札です。ランクは現代基準で換算すると7。その効果は超巨大な炎剣の生成――炎条家の現台まで続く戦法の大元となったカードです。炎条躯はこのカードを手に入れてからというものひたすらこのカードを使い続けた。レーヴァテイン・モードをひたすら使い続けた。その結果、魔力はレーヴァテイン・モード一枚のために特化・最適化され、ランク7・シングル・マジックの域を凌駕した威力をやがて宿すようになり、ただ1枚のカードを使い続ける価値を証明した伝説の英雄となった――1を突き詰め最強に至る。炎条家の基本理念はこの炎条躯の生き様を踏襲したものとなります。流石に現代では高ランクカードやフュージョン・マジックを使用した方が強いので、そこら辺は時代に合わせて変化してますけどね。基本は高純度で踏襲しています。炎条家は血族単位で魔力をレーヴァテイン・モードを研究して作った炎剣シリーズに特化しているので、今の子孫は既に当時の炎条躯より強いのではないでしょうか? 炎条司くんなんか、空恐ろしい程の才能を有していますしね」
「へー、あの人、そんなに凄い家の人だったんだ……」
「炎条司は凄いよ。だからダンジョンアタックで最初に誘いに行った。ノリが軽いからあまりそうは見えないけどな」
「うん……あ、このカードは!」
「先ほども紹介したカーンの仲間の剣聖アベル・マルセイユが使ったカード【プリミティブ・ソード】です。ランクのない古代カードですが、現代基準でランク換算するとその性能は驚愕のランク10。オーパーツの筆頭とされるカードです。アベルが死に際に放った一撃でアイギスの半身を奪い後のアイギス討伐の礎になったと言われる歴史的にも価値のあるカードです。その歴史的価値から市場に出れば1000億はくだらないと言われる逸品です。天之神社はそんな貴重品を大量に保管しているため、国内最高峰のセキュリティシステムが完備されています。ここでADを抜いたら殺されますよ?」
「はは。それは流石に冗談――」
「?」
(あ、冗談じゃない)
伝説のカードの実物を目の当たりにしたり、
【関連商品コーナー】
「……! これは、王魔戦線時代を取り扱った漫画や小説たち……! あ、逢魔尖線学園もある!」
「資料としてちゃんと取り揃えております」
「す、少しだけ、読んでいいですか?」
「いいですよ」
「やった!」
「玄咲……」
当時を描いた貴重な資料に興味深く目を通したり。
その後もいくつかのコーナーを回った。明麗の解説は巫女風シスター服と丁寧な所作も相まって凄く親しみやすく、恐怖やショックを随分和らげられた。主にシャルナが。
そして、ある一つのコーナーに辿り着いた。そこは、亜人についての、文書、写真、骨格標本、特徴的な体の部品、当時の扱いについて書かれた案内板などがあった。
3人は最後のコーナーに辿り着いた。
【亜人黎明期】
それがそのコーナーの名前だった。
「……ここは、当時の亜人について語るコーナーです。亜人の誕生、来歴についても語られます。一緒に見ていきましょうか」
「はい」
「亜人……」
3人は明麗を先頭に亜人コーナーに足を踏み入れる。明麗がごく当たり前のことを確認する口調で2人に尋ねる。
「2人も、どうやって亜人が生まれたかくらい知っていますよね?」
「はい」
玄咲が答えた。
「魔物に人間が襲われた結果誕生します。レアな所では人間が魔物を腹ませるケースもあるとか、魔物に寄って交配方法は異なり、機械種なんかは培養に近い形で育てるらしいですね。その過程で愛情を抱くケースもあるとか――っと、これは蛇足か。とにかく、魔物と人間が交配して生まれる。2世は亜人と人間、あるいは亜人同士で生むのが普通ですが、直径は必ずそうなる」
「だから、穢れ血と言われ、差別されてきた。今でも、その傾向は、続いている」
「――」
補足するシャルナの言葉はいつもより少し力強い。玄咲は、その背景を思えば当然だなと思った。それでも少し驚いた。
「――その通りです。亜人は魔物と人間の子。特に直系は魔物の特徴を多く引き継いだ異形の子が誕生しやすい。でも、その心は人間なんです。……だからこそ、差別の悲劇がより際立ったんですけどね。亜人の差別問題は、今尚根深いです」
「……そう、ですね」
アマルティアン。それに限らず、差別される亜人は今でも多い。
堕天使族も、その一つにして、筆頭だ。
「……亜人差別。その問題をここまで大きくしてしまったのはやはり王魔王アイギスの存在で小しょう。かの最強にして最悪の魔王が戦時中の人々に植えつけた恐怖が、その子種が、その後の時代をも歪めてしまった」
「アイギスの忌み子――」
玄咲は。
思わず呟いた。
その歴史的意義以上に。
一人のヒロインの姿が脳裏に浮かんだから。
「はい。その通りです。アイギスの忌み子――人間牧場で大量生産されていた親も素性も母体となる魔物も知れぬ子たち。彼らの取り扱いが、戦後重大な問題となり、後の大きな悲劇にも繋がった――丁度アイギスの子たちについて取り扱ったコーナーですね」
明麗が顔を上げる。その視線の先には、
【アイギスの子】
と書かれた吊り看板。資料やミニチュア模型を眺めながら明麗が語る。
「……人間牧場で飼育された家畜はアイギスの玩具になる他、アイギスが要らないと判断した奴隷は配下の魔物に横流しされることもあったらしいです。そして時折、生き延び子を産んだ。亜人の子を。そういった子は牧育所に流され、育てられていたらしいです。……その子供たちを総称してアイギスの子といいます。そして特に恐れられた理由が」
「子供たちの中にアイギスの本物の子がいるという事実ですね」
玄咲が補足する。それくらいは知っている。
「はい。その通りです。それが、その子供こそが、アイギスの忌み子。アイギスに絶大な恐怖を刻み込まれていた人類はアイギスの忌み子を殺そうと人間牧場の子供の虐殺を試みました。実際途中までは行われたらしいです。しかし、その作業のあまりの惨さに人類は耐えられず、最終的にはなし崩し的に保護することになった。しかし、亜人への不信は根深く、後に大きな悲劇を巻き起こした――死んで尚大迷惑だったのです。王魔王アイギスという存在は」
「そうですね」
「もしこの世にアイギスがいたら私は迷わず切り殺しにいくでしょう」
明麗は断言した。
当たり前のように。
強いな、と玄咲は思った。
「亜人関連のコーナーももう終わりですね。次が最後のコーナーです」
今までの展示場は部屋の隅の縦に細長い空間に寄って繋がれた仕切りのない空間で繋がれていた。だが、最後の展示場は違った。
【王魔写真館】
そう名付けられたコーナーは扉に視界を妨げられていた。明麗が扉にカードを差し込む。ガチャッと解錠音が鳴る。扉には14歳以下立ち入り禁止――魂成期を迎える15歳以上を半成人とみなすこの世界ならではの注意分が書かれている。明麗がその扉を開く。
ガチャ。
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