第9話 天之神社2 ―歴史資料館【センチュリーズ・ホール】―

「……会長はあの2人をあそこにつれていくつもりなのですね」


 屋上。いつものように誰も立ち入らない孤高の場所にてルディラは手すりにもたれて地上を見下ろす。視線を先には校門を抜ける3人の小さな人影。ルディラは風にたなびく水銀色の髪を抑え、嘆息した。


「……去年、私も連れていかれましたね。全く、会長はいつも強引です。そしてそこで――」


 ルディラはそこで言葉を切る。そして。


 ぶるり、とその神の彫像物のように均整の取れた矮躯を震わした。


 さらに水銀色の髪が光り、ふわりと浮かび上がる。ルディラはその髪を慣れた様子で抑え、再度嘆息。


「全く。難儀な体質ですね。本当に――」


 大空の光を受けて白く透過する、どこにも行方のないかのように孤高の空に遊び浮かぶ浮雲を銀色の虹彩に移しこんでルディラは呟く。


「魔物なんて、滅んでしまえばいいのに」





「お帰りなさいませ! 明麗さま!」


 天之神社に立ち入るや否や、入り口に待ち構えていた巫女シスター服や修道服とも僧衣とも浄衣とも取れる不思議な服装に身を包んだ天之神社の関係者たちが一斉に頭を下げた。おそらく階段の昇降の辺りで来訪を察していたのだろう。見事に受け入れ態勢が整っていた。驚きたじろぐ玄咲とシャルナを背に先頭に立つ明麗の前へと2人の男女が進み出る。翼は生えていない。


 人間だ。


(会長の両親か……初めて見た。普通の両親だ。ゲームじゃ両親が出てくると幻想が崩れるからか顔グラが出てこなかったんだよな……CMAみたいなギャル――恋愛要素のあるゲームで相手の両親登場は、萎えるものな)


「お帰り、明麗」


「お帰りなさい。久しぶりね」


「はい。お久しぶりです。お父さま。お母さま」


「積もる話もあるでしょう。洋菓子とお茶を用意してるから、あちらのお座敷で――」


「あ、すいません。あまり時間がないので今日は2人の館内案内だけして帰ります。全員、通常業務に戻ってください」


 そういうことになった。明麗と両親の話はそれで終わった。





「よかったんですか? せっかくの両親との再会を」


「いいんですいいんです。両親との会話なんて退屈なだけですから」


 ふいに出てきた年頃の少女らしい発言に玄咲はドキリとした。先輩なのに、少女。そのギャップにグッとくる。シャルナの瞳が一瞬鋭く尖ったのは本能の賜物だ。しかし特に突っ込むことはなく、代わりにシャルナは明麗に話しかける。


「それにしても、なんか、貴族みたい、でしたね」


「みたい、というか区分としては貴族だ。いや、華族かな?」


「はい。その通りです。華族は王族を支える家。天之家は王家を補佐する家の一つです。といっても、金銭的にはプレイアズ王家から天之神社の運営資金を出費してもらっている、むしろ支えてもらっている側なんですけどね」


「へー……」


 3人は今天之神社本館と別館を繋ぐ通路を歩いている。白い鳥居が断続する通路は雨が降れば濡れてしまいそうだ。だが、ガラス窓で覆われているため雨が降っても心配ない。快晴の空が白い鳥居の間に何度も現れる。ガラス窓を通して白い光を運んでくる。


「支えてもらわないと管理費が賄えなくて潰れるんですよ……。天之神社は普段は観光客相手に飲食を振舞ったりささやかながら入場料を取ったりグッズを売ったりお祓いをしたりして金儲けをしているのですが、どうにも経営費を賄う程の儲けは出なくて……あ、ちなみに今日は定休日です」


「あ、だから、他の人、いなかったんだ」


「はい。その通りです。まぁ、普段も小学生の集団観光とかでもない限り大した客足はありませんがね。それでも国が出費して神社を維持しているのは、それだけの価値があるからです。建築物としての価値。宗教施設としての価値。天之家の食い扶持としての価値。そして何より――」


 明麗は立ち止まる。目の前には白い観音開きの扉。その扉に手を当て、明麗は押し開けた。


「この世界の歴史を伝える歴史資料館としての価値が。さぁ、行きましょうか」


 白い照明具の光が3人を出迎えた。





(天之神社別館歴史資料館センチュリーズ・ホール……壮観だな。ちゃんと博物館してる。しかし、当たり前だが数部屋しかなかったゲームとは全然違うぞ……)


 受付巫女(明麗と違い普通の巫女服)の受付を来賓扱いでノー入場料で通り、休憩場も兼ね大きめのエントランスの入り口から壁で緩く仕切られただけの別室に移ると、そこはもう歴史資料館だった。たくさんのカード・リードデバイス・写真・文書・絵・モニュメントなどがガラスケースの中に並んでいる。


「ここは災戦時代のコーナーです。マギサ学園長やヒロユキ理事長が経てきた時代ですね。・……時々語られますね。大変な時代だったようです」


「はい。それは、展示見てて、分かります。うーん……」


 キョロキョロと展示を見ながら歩いていたシャルナが、ふっと漏らした。


「なんか、残酷な展示が、多いなぁ……」


「……そりゃ、戦争だからな」


 玄咲はどこか遠い瞳をして、シャルナに答えた。


「残酷だよ。俺も、シャルも、平和な時代に出会えて良かったな」


「うん……戦争はさ、怖いよね」


「そうですね……怖いです。怖いものをちゃんと怖いと思える。大事なことです。戦争は怖い。なのに、この世界には戦争をしたい人たちがまだいるんです。困ったものですよね……次の天下一符闘会、絶対優勝しないといけません」


 明麗が透明な決意に満ちた瞳でいう。きっと、明麗は昔からこの展示館に通っていたのだろう。その言葉には胸にふっと落ちる自然さがあった。心の底から言っている。そう分かった。


 玄咲はその眩しさに、目を焼かれる思いだった。遠い思いが蘇る。


(戦争、か……人類史上最悪の愚行だ。地獄を産み出す悪魔の所業。二度と経験したくない。……そうか。そうだな。それもまた、シャルとずっと平和な世界で過ごしたいってのも、戦う理由になるか。……絶対)


 玄咲は決意を新たに確かめる。


(天下一符闘会でエルロード聖国の優勝だけは止める。何がバッドエンドルートの亜人戦争の引き金になるか分からない。できれば、優勝。やっぱり、それ以外ありえない)


「ちょっと、暗い話になりましたね。すみません。ここはあまり用がないので、一通り見まわして次に進みましょうか」


 3人は次のコーナーに進む。その途中、


「わ、あれ、何?」


 シャルナがあるリードデバイスを指さす。それは特徴的な形状をした兵器だった。神社の鐘ほどのサイズ。円柱状の太い弾丸みたいな形をしており、上を向いて立っている。明麗が「ああ」と相槌を打った。


「あれは災戦兵器ラグナロク・ウェポンですね」


「ラグナロク・ウェポン?」


「はい」


 明麗は当たり前のことを告げる口調で答えた。


「かつて人類を滅ぼしかけた兵器群です」


 シャルナは絶句する。明麗はさらに補足する」


「今では設計図に至るまでの製造・所持・使用が国際法で禁止された当時猛威を振るった大量殺戮兵器群。それがラグナロク・ウェポン。後の時代につけられた呼称ですがね。あれはその中の一つ【ファット・ボーイ】の模造品です。1枚1億マニー以上製造にかかる100枚のカードを並行励起させて大爆発を引き起こす、一発で小国を滅ぼした悪魔の兵器ですよ」


「い、一発で?」


「はい。一発です。……これを使用したMTG合衆国はファット・ボーイを重大な危機とみなした国の総攻撃を受け、発射準備中のファット・ボーイに魔法が直撃する事故の果てに爆発に飲まれて地図から消えました。ファット・ボーイは戦争を終結に導いた切っ掛けとも言われています。このままでは人類が滅ぶ――皆が薄々感じていたその可能性を現実のラインまで引き上げ、戦争継続を思いとどまらせたのです。魔物に滅ぼされない力を人類が手に入れた結果、今度は同じ人類が魔物以上の脅威になるなんて、皮肉ですよね。知っていますか? 災戦期は魔物の出現量が大幅に減ったらしいですよ。魔物さえ来訪を本能的に忌避する。そんな時代が災戦時代。そしてラグナロク・ウォー災戦だったのです……戦争は、いけないことですよ。殺し合い、それにとどまらず、侵略、経済戦争。全てがくだらない」


「……そうですね。戦争は最悪の愚行です。やりたい人間だけで勝手にやっていればいい。そして相応の末路を遂げればいい」


「はい。そうなのですが、戦争をやりたい人は戦争を絶対にやりませんから。安全圏から人の死を臨む。そして裁かれない。これ程醜悪な行為がこの世にあるでしょうか? ……感情が籠り過ぎましたね。すいません」


「……玄咲、なんか、話のスケール、滅茶苦茶大きいね」


「ああ。……この世界って、基本裏側真っ黒だよな」


「だね」


「そうですねー……黒いですよね」


 3人で感想を共有し合う。しかし、歩む足は止めない。


「でも、少なくともこの場所は明るいですよ」


 そして、次のコーナーに進む。









「ここは大ダンジョン時代ですね。夢と希望に満ちた活気溢れる時代です!」


 明麗が明るく言う。その名の通り、大ダンジョン時代のコーナーの雰囲気は発展のエネルギーを感じさせるものが多かった。高度経済成長期。玄咲の脳裏にそんな言葉がふと浮かんだ。


「大ダンジョン時代は近代ではもっとも長く、もっとも発展した、そしてもっとも平和な時代でした。王魔戦線時代を生き延びた人類は世界規模で団結し、希望に燃え、凄まじい勢いで戦後復興を遂げた。その活力の源が、危険を対価に無限の資源を産み出すダンジョンです」


「ヴィズ、ラビリンス、みたいな、奴ですね」


「はい。あれって実は国内屈指の高難度ダンジョンなんですよ。知ってましたか?」


「えっ」


「ダンジョン低層は並だがな、ヴィズラビリンスは凄まじく階層が長い。99階まである。深層の難度は国内屈指って訳だ」


「へー……今、真央先輩と、協力して、6層だよね」


「そうだな」


「符闘会までに、99階まで、攻略しよっか」


「――」


 シャルナの何気なく発したその言葉。それがどれ程難事なのか詳しくは知らないからこそなのだろう。ゲームではいわゆるやり込みコンテンツの一つ。1周目クリアは至難の技。この世界でも相応の難事に違いない。


 だが、


「ああ。必ず」


 シャルナにそう言われれば、玄咲には期待に応える以外の選択肢はあるまい。玄咲は力強く頷き、仲間と一緒に必ず攻略しようと心に誓った。


「ふふ、頼もしいですね……ので頑張ってください――そう言えば」


 明麗がくるりと振り返る。


「天之くん達はこの間ダンジョンアタックしてましたね。見ましたよ」


「えっ? そうなんですか?」


「はい。それで、この時代はダンジョンカードを筆頭にダンジョン攻略のため本当に色々な物が開発されて、またダンジョンから本当に色々なものが発掘されまして、丁度あそこにある」


 3人は一つのガラスケースに歩み寄る。そしてその中のものを覗き込んだ。


「これも、そうですね」


「あ、配信機器だ」


「こ、こんな昔からあったのか……?」


「はい。今みたいに高速で飛んだりできず映像も荒かったようですが、確かに配信機器です。そしてこの配信機器、実は当時ダンジョンの宝箱から発掘された不思議な機械を元に作ったらしいんですよ」


「え、そうなのか」


 初耳だった。


「はい。残念ながらその機械は現存していないらしいですが、ダンジョンからは時々そういう超レアなお宝が手に入り、高値で取引されていたらしいです。そういうトレジャーハントな要素も人々をダンジョン探索に駆り立てて――」


 歩きながら、明麗は色々な解説をしてくれた。幼いころから住んでいるだけあってその知識はかなり詳細だった。大ダンジョン時代の熱狂と繁栄が良く伝わってきた。


「という訳で、大ダンジョン時代は王魔戦線時代の陰鬱を吹き飛ばすような明るい時代になった訳です。分かりましたか?」


「はい」


「すっごく」


「ふふ。良かったです。……このコーナーの終わりが見えてきましたね。では、次は」


 明麗は2人に背を向け、表情の伺えない声音で言った。


「今日の目的の一つ――王魔戦線時代のコーナーへ向かいましょう」

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